5
本日は2話更新しています!(ここまでで一応一つの区切りなので!)
次話は、アシェラのいなくなった王都のお話をお届けします(^-^)
よろしくお願いします~
「……」
またしても沈黙が辺りを満たし、どうしたものかと思っていると、犬の遠吠えのような鳴き声が、大広間の扉の向こう側から聞こえてきた。
「……?」
『こらこら、待てよ!レイナスは、今忙しいんだって!お前の相手は今できないの……!』
どうやら誰かが押し問答をしているようだ。
アシェラとのやり取りが火急の用とも思えず、魔王と扉を交互に見ていると、レイナスが一つ溜息をついた。
「構わない。通せ、デオン。どうせこの娘にも用事があるだろうからな」
レイナスへと視線を戻すと、手を一度軽く上下に動かしている。
すると、それまで固く閉ざされていた荘厳な造りの扉が、あっさりと開いた。
先ほどこの部屋に連れてこられた時もレイナスは同じ動作をしていたので、そういった意味合いを持つ行動なのだろう。
見つからないようにこっそりと同じことをしてみたけれど、当然ながら扉はピクリとも動かない。
しかし、扉にばかり注意を払っていたののがいけなかった。レイナスのいうところの「アシェラに用事がある者」についてまで考えが至っていなかったのだ。
「えっ!?」
開いた扉の隙間からアシェラのお腹に向けて、何か毛玉のようなものが飛び込んでくる。
あまりの速さに、何が向かってきたのか見えもしなかった。
柔らかかったためそこまでの痛みはなかったが、驚きのあまり声が出ない。
しきりに瞬きを繰り返すアシェラに、レイナスが説明してくれる。
「お前が助けた者だ。上級の魔族だがまだ幼く、私のように人型はとれない。名前はシェンガルだ」
そこでようやく先ほど助けた狼ーーシェンガルと目が合う。
普通の野性動物だと思っていたら、魔族だったらしい。
ゲームで見た魔獣は、もっと闇のオーラを醸し出していたので、実物はこんなに可愛らしいとは思っていなかった。
尻尾を嬉しそうに振る灰色の小さな狼は、アシェラに身をすり寄せている。
「悪いな、レイナス。足元にじゃれついて離れなくてよ」
次いで部屋に入ってきたのは、長身の燃えるような赤い髪に褐色の肌をもつ男性だ。
先ほどレイナスに呼ばれていたデオンという人物に相違なかった。
彼はゲームにも出てくる上級魔族のデオン·ナールバクだ。主人公たちからすれば敵なのだが、その容姿と頼れる兄貴分的な性格からプレイヤー人気が高く、魔王のため最期まで戦う姿に涙した者もいるという。
魔王であるレイナスに対して、口調が砕けているのは、彼の幼馴染みであるという立場からだ。
「構わないと言っただろう。もう話は済んだ」
そう言って立ち上がるレイナスに、アシェラはシェンガルを胸に抱き声をあげる。
「魔王様……!私を弟子にしていただけるのですか……?」
「弟子!?なんだお前、レイナスに教えを乞いにきたのかよ。面白いなぁ」
「デオン」
レイナスの窘める声に、デオンはやれやれと首を横に振る。
それからレイナスは、不安そうにしているアシェラを一瞥した。
「……聖女だと言ったな」
「はい、今は」
唐突な言葉に頷くと、レイナスも頷き返した。
「ならば価値はある。弟子にはしないが、人質にはする。その間に何を学ぼうが、私は預かり知らない」
それはつまり。
アシェラに居場所をくれるということで。
ここにいさせてくれるということだ。
「わ、私を準弟子にしてくださると……」
「いやだから弟子はとらないと」
「ありがとうございます!魔王様、あ、えっと……レイナス様!」
「……」
話を聞かないアシェラに、レイナスは諦めたように項垂れる。
それを見てデオンが面白そうに笑った。
「まぁいいじゃないかレイナス。お前もこの子を気に入っているようだし、今名前を呼ばれただけでキュンとしちゃっただろ?」
「地獄に堕としてやろうか」
「ははっ。魔界が既にそんなものじゃないか。それにさ」
レイナスの凄みなど意にも介さず、デオンはアシェラへと視線を向けた。
「お前の弟子になれるってだけで、あんなに幸せそうだぞ?」
二人の視線の先には、嬉しそうにシェンガルに顔をすり寄せているアシェラの姿がある。
それを見ていると、もう腕の中にはいないのに、先ほどの温もりが甦ったような気がして、レイナスはむず痒い心地がしてならない。
「……おかしな娘だ」
「レイナス。名前を呼んでくれたんだから、娘だのお前だのじゃ駄目だろう?」
数瞬の躊躇いの後、レイナスは意を決して初めてその名を呼んだ。
「……。……アシェラ、まだ体調が戻っていないだろう。今日は部屋に戻るように」
「はい!ありがとうございます」
ここは魔界。
光の入らない暗黒の世界。
それでも今この一時。
この一瞬だけは光輝く、暖かな世界であるように感じられ、レイナスはそっと目を閉じるのだった。