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見ただけで高級だと分かるほど、きめ細やかな刺繍のあしらわれた絨毯。
その中央にポツンと置かれた椅子に座らされたアシェラは、大広間の階段の壇上ーーそこでこれまた豪奢な椅子に腰かける魔王ーーレイナス·エルメタインを見上げた。
バッドエンドでは彼に見捨てられたが、それはアシェラが信頼を得るに足りなかったということなのだろう。
まして、アシェラもレイナスを信頼などしていなかった。
ただ、聖女に復讐をするためだけの居場所でしかなかったのだから。
(でも、今回は何かが彼の心に引っ掛かった……?)
崖から落ちたアシェラを救って、介抱までしてくれたのだから、そういうことなのだろう。
だがそんなレイナスは、弟子にしてくださいというアシェラの申し出を聞くなり、この大広間まで連れてきた。
ずんずんと前に進む割に、アシェラの歩く速度に合わせてくれていたので、しんどくはなかったのだけれど。
当の魔王はといえば、それきりアシェラを見下ろしたまま無言を貫き通している。
これは自分から話しかけた方がいいのだろうか。
そう逡巡していると、ようやく魔王が口を開いた。
「聞き間違いだったんだな。そうだな?」
「……?」
何を確認されたのかよく分からず首を傾げると、こと丁寧に説明される。
「私には、お前が俺の弟子になりたいがために、わざわざ会いに来たと聞こえたんだが、聞き間違いもしくは何かの間違いだな?」
「いえ。そう言いましたが」
アシェラが素直に答えると、魔王の眉間に皺が寄る。
何か気分を害させてしまったのかもしれない。
そう思ったので、座っていた椅子から立ち上がり、絨毯に膝をついた。
怪訝そうな表情を浮かべる魔王へ、アシェラは真っ直ぐな視線を返した。
「勝手な申し出だと理解しています。それでも私は、どうしてもあなたの下で学びたいのです」
普通に考えれば、ラスボスである魔王に教えを乞うなどおかしい。
アシェラを見下ろす孤高の王は、いずれ魔物や魔族を人間に殺されたことに激昂し、人間界へ攻めいる。
しかし、聖女とその仲間たちによって討たれ、世界の平穏は守られることとなる。
(……でもそれは、あなたが愚かなほど優しい王だから)
その行動は正しくないのかもしれないけれど、愛しいとアシェラは思う。
アシェラを見捨てたーー見捨てる世界よりも、優しくて眩しいと。
だからこそアシェラは、守りたかったあの世界と、守りたい「この世界」のどちらも救うだけの力が欲しいと思った。
「弟子などとらない」
「私には、あなたが必要です」
そこでレイナスが何故かたじろぐ。
よく分からないが少しは響いてくれたようだ。
「あなたに私は必要ないでしょう。それでも、私にはどうしてもあなたが必要なのです。……どうか私に、共に戦う力をくださいませ」
「……共に」
初めて聞く言葉だというように、レイナスは繰り返す。
彼は孤独な王だが、そうではない。
「私は、アシェラ·グランディル。いずれ聖女ではなくなる女。それでも神に誓いましょう。……いかなる時も、あなたを裏切ることだけはいたしませんと」
少なくともアシェラだけは、そうはさせないのだから。