2
いつもお読みいただいている皆さま、ブクマつけてくださっている皆さま、初めましての皆さま、本作をお読みいただきありがとうございます!
励みになっています!
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします(^○^)
「そもそも」という言葉は便利なもので、それだけで前提条件が提示されてしまう。
「そもそも」悪役だから。
「そもそも」運命だから。
だけど、もう諦めなくていいのなら。
その機会をもらえたのなら。
せめてもう後悔だけはしたくない。
聖堂を出たアシェラは、自宅には戻らず、ただある一点を目指していた。
景色は街中から、段々と寂れた人気のない路地へと変わり、遂には鬱蒼とした森の中となる。
さすがに足が疲れてきたものの、へこたれている場合ではない。
本来なら、家で準備をして来るべきではあったが、主人公がいつ現れるか分からない以上、最早一刻の猶予もなかった。
「私には、ここしかないの」
終わりのないこの場所のどこかに、アシェラの望むものがあるはずだ。
いや、「いる」はずだ。
今まで歩いたこともなかった獣道を、ひたすらに進んでいく。
ゲームでは確か、主人公たちがこんな道を進んでいたような気がする。
それに、たとえ間違っていようとと、もう戻るという選択肢はなかった。
「お願いします……!魔王様……!」
今はまだ聖女としての立場でありながら、異端なる存在に懇願する。
答えが返ってくるはずもないが、それでも気付けば何度も祈りを口にしていた。
ーー魔王。
それは、この乙女ゲームにおけるラスボスである。
黒髪と血のような紅い瞳を持つ美貌の王は、身に宿す強大な魔力によって、人間たちから恐れられていた。
偽の聖女として烙印を捺されたアシェラは、あるルートでは魔王の元へ寝返るも、結局はただの駒として使い捨てられてしまう。
だが、その出会いが早ければどうだろう。
最初から、「そもそも」魔王側の人間であったなら。
使い捨てられるのではなく、何か得られるものがあるのではないだろうか。
一つ問題があるとすれば、バッドエンドを迎えたアシェラは、どのようにして魔王の元へ辿り着き配下となったのか。
その過程が全く分からないということだ。
もしかすると、縛りがないので、逆に自由に話を作ることが出来るのかもしれない。
それにしても、こんな森の奥のどこに魔王の棲まう魔界への入口があるのだろうか。
この森は入ったが最後、生きて帰ってきた者はいないとの噂があるので、一定の信憑性はあるものの自分が辿り着けるのかという一抹の不安はある。
いつの間にか、辺りはすっかり暗くなってしまっている。
足元もよく見えず、疲れきった足ではこのまま進むことはさすがに危険だ。
アシェラは足を止めると、近くにあった倒木に息をつきながら腰かけた。
と、近くの草むらで何かが動く気配がした。
獣かもしれない、そう思い警戒を強めていると、そこから現れたのは小さな狼だった。
だが、か弱い鳴き声でしか鳴かず、歩き方もどこか覚束ない。
「怪我をしているの?」
アシェラの言葉を肯定するように、狼は一鳴きすると近寄ってくる。
狼の近くで膝を折り、上手く上がっていない右足を見れば血が滲んでいた。
アシェラは着ていた服の裾を千切ると、それを狼の右足に巻いて止血する。
そして、聖女の力を使い、穢れを取り除いてやった。
すると痛みが少しは和らいだのか、狼は嬉しそうに鳴き、アシェラの足にすり寄る。
「よかった。……さぁ、あなたは帰りなさい。私はまだ探し物があるから」
何を、と尋ねるように狼が小首を傾げた。
その仕草が何だかおかしくて、つい正直に答えてしまう。
「私はね、魔王様に会いに来たのよ」
それを聞くなり、狼はアシェラへ飛び付いた。
いや、正確にはアシェラに体当たりをし、崖の向こうへと押し倒したのだ。
「……!」
逆らいようのない引力と、浮遊感。
始まったばかりなのに、もう詰んでしまったのか。
奈落の底に堕ちていく自分に絶望しながら、アシェラはそこで一つの声を聞いた。
『……その無駄なまでの諦めの悪さと、我が同胞を救ってくれた恩に免じ、一度だけ許そう。愚かな人間』
彼の、アシェラの運命の声を。