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踵で刻むアフター・ビート  作者: 秋月創苑
Episode 1. 藻掻く少女
9/23

7. 探偵のお仕事(1)

「はあ~。小生意気なお嬢さんの後だと、ビールの喉ごしが違うねえ!」

 一息でグラスの半分ほどを飲み干し、黒埜氏が気持ち良さそうに叫ぶ。

「そんなに嫌だったんですか」

 僕は苦笑交じりに言葉を返した。

「そんなこと言って。どうせ鼻の下伸ばしてたんでしょ。JK相手に」

 今日は珍しく綾子氏も一緒だ。そろそろストレスの器が一杯なんだろう。時期的にも、そんな感じだ。綾子氏が僕らに付き合ってピザを食べるのは、大体2週間に一度の周期でやって来る。

 

 綾子氏の強い要望で、僕らのテーブルにはトマトとバジルのホールサイズピザ。一切れ手に取ると、まだ熱いチーズがこれでもかと伸びる。黒埜氏の鼻の下も実はこれくらい伸びていたのだろうか。

「冗談は止めてよ、綾子さん。俺は25歳以上にしか欲情しないんだよ?」

「大きな声でそんな宣言しないでくださいよ」

 幸い店内には大音量でマイルスのブロウが吹き荒れていて、周りの客にも聞きとがめられた気配は無い。

 

「ま、二人が外で仕事して来てくれるから、私はチャーリーと仲良くお留守番出来て良いんですけど」

 そう言って綾子氏がクイッとグラスのビールを飲み干す。最近チャーリーは綾子氏が見繕ってきた赤い首輪をしている。もちろん、保健所対策だ。

 

「でも、学校や八木橋家の周りを彷徨くチンピラって、結局何者なんですかね?

 そもそも目的が分かんないです」

「さあ?

 動いてればそのうち会えるでしょ」

 黒埜氏は心底興味の無い様子でピザを丸めて、口に放り込んだ。


***


 翌日。再び私立聖清女学院校門前。昨日と同じく判で押したような反応。僕たちは害虫のような扱いを受けていた。無理もない。甘んじて受け入れよう。

 通りすがる女子高生達の反応も同じだが、件のチンピラも姿を現さない。僕たちを警戒でもしているのか。騒ぎを嫌っているのか。

 

「お、木田君。あれじゃないか?」

 黒埜氏の言葉に、僕は自分のスマホの画像と歩いてくる女子高生の顔を見比べる。

「違いますね。全然違います」

「そうかあ? さっきから同じ顔の子ばっかり通ってない? 六つ子? 十つ子?」

「そんな言葉あるんですか?

 っていうか、一人も同じ顔の子なんていませんでしたよ…」

 探偵として、この人大丈夫なんだろうか。

「あっ。黒埜さん、あの子です」

「おっ? ……やっぱり同じじゃないか…」

 困惑顔の黒埜氏を引っ張り、僕はその子に声を掛けに行った。


・クラスメートA

「ええ、はい…。八木橋さんとは同じクラスです。

 …ええ。知ってます。

 …いえ。私はそういうのに疎いので…。

 はい…。たしかに、瑠璃さんがそう言ってたと聞きました。

 いえ。八木橋さんは、そういうことするような人じゃないと…思います。

 …わかりません。

 …それも、わかりません。

 …はい。たしかに、最近学校帰りにこの辺に、怖い男の人達がいます。

 …いえ、特に何かされたとか、は、ないです…」


 僕たちはお礼を言って、気の弱そうな地味系の女の子を見送った。


・クラスメートB

「…知りません。

 ……。

 …わかりません。

 …………。

 …はい、ギャルの子達です。八木橋さん、泣いてました。

 …あの。もう行っていいですか?

 これから塾があるので。」


 僕たちがお礼を言うのも聞かず、知的な容貌の眼鏡女子は帰っていった。


・クラスメートC

「ええー。なんですかあ、これえ。

 探偵さんー? ええー、本当は取材なんじゃないんですかあー?

 ええー?

 うーんとぉ、うーん。瑠璃ちゃんはそんな子じゃないですよぉー?

 …ああー! うん、いますーぅ。

 いっつも、この辺でおっかないお兄さんがあ、ウロウロしてますぅー。

 …ええー? わかんないー。わかんないですぅ。

 ええー? 本当ぉに取材じゃないんですかぁー?

 ええー? 放送日くらい、教えてくださいようーぅ!」


 僕たちは丁重におっとり女子にお帰り願った。


***

 

「…木田君」

「はい…」

「……飽きた…」

「一応…仕事ですから…」

 今ならきっと、僕も黒埜氏と同じ目をしているだろう。

 

「…とは言え、立花紫苑の言っていたことの裏は大分取れた感じですね」

「そうだね…。そろそろ切り上げようか」

「え、でもまだギャルグループにコンタクトしてないですよ?」

「そっちは今はいいよ。どうせこんなとこで捕まえたって、会話になんかならないだろう」

「はあ…」

 言い終わる前にスタスタ駅の方向に歩き出した黒埜氏を追って、僕も歩き出す。と、数歩進んだところで黒埜氏が立ち止まった。

 

 危うく背中に追突しそうになりながら、僕が声を掛けようとすると。

「木田君」

 やや声に緊張感を漂わせて、黒埜氏が斜め前方を見つめている。僕もその方向に視線を送ると、曲がり角に暖色系のアロハシャツを着た金髪の男性が立っていた。

 濃い色のサングラスをしているが、目線はたしかに校門の方に向かっているようだ。

「…現れたようだね」

 黒埜氏が少し嬉しそうに言い、そちらへと足を向ける。僕も慌てて後を追った。


 十歩も行かないうちに、相手の男もこちらに気付いた様だ。

 こちらを向いた瞬間は一瞬訝しげで挑戦的な表情だったが、黒埜氏を判別したタイミングだろうか、慌てたように背中を向け、反対方向に走り出した。

 

「まずい! 木田君!」

 アラフォーと思えぬ瞬発力で、黒埜氏が駆け出す。僕ももちろん追随するが、運悪く信号が赤になってしまった。車通りも多く、すぐには渡れない。どんどん小さくなっていくアロハを見送っていると、黒埜氏の舌打ちが聞こえてきた。

「…くそっ。」

 意外とあっさり諦めた黒埜氏は、こちらを振り向き「帰ろう」と一言。

「追わないんですか?」

「いいよ、疲れるし。そのうちまた会えるさ」

「……煙草、止めた方が良いんじゃないですか?」

「そういうんじゃないからね!?」

 夕日に染まり出した町中、僕らは帰途に着くのだった。


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