introduction
4月―
都会の雑踏の中、男は執拗に周囲を気にしながら歩いていた。
男が現在歩いているのは、都心でも有数のターミナル駅。人の多さも尋常ではない。
疲れ切ったサラリーマン、スマホを眺めながら歩く学生、子供の手を引く女……。
誰も彼も自分の歩みだけを気にしていて、男のことなど気にする者は一人も居ない。
改札に向かう地下道。明るい照明が照らしているが、売店も通路も人々も、どこか鬱々とした退廃的な雰囲気が漂っている。
だがその空気は今の男にとても馴染んでいた。男は人混みの中、只一人右に左にと視線を忙しなく這わせていた。
――大丈夫だ、誰も俺を見ていない。
そう、男が警戒を緩めようとした時。
とある人物を見付けてしまい、男は目を見開いて驚愕の表情を見せる。
目線の先には、どう見ても日本人とは思えない、帽子を目深に被った屈強なガタイの男が二人。人を探しているかのごとく、先程までの男の様にキョロキョロと視線を泳がせている。
男は気付かれないようそっと後退し、舌打ちを放つ。
「チッ。サルどもが…!」
男は人波の中に再び溶け込み、駅を出てバス停を目指した。