基礎能力測定 1
サッカースタジアムとほぼ同じ大きさを持つ5階建体育館の3階、天井、壁、床の全てが淡い水色で統一され、全体的に近未来感溢れる造りとなっている格技場にマオ達が到着すると、その一角にある四方が超強化ガラスによって囲まれた測定室へと入った。
既に室内には30人の生徒が待機しており、まだ昼休みから帰って来ない生徒達の到着を待っていた。
間も無くして2年Aクラス全50人が集まり、13時20分丁度になるとノートパソコンとクリップ付きファイルを持った岸田が退屈そうに、あくびをしながら測定室へダラダラと入ってきた。
「おぉ、時間までに全員集まったなぁ感心感心…… チッ! 」
測定室と言う割にはそれらしい設備も無く、ただ広いだけの殺風景な室内に、誰一人として遅刻をせず集まった生徒達。
岸田は、朝のホームルームで遅刻をした者は退学にすると言っていたが、もちろんそれは冗談である。
しかし、遅刻をした生徒を揶揄って遊ぼうと考えていたらしく、面白くなさそうに舌打ちをした。
(今、舌打ちした?! )
岸田の教師にあるまじき行動に、クラス全員の心の声がシンクロした。
50人以上の人間を収容してもかなり余裕のある広さを持つ測定室の中で、岸田はそれまでの退屈そうでやる気の全く感じられない表情から、スイッチが切り替わった様に真剣な顔つきになった。
「お前らも知っての通り、2年からは各専門分野に分かれての授業が主になる。お前らの選んだ司書志望のAクラスは実戦授業と言って、1年の時に実技授業で嫌と言うほど叩き込まれた創造スキルを活かし、様々なシュチュエーションで戦闘訓練を行う。先に言っておくが、この1年間は去年の比じゃないぐらい厳しいぞ、今のうちに腹をくくっておけ。そして今日は、今の自分がどのレベルにいるのかを改めて知ってもらう為に、1年生の実技試験としても取り扱っている基礎能力測定、圧縮率と創造スピードを測る。朝も言った通り、今日の測定結果は1学期の成績に響くから気合い入れろよ」
生徒一人一人の覚悟を問うように言葉の所々に強弱を付けて岸田が話すと、生徒達はこの学校では少しの油断が退学に直結するという事を改めて思い知らされ、表情が一気に引き締まる。
「春休みボケしてるお前らを、いきなり測定させるのも可愛そうだから、創造の基礎について少し振り返るぞ。夢粉は、空気中に20%の割合で漂うように、世界各地にある夢図書館支部が管理している。この20%って数字が最も創造に適した濃度らしい」
春休みから開けたばかりの生徒達を気遣い、心の準備をさせる為に雑談をしはじめた岸田は、右手をYシャツ左胸のポケットへ入れると、クレジットカード程の大きさの黒くて薄い板状の物を取り出す。
「夢粉を使って創造するには、このスマートフォン型電子端末の創造免許証が必要になる。創造免許証には、人間が創造をしようと脳内で物質のイメージすると、空気中の夢粉にそのイメージを伝達させ、夢粉同士を集合圧縮させる機能を持っている。使い方は、創造免許証に持ち主として登録された者が静脈認証を行い、携帯するだけでいい。そして、創造免許証にはもう一つ重要な役割がある。それは、誰がいつ何を創造しどのように使用したかを随時記録し、夢図書館のデータベースにリアルタイムでその情報を自動送信する事だ。この機能のお陰で法律違反などがあった場合は、即時摘発する事ができる。夢図書館高等専門学校では、創造免許証と同じ機能を持った生徒手帳をお前らに支給しているが、安全の為に有効範囲は学校敷地内に限定されている」
完全に教師モードとなった岸田は、参考までにと自分の創造免許証を生徒達が見やすいように顔の高さまで持ち上げた。
「あれが司書専用の創造免許証? 俺達の生徒手帳とあまり変わらないな」
1人の男子生徒が岸田の創造免許証を見て興味深そうに口を開く。
「ああ、言い忘れた。司書に支給される創造免許証は一般の物や、お前らの持っている生徒手帳とプログラムが違うだけで同じ物だ。プログラムについては機密事項だから、教える事は出来ない」
補足情報を言い終えた岸田は、右手で持っている創造免許証に左手をかざした。
すると、先程まで真っ暗だった画面が黄緑色に発光した。
「静脈認証、完了っと」
岸田は、再び創造免許証をYシャツ左胸ポケットへしまう。
「お前ら、1番から出席番号順に1列で並んで静脈認証を済ませろ」
岸田は、軍隊の上官の様にハキハキとした口調で指示を出した。
岸田の指示通り縦1列に並んだ生徒達は、生徒手帳(晋二とユウキは司書専用の創造免許証)を取り出し静脈認証を行った。
岸田は、先頭にいる生徒から前方5m離れた位置に右手をかざす。
すると、それまで何も無かった空間に薄っすらと机と椅子らしき物が浮かび上がり、そして約4秒の間で1人用のオフィス机と椅子を同時に創造した。
「78% か。まぁまぁだな」
左手に持っていたノートパソコンを創造したオフィス机の上に置き、画面を開いて何かを確認した岸田は、クラス名簿が挟んであるクリップ付きファイルをノートパソコンの右横に置いた。
「すっすげー 圧縮率が78って」
「2つの物を同時創造!? これが司書長の実力」
「速っ!! 今のって5秒切ってなかったか?」
岸田が何気なく行った創造を見て、驚愕した生徒達から口々に褒め言葉が発せられた。
「最後にもう一つだけ復習をするぞ。創造スキルを語る上で重要な数値がある。それが、今日の測定項目にもなっている圧縮率と創造スピードだ。圧縮率は創造した物質にどのぐらいの夢粉が含まれているのかを表す数値で単位は% 。一般的に30%から50%が平均値となっている。創造免許取得に必要な圧縮率は30%以上で、司書やサポータークラスにもなると70%以上になる。当たり前だが、圧縮率が高ければ高い程、創造した物質の耐久性や性能も比例して高くなる。それから創造スピードは、1つの物質を創造するのに必要とした時間の事だ。創造をするには、その物質が何で構成されているのかを明確にイメージしなければいけない。その為、創造スピードの一般平均は18秒から24秒となっている。創造免許取得に必要な速度は25秒を切る事だ。まぁ常に最前線に立つ司書は6秒以下じゃないと話にならないがな。だから、この程度で驚いていたら、とても司書になんかなれないぞ。おっと、少し喋りすぎたな。じゃあ始めるか、まずは圧縮率の測定をする。出席番号1って…… いきなり相川か!? 」
岸田は、生徒達に自分の創造を賞賛され気分を良くし更なる雑談をした。
そして、列の先頭にちょこんと立っているユウキを見ると、しばし岸田の動きが止まり珍しく驚いた様子でいつもより少し高い声で話した。
「おぉぉぉぉ!! 」
いきなり転入して来たばかりの、現役司書の1人が測定をする事となり、生徒達も驚きの声を上げユウキに注目する。
「…… はい」
いつも通り無表情のまま返事をしたユウキは、細く長い指が特徴的な右手を前方に突き出した。
圧縮率の測定は任意の物質を創造し、その物質を専用のセンサーで読み取り数値を出す。
「お前は結晶タイプだから、ある程度の形状が分かれば細かい整形は必要無いぞ」
「…… わかりました」
岸田がアドバイスをするように話すと、小さくコクリと頷いたユウキは右手に意識を集中させる。
「んじゃ、はじめてくれ」
オフィス机に座った岸田は、センサーの付いたノートパソコンのキーボード叩き始める。
「…… はい」
ユウキは静かに目を瞑り、創造をはじめた。
約6秒の間で透明度の高いダイヤモンドのような物で出来た、直径15cmの表面がゴツゴツとした球体を自分の右手の上に創造した。
「圧縮率96% 。さすが結晶タイプだな」
ユウキの創造を見た岸田は、若干口角を上げるとパソコンの画面を見て誇らしげに測定結果を告げる。
「すげぇぇぇ!! 」
「おお!! 」
「たしか、結晶タイプって世界で20人ぐらいしかいないんだよな? 」
ユウキの美しい創造に多くの生徒は、興奮を抑えられず驚きの声を発する。
「マオくん。私、結晶タイプって聞いた事はあったんだけど…… 本当にいたんだね」
なぜかマオの隣にいる遥も驚きを隠せない様子だった。
「ああ、さすが夢図書館現総館長 相川 築の1人娘だ」
いつもは冷静なマオだったが出席番号順で並んでいるにもかかわらず、自分の隣に遥がいる事を気にする余裕も無いほどの衝撃を受けていた。
「…… 」
(人間は、創造の特徴によって具現タイプと結晶タイプの2種類に分類される。まず、具現タイプは脳でイメージした物質をイメージ通りに創造する事。創造する物質の正確なイメージが無ければ夢粉を集合圧縮させる事ができない為、圧縮率が結晶タイプに比べて低くなり個人差が激しいが、様々な物質を生み出せるので利便性は高い。世界の90%以上の人間が具現タイプに分類される。結晶タイプは具現タイプ同様に夢粉を集合圧縮させているが、夢粉そのものを結晶化させている為、細かい整形が難しく簡単な造形の創造しか出来ない。しかし、具現タイプに比べ遥かに圧縮率は高く平均で90%を超える。また、結晶タイプの人間は、極めて珍しく確認されているだけでも世界中で25人しか存在しない。現在、日本で結晶タイプを扱えるのは、相川 ユウキと父親の相川 築の2人だけ。貴重な結晶タイプの人間は例外なく夢図書館に所属しており、わずか4歳にして結晶タイプの創造を成功させた相川 ユウキは世界で最も有名になった天才少女。やっぱり持ってる才能が俺と違いすぎる)
昼休みを一緒に過ごした事で、甘いもの好きで天然発言を連発していたユウキに多少の親近感を覚えていたマオだったが、同い年で司書になった彼女のたった1回の創造で実力に決定的な差がある事を感じた。