転入生 5
床は大理石のブロック、壁はニスで濡れた様な艶を出した上質な木材。
王宮の様な作りの夢図書館高等専門学校校舎の廊下に男子生徒3人、女子生徒1人の計4人が姿を現した。
「申し訳ない。俺のせいで不快な思いをさせてしまった」
晋二は、廊下に出るや否や、マオと正輝に向かって頭を深々と下げた。
「…… 」
(そうだ!! お前のせいでマオがまたバカにされたんだ!! )
正輝は、心の中で沸々と湧き上がる怒りを抑えるのに必死だった。
「そんなそんな!! 大丈夫ですよ。顔を上げてください。それよりも味方になってくれて、嬉しかったです。ありがとうございました」
突然、晋二が頭を下げた事に、驚いたマオはすぐに頭を上げさせた。
そして、正輝以外の全てが敵だった教室の中で、勇気を出して味方になってくれた晋二へ感謝の気持ちを伝える。
「ありがとう」
マオの真っ直ぐな感謝の気持ちが伝わった晋二は、また頭を下げた。
「はい! では、この件は終了です。早くしないと貴重な昼休みが無くなってしまいます。そうだよねっ正輝! 」
マオは、晋二とユウキがこの学校で初めて過ごす昼休みを楽しい思い出にしてもらう為に、出来るだけ明るく振る舞った。
「そうだな。このままだと何も食わずに昼休み終わっちまうな」
(俺はまだ、認めないぞ)
正輝は、その場に合わせて頷いたが、内心では吉村にマオが攻撃されるきっかけとなった晋二を完全に受け入れてはいなかった。
「そうそう! 時間も無いから、昼飯の事は歩きながら決めましょう! 」
マオを先頭にして正輝・晋二・ユウキの4人は廊下を歩き始めた。
「瑠垣君、普段お昼はどうしてるの?」
しばらく廊下を歩き進めると晋二は、話を再開させる。
「俺達は、購買で何か買って教室で食べる事が多いですね…… 」
「そうなんだ。でも、さっきの今で教室はね…… 」
苦笑いで答えるマオを見て、ついさっき教室で起こった事を思い出した晋二も苦笑いをした。
「でも、あの言い方はヒドイよ。夢図書館高等専門学校は、完全実力主義だから教師にいくら媚を売っても、認められる才能や実力が無ければ進級は愚か入学すら出来ないのに」
晋二は、マオをフォローしようと心で思っていた事を何気なく話した。
「その話は、もう終わったぞ」
(五木、せっかくマオが話題を変えたのに、人の優しさが分からないのか? )
マオが終わらせた話をぶり返した晋二に、正輝は少し強目の口調で注意した。
「ごっごめん。俺っそんなつもりじゃ」
マオの優しさを踏み躙る結果になってしまった事に晋二は、しまったという様子で慌て始めた。
「大丈夫ですよ、分かってますから。入試は一般入試で、勉強を頑張ってなんとか 入学できたのですが、才能が無いのは本当なんです。だから、ああ言われても仕方ないんですよ」
晋二に悪気が無かった事を理解してるマオは、暗いイメージを持たせない様に、少し笑いながら正直に自分の事を話した。
「本当に申し訳ない」
(でもおかしいな。あの、人の事をなかなか褒めない岸田司書長が、面白い奴って言っていたんだ。彼のどこかに秘密があるはずだ)
三度マオに頭を下げる晋二だったが、岸田から聞いていた話が脳裏をよぎる。
「昼食の話に戻りますが、学食だと人が多く五木さんと相川さんが入れば、間違いなく混乱し収拾が付かなくなると思うので無理そうですね」
マオは、残り少ない昼休みを心配して話を本題に戻す。
「なら、あそこだな」
(本当は、こんな奴を連れて行きたくはないが仕方ない)
少しだけ機嫌の直った正輝は、マオの顔を見てアイコンタクトを送る。
「うん、そうだね。丁度、今月は記事担当って言ってたし」
正輝のたった一言で、場所の見当が付いたマオは納得し賛成した。
「…… ? 」
晋二は、マオと正輝のやり取りが分からず首を傾げる。
「…… ゴハンは? 」
今まで一言も発しなかったユウキは無表情のまま呟いたが、その小さすぎる声はマオ達の耳には入らなかった。
マオ達は、本館1階の購買で昼食を購入すると、6階建の北館4階にある新聞部の部室へ向かった。
「お〜い遥」
正輝が部室の扉に向かって話し掛けると、返事の代わりにドアノブが回り、扉が室内に向かって開いていく。
「んじゃ入るか」
扉が完全に開くと、正輝を先頭に4人は部室の中へ入った。
「ええっ!? マオくんは、分かるけど転入生の五木 晋二君と相川 ユウキさん!? 何でここに??」
部室の出入り口の左側に設置された1人用のパソコン机で、デスクトップパソコンに向かって作業中だった遥は、キャスター付の椅子に座ったまま室内を移動し扉を開けると、目の前にはマオと正輝以外に、晋二とユウキが立っており目を丸くして驚いた。
「教室が転入生で、お祭り騒ぎになって落ち着いて昼飯を食べれそうにないから、連れて来たんだ」
慌てる遥にマオが冷静に事情を説明する。
遥を心配させないように、吉村との件は伏せて話を進めた。
「連れて来たって、こんな超有名人の2人が急に来ても何も用意できてないよ」
マオから事情を聞いた遥は、作りかけの記事やら取材レポートが散乱する部室を見て恥ずかしそうに話した。
「何の用意なんだか。ダメなのか? 」
いつも汚い部室を見慣れている正輝は、こんな時だけ何言ってるんだっと言いたげな様子で、少し呆れ顔になる。
「ダメじゃないけど、むしろウェルカムだけど。でも、もう少し部室が綺麗な時の方がよかったって言うか」
遥は、拗ねたように口を尖らせてそう言うと、座っていた椅子から立ち上がり20畳の部室の真ん中にある、椅子が左右にそれぞれ6脚ずつ合計12脚が並ぶ会議机の上に、雑に置かれた書類の塊を片付け始めた。
「この部室が綺麗な時なんてねぇだろ」
「もぉ!! 」
意地悪そうに笑った正輝が茶々を入れると遥は、両方の頬をリスの様に膨らませて怒った。
「汚い所でごめんなさい」
急いで会議机の上を綺麗にした遥は、マオ達を座らせた。