また3人で。 3
「…… 遥、どこ? 」
いつものメンバーで昼食を摂ろうと教室内を移動したユウキは、もぬけの殻となっていた遥の席を目の前に首を傾げた。
「あれ本当だ。さっきまで席に座っていたはずなのに。どこに行ったんだろ? 」
ユウキに続いて誰もいない机までやってきた晋二は、自分達に何も告げず、どこかへ行ってしまうという、遥らしからぬ行動に疑問をもった。
「さぁーな。浦和はダチが多いから、そっちに行ったかもしんねぇな」
遥が正輝の後を追いかけ、教室から出て行ったところを偶然に見ていた猛は、ハワイで彼女の恋を全力で応援すると自分の心に誓っていた為、2人の邪魔をしまいと、わざと知らないフリをする。
「たしかに、遥は人気者だからな」
マオは、遥が気さくで明るく、それでいて他人への気遣いの出来る優しさを持ち合わせ、誰にでも好かれる性格である事を十分に理解していた事から、納得したように頷いた。
「うん。それじゃ、今日はこのメンバーでお昼ご飯だね」
晋二は、いつものメンバーが揃わなかった事で少し残念そうに声のトーンを落とした。
「そうと決まったら早く購買に行くぞ。腹減ったメシメシ〜ぃ」
今、遥が幸せになる為のピースになっている。
そう思った猛は、自己満足からくる達成感に心が満たされ上機嫌になり、軽い足取りで購買に向かおうとした。
しかし、次の瞬間。
『緊急連絡! 緊急連絡! 』
教室内を含め校内全てのスピーカーから放送が入る。
女性教師と思われるその声からは、音声だけの情報だというのにもかかわらず、酷く動揺し混乱している事が手に取るように伝わった。
「なんだ、なんだ? 」
猛は、女性教師の鬼気迫る声に思わず、リズミカルに進めていた足を止めた。
『これは訓練ではありません。校舎南館内からランクCの夢獣が大量に発生。原因は不明。全ての生徒、教職員は落ち着いて校庭に速やかに避難してください。重ねて、司書課の生徒は絶対に応戦しないでください』
女性教師は、震える声を必死に押さえつけながら冷静を取り繕い、完結に用件をアナウンスした。
「キャァーーーッ!! 」
「えええ!? マジかよ? マジかよ!? 」
放送が終わり、刹那の沈黙を終えたクラスメイト達は、まるで阿鼻叫喚の如く喚き、教室は混乱に満ちた。
「早く、逃げないと!! 」
「どけよ!! おっせぇなぁ!! 」
クラスメイト達は、一斉に我先へと他人を押し退けながら避難しようとする。
「「みんな!!! 落ち着いて!!! 」」
普段から極端に口数が少なく、話したとしても小さな声しか出さないユウキが、室内の騒々しい悲鳴を搔き消す程の大きな声を出した。
「え? 今の声って相川さん? 」
その普段のイメージから掛け離れた行動に、教室内の全ての視線はユウキに注目をした。
「…… 落ち着いて、避難して下さい…… 私と五木司書は、1年生と3年生の避難を支援してきます」
ユウキは、いつものスローなマイペースとは打って変わり、的確な状況判断に基づく指示をテキパキと出していった。
「くッ!! 岸田司書長や他の司書課の先生が不在のこのタイミングで」
晋二は、右拳を出血しそうな程、強く握り珍しく怒りを露わにしていた。
「…… 五木、今はそんな事を考えちゃダメ…… みんなを安全に避難させる事が最優先」
ユウキは、冷静を欠きはじめていた晋二を優しく諭すように言葉を掛ける。
「ごめんね。ふぅーーぅ。よし!! 」
晋二は、学生である前に司書である事を考え行動するユウキの言葉を聞き、自分が今なにを成すべきか再確認をする。
そして、頭に上った血を冷やすかのように深呼吸をした。
無数の糸のように降りしきる雨の中、2人の若い司書の活躍により、ほとんどの生徒と教職員がスムーズに校庭への避難を済ませた。
「先生、怪我人の有無および現状の報告を今、分かっている範囲でお願いします」
目一杯引かれた弓のように、張り詰めた様子の晋二は、グレーのスーツを着た初老の男性教師に問いかけた。
「第1発見者の1年生女子生徒が、逃げる途中に狼に右手首を噛まれ負傷。校舎南館と本館をつなぐ廊下に、防災用のシャッターを下ろしましたが、いつまでもつか」
禿げ上がった額の男性教師は、終始暗い表情で報告をする。
「その女子生徒の怪我の状態は? 」
頭の中で状況の整理をする晋二は、この報告において不足の情報を求めた。
「出血が多いです。このままでは、そう長くは」
男性教師は、より辛そうな表情になると顔を俯かせた。
「…… 分かりました」
晋二は、一刻の猶予も許してくれない状況に立ち向かうべく、すぐ傍にあった朝礼台の上に立った。
「「夢図書館本部。鈴木班、五木 晋二!! 只今から現場の指揮を取ります」」
厳しい表情をした晋二が大声で叫ぶように話すと、校庭にいる全員の視線は彼に集まる。
「各クラスの担任教師。もしくはクラス代表は再度、人員の安否確認を行い、至急報告をお願いします」
何か策を思いついた様子の晋二は、現状をより正確に把握する為に指示を出した。
そして、教員が次々と生徒の安否を報告していく。
「たく! 砂田はどこ行ったんだよッ!! 」
クラス代表の猛は、姿が見当たらない砂田の代わりにクラスの人数を数えていく。
「… おい…… マオ」
猛は、全ての終わりに直面した者が、最後の救いを求める時のように蒼ざめた顔でマオに話しかけた。
「どうした? 」
その只事ではない様子にマオは、真顔で応答する。
「浦和と工藤がいない…… 」
猛は、雪山で遭難し7日目の朝を迎え食料が尽きた冒険家のように、落胆した様子で信じがたい現実を口にする。
「えっなんだって? まさか、まだ校舎の中に? 」
いつも自分を支えてくれた、助けてくれた、味方でいてくれた、2人が取り残された。
その事が頭をよぎった瞬間、マオは考えるよりも先に、校舎に向かい走り出していた。
「待て、マオ! マオーーォォ!! 」
猛は、噴火警戒レベルが5に達した火山の火口に向かい、走り出した親友を静止するような思いで叫んだが、マオは止まらなかった。
「…… 吉村君、どうしたの? 」
突然、大声をあげた猛を心配したユウキが歩み寄り話し掛ける。
「浦和と工藤がいなかったんだ。そんで、マオが、2人を探しに校舎へ」
脳裏に最悪の結末が浮かんでしまった猛は、今にも泣き出しそうな声で、ついさっき起こった出来事を話す。
「え…… 」
ユウキは、あまりのショックに猛の言葉の意味が頭に入ってこず、動きが止まってしまう。
次の瞬間、狼の群れがより多くの標的がいる校庭へ移動する為、校舎の至る所の窓ガラスを突き破った。
300体の狼は、雨で泥濘んだ土を目掛け、一直線に空中を移動する。
「くッ!! もう来たか。仕方ない、ユウキ頼んだよ」
予想していたよりも早い展開スピードに晋二は、悔しそうに下唇を噛んだが、すぐに切り替えをするとユウキへ指示を出す。
「…… 分かった」
既に、創造免許証を起動させ創造の準備をしていたユウキは、頭の中のイメージをカタチにしていく。
そして、晋二とユウキ以外の全員を覆う結晶で出来た透明な巨大なドームを創造した。
「すっすげぇ。こんなデカイ物を、あの短時間で」
ドームが雨を遮り空を覆い尽くす中、男子生徒が上を向いたまま思わず声を出す。
「…… この中なら、大丈夫」
完成したドームを横目に、1つの不安要素を断ち切ったユウキは、全方から迫る黒い絨毯に向かい右手を突き出した。
「大丈夫じゃねえ! まだ、マオや浦和たちが校舎の中だッ!! 」
猛は、自分だけが安全な場所にいる事に、激しい憤りを感じ声を荒げる。
「…… マオなら大丈夫、きっと遥と工藤君を連れて帰ってくる…… マオを信じよ」
マオは、他人には出来ない事を平然とやってのける。
様々な事を考えてしまい、不安と絶望に押しつぶされそうな今のユウキには、その力がマオにあると、信じる事でしか自分のマイナスな感情を抑え込む事が出来なかった。
「ごめん…… 」
まるで自分に言い聞かせるように話すユウキの姿に、猛は熱くなりすぎていた事を反省した。
「ユウキ、先生から本部に連絡をしてもらったよ。岸田司書長が今こっちに向かってる。俺たちに課せられた任務は、学校敷地内からランクCを1体たりとも逃さない事」
猛スピードで迫る無数の赤色の目、人間を殺す事でしか存在意義を得られない獣の大群を目の前に、両手に刀身の黒いダガーナイフを創造した晋二は、臨戦態勢に入ると同時に口を開いた。
「…… うん」
(遥、マオ、無事でいて)
死と隣り合わせの戦いに集中するべく、感情をオフにしたユウキは、結晶で出来た直槍を創造し両手で構えた。