また3人で。 2
時間は遡り 午前8時10分
マオ達と登校した遥は、自分の席に荷物を置くと、とある想いを抱いた心で1人の生徒を探した。
「あっ! 」
(いた! )
幼稚園から正輝とずっと一緒にいる遥の両目が、彼を見つけるのに時間はかからなかった。
「!! 」
(今日はマオと話してる。仲直りできたのかな? )
遥は、マオと話す正輝の姿を、まるで生き別れた兄弟が再開した姿を見る母親のような気持ちで見ていた。
「うん! 」
(行ってみよ! )
両方の頬を両手で軽く叩き、勇気を出し自分を奮い立たせた遥は、ハワイで買ってきたお土産の、マカダミアナッツクッキーがカバンに入っている事を確認し、椅子から立ち上がる。
「よし!! 」
(今日は2人でお昼食べて、その後にお茶しながらクッキー食べて。正輝に告白するんだ!! )
遥は、ダイヤモンドよりも硬い決意をもつ気高さを胸に、一歩前に踏み出す。
「えっ? 」
(あれ、まさき…… ? )
遥は、マオと話し終わり自分の方へと振り向いた正輝の表情に、恐怖にも似た違和感を覚えてしまう。
「…… 」
(あんな正輝の顔、見た事ない…… )
その顔は正輝が時々見せる不機嫌なそれとは違い、誰かを恨んでいるような、人を何人も斬り捨てた太刀のように鋭い目をした彼に、遥の決意は揺らぎ気がつけば椅子に座っていた。
「…… 」
(本当に、どうしちゃったんだろ…… )
あんなに簡単に出来ていた、笑顔のつくり方が分からなくなってしまった遥は、机の上に置いた教科書を読むふりをする事しか出来なかった。
それからも遥は、休み時間の度に正輝となんとかして話そうと試みるが、彼の普段とあまりにも掛け離れた様子に、とうとう話し掛ける事が出来なかった。
「もう、こんな時間」
そして、気づけば時間は昼休みになっていた。
遥は、教卓の上にある時計を試験終了のチャイムが鳴ってもなお、回答用紙が埋まっていない受験生のような気持ちで見ていた。
「うんッ」
(私は正輝が好き! 多分、正輝は今なにかで苦しんでいる。悩んでいる。私が逃げてちゃダメだよね。まずは、しっかり話を聞いて正輝の支えにならないと)
遥は、ブレていた心を正すように顔を左右に振ると、お土産のクッキーを手に、正輝の席に決死の思いで向かった。
「? 」
(あれ、正輝どこ? )
目的地が迫った所で、遥の視界に入ったのは椅子が雑に引かれた机だった。
その光景は、ついさっきまで人が座っていた事を物語っている。
「いた」
遥は、全神経を室内へと巡らせ、教室のスライドドアを開ける最中の正輝の姿を、視野の片隅に捉える。
「正輝! 」
遥は、いつも通りの笑顔で右手を頭上で左右に振りながら正輝を呼び止めようとするも、彼は何者かに操られる人形のように、ゆらりと教室から出ていってしまう。
「あれ、聞こえなかったかな? 」
クッキーの箱を抱えた遥は、彼に続いて教室を飛び出した。
「正輝、ちょっと待って」
遥は、遠目の正輝に再び呼びかけるが、体中の関節を見えない無数の糸で操られているかのように、彼は振り向かない。
「この方向って? 」
(あれ? なんで、こっちに行くの? 昼休みだから購買や学食のある1階に行くと思っていたのに)
遥は、3階から1階に向かう為に階段を下りるのではなく、南館の方角へ進路を取る正輝に疑問を持った。
「…… ッ」
(もしかしたら、これで何かが分かるかも! )
この先に正輝に起こった変化の原因があると直感した遥は、彼の後を尾行する事にした。
「…… 」
(ふふ! 新聞部で、こういう尾行や張り込みは慣れてるよ!! )
遥は、部活で体得したスキルを駆使し、忍者のように気配を消しながら、正輝の後方30mの距離を保っていた。
「うん? 」
(あれ? ここって司書課の私たちに、あまり関係の無い場所のような? )
正輝は、最適かつ最短ルートで、南館5階にある第3研究準備室へと到達した。
遥は、予想だりしない場所の前で立ち止まった正輝を見た瞬間、周囲の空気が瞬間的に冷やされたような錯覚と同時に、視界の僅かな歪みを感じた。
そして、正輝はズボンの右ポケットから、くすみがかった銀色の鍵を取り出した。
「どうして? 」
(もしかして、あれは鍵!? なんで正輝が持っているの? 担当の先生が厳重に管理しているはずなのに、どうして正輝のポケットから? )
「待って正輝!! 」
鍵を見た瞬間、背筋のざわつきと頭から血の気が引く感覚を明確に感じ取った遥は、ドアを開こうとする正輝を静止させようと前に出る。
次の瞬間、遥の視界を300体の狼の群れが、まるで黒い絨毯のように覆い隠した。
「キャァーーーァッ!! 」
それは、もう一瞬よりも短い出来事だった。
全身を強烈な力で噛まれた遥の意識はコンセントを抜かれた電化製品のように、深い闇の中へと落ちていった。
「……………… 」
正輝の頭はすぐに現状を理解する事が出来なかった。
「…… えっ? 」
(今の声って、まさか…… 何でここにいんだよ。シンさんは3匹って、人は襲わないって言ってたし…… じゃあ、目の前のこの光景は? なんで、遥は血まみれになってんだ? )
まるで、ライオンが狩ったシマウマの死骸を貪るハイエナのように、横たわる遥を襲い続ける10体の狼。
そして正輝は、最悪なタイミングで目の前で起こった事態を理解した。
「遥ッ!! はるかァァァァァ!! 」
正輝は、逆上し遥を助ける為に足を最速で動かした。
「やめろーーぉ!!! 」
正輝は、自分の声帯の限界を超える声で叫ぶが、狼には自分の気持ちは届かない。
「なに…… なにやってんだぁーーーぁッ!!!! 」
正輝は、ありったけの力を右拳に込めて1体の狼に殴り掛かる。
正輝の鉄拳を右頬に受けた狼は、タイヤを叩いたような鈍い音を立てながら、廊下に転がるようにして飛ばされる。
しかし、その時点から狼たちの攻撃ターゲットは遥から正輝に切り替わった。
そして、10体の群れは丸腰の正輝を目掛けて高くジャンプした。
「くそッ!! 」
両目に涙を浮かべた正輝は、武器を創造しようとするが自分の創造スピードでは間に合わない事を悟り、彼の視界はモノクロのスローモーションのようになっていく。
ナイフのように鋭い無数の牙が近付いてくる刹那、正輝の頭に秦の言葉が過ぎる。
『正輝クンに は、危害を加えなければ襲ったりしませんので』
「ねぇ なんで? なんでだよ…… シンさん」
正輝は、身体中をプレス機にかけられたような激痛と、薄れゆく意識の中で自分が騙され利用された事を知った。