転入生 4
「五木君、お昼はどうするの? お弁当? 学食? それとも購買で何か買うの? もし良かったら私達と一緒に食べない? 」
10人を超える女子生徒が目をギラギラとさせながら晋二の周りを取り囲み、一方的に話し掛けている。
「アハハ…… どうしようかな? 」
昼食へ誘おうと逃げ場の無い質問攻めをする女子生徒達の気迫に、フレンドリーな性格の晋二も、さすがに困っている様子だった。
「相川さん! お昼を一緒に食べませんか? ついでに、学校の案内もしますよ? 」
「待て!! 俺が先に声を掛けていたんだ!! 相川さん!! 俺と学食に行きましょう!! 」
こちらは10人を超える鼻息の荒い男子生徒に囲まれたユウキが、晋二と同様に質問攻めにあっている。
晋二とユウキを囲む合計20人以上のクラスメイトは、決して標的を逃がさない為の包囲網となっていた。
「…… 五木」
ユウキは、自分の周りを取り囲む男子生徒を全く気にする様子もなく、無表情のまま小さな声ですぐ隣にいる晋二の左袖を右手の親指と人差し指で摘むようにして、引っ張りながら話し掛けた。
「ちょっと、ごめんね」
晋二は、申し訳なさそうに両手を合わせ女子生徒の話を中断させると、自分を見上げているユウキの顔を見た。
「どうしたの? 」
「…… ゴハン行こ」
今の今まで、男子生徒達から昼食の誘いを受けていたにもかかわらずユウキは、晋二を昼食に誘った。
「了解!」
(助かった!! ありがとうユウキの天然)
周りの状況を全く考えないユウキの超マイペースな発言が場の流れを変え、晋二はこの逃れようの無い包囲網を突破する糸口を見つけた。
「え〜と…… あっいた! おーい瑠垣君!!」
この包囲網から逃れるには、自分がこの中にはいない第三者を昼食に誘う事、そう考えた晋二は、転入する以前から興味を持っていたマオを誘おうと、教室内をぐるりと見渡し、正輝とこちらを見ていたマオを見つけ、頭上で右手を大きく振り名前を叫んだ。
「!? えっ? おっ俺? 」
晋二が自分の名前を呼ぶなど全く予想をしていなかったマオは、面食らい間抜けな声で返事をしてしまう。
「おいマオ、呼ばれてるぞ」
(急にマオを呼ぶなんて五木、何のつもりだ? )
正輝は、笑いながらマオの背中を右手で押し晋二の所へと送り出したが、内心では彼の言動に疑問を持っていた。
「あっああ」
(俺に何の用だろ?)
動揺しながらも思考を巡らせながら歩みを進めるマオは、人集りの中心にいる晋二の真正面に立った。
「どうかしましたか? 」
マオは、先程までの動揺から落ち着きを取り戻し、自身の率直な疑問を晋二に投げ掛ける。
「急にごめんね。俺もユウキも落ち着いてお昼を食べたいんだけど、ご覧の通りこの状況で、図々しい話なんだけど力を貸してもらえないかな? 」
周りに聞こえないように晋二は、マオに耳打ちをした。
「そういう事ですか、分かりました」
晋二の提案を快く了承したマオは、周囲に聞こえない程の小さな声で返事をした。
「ありがとう!! 」
晋二から耳打ちで返事が返ってくる。
(ここで嫌われ者の俺が出しゃばると、みんなの反感を買い、五木さんと相川さんに迷惑を掛ける可能性が高い。俺が一度廊下に出て、電話で正輝に指示を出そう)
マオは、脳をフル回転させこの場を乗り切る最善策を求め出した。
「今から俺が」
マオが思いついた作戦を口にしかけた瞬間、晋二はさっきまで話していたクラスメイトの方へ視線を戻す。
「あっ!! 」
次に晋二が何をするか分かったマオは、慌てて彼を止めようとする。
「ごめんね。実は俺とユウキなんだけど先に瑠垣君と、お昼を食べる約束してて」
しかし、間に合わず晋二は、マオがこの場において最も恐れていた事を言ってしまった。
「ああっ」
マオは、自分の上履きを見るようにして顔を伏せた。
「えぇぇ!! 先約があるの!? しかも瑠垣? やめた方がいいよ。五木君達は、今日来たばかりだからまだ知らないと思うけど、瑠垣ってかなり変わってるよ。私達と食べた方が絶対楽しいよ」
晋二の発言で教室中は騒めき、1人の女子生徒が目の前に本人がいるにもかかわらず、マオに敵意剥き出しで悪口を言った。
「えっ? 」
(なに? 今、何が起こってるんだ? )
晋二は、この状況と女子生徒の発言を理解する事が出来なかった。
笑顔だった晋二の表情は凍りつき、先程まで自分とユウキを昼食に誘おうと必死だったクラスメイト全員が、マオを冷たい目で見ている事に疑問を持った。
そこへ1人の男子生徒が話に割って入る。
「そうだぜぇ、五木に相川。そこの瑠垣 マオってのは、本当にずるい奴なんだ。去年の成績は学科が中の下で、実技はいつも学年最下位、司書の才能が全く無いのに教師にゴマすって進級してやがる。しかも、こいつよりも成績が良かった奴が進級不可って判断されて退学になってんだよ。岸田のお気に入りかなんか知らねぇが俺は、こんなクソずるい奴は絶対に認めねぇ」
教室中に響く大声で吉村がマオに対する暴言を言うと、教室のいたるところからクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「…… 」
(岸田司書長の言っていた通りだ。この学校は、毎年4000人以上の受験者の中から200人しか入学する事の出来ない狭き門、入学してからも進級をする為に壮絶な競争が行われ、半数が退学になる。そんな厳しい環境の中で生き残る事が生徒一人一人に自信を与えるが、大半の生徒は大きな勘違いをする。それは、自分には才能があり特別な存在だという事。才能があると思い込み自分を過信した人間は、自身よりも遥かに劣っていると思った人間に嫌悪感を抱き、その人間が自分と同じ場所にいる事を良しとしない。じゃあ、この人達は)
晋二は、転入直前に岸田から話された事を思い出し、心の中で何かを確信した。
「吉村ぁぁ!!! てめぇ、また適当な事を言いやがって!! 」
朝に引き続きマオを馬鹿にされた事で正輝は、声を荒げながら吉村に向かって駆け出す。
「なぁ工藤。お前も、せっかく才能があるんだから。こんな奴といたら、お前の評価まで下がっちまうぜ。もったいねぇだろ? 」
吉村は、正輝を挑発しようと、笑いを含ませた口調で立て続けにマオを侮辱した。
「ふざけんな!! マオは俺の友達だ!! 」
吉村の挑発で正輝の顔は更に怒りの色が強くなり、友達を侮辱された悔しさで奥歯を力一杯に噛み締める。
「ふっ馬鹿なヤツ」
真顔になった吉村が正輝を馬鹿にしたように見下ろす。
「んだと? 」
怒りが頂点に達した正輝は、吉村を下から睨み上げ右拳を力強く握った。
「………」
(すみません岸田司書長。俺もこれには我慢できそうにありません)
吉村と正輝の言い争いを聞いていた晋二は、吉村の酷い暴言に怒りを抑えきれず真顔で一歩前に出た。
マオは下を向いたまま、晋二の右肩を左手で掴み彼の歩みを止めた。
「瑠垣君は、それでいいの?」
晋二は、怒りで少し低くなった声でマオに問い掛ける。
「うん。いつもの事ですから」
散々、心無い悪口を言われたにもかかわらず、落ち着いた表情をしているマオは晋二にそう告げると、今にも殴り合いの喧嘩が始まりそうな正輝と吉村の仲に割って入った。
「ありがと正輝、俺は大丈夫だから」
「マオ? 」
正輝は、納得し切れない様子だったが、マオの落ち着いていてどこか力のある表情を見た瞬間、何も言えなくなってしまった。
「申し訳ないけど、俺達は瑠垣君と工藤君とお昼を食べるよ。それから、君達のその価値観は、すぐに壊されるから。さあ行こう」
晋二は、柔らかい笑みを浮かべマオを馬鹿にした吉村達に向かって、棘のある言い回しをすると、マオ・正輝・ユウキの3人を連れて廊下に出た。
「っ!! 瑠垣が調子のりやがって!! 胸糞悪いぜ!! 」
(クソがぁ!! 何もかも瑠垣のせいだ!! )
吉村は、晋二に言い返された事をマオのせいにして、行き場の無い怒りを近くにあった机を蹴る事で発散させた。