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paradox 受け継がれる可能性  作者: ナカヤ ダイト
進級と転入生 編
49/54

ゴールデンウィークはハワイ旅行 9 告白とエール

「そっそこまで…… 」

 マオと晋二の激闘に決着がつき数秒間の沈黙をした後に、顔に薄っすらと汗をかいた岸田が神妙な面持ちで口を開いた。

 岸田は、今日の再戦に対し晋二が本気で挑む事と、そんな彼とマオの実力が拮抗きっこうするだろうという事は予想出来ていた。

 しかし、マオは戦いの序盤から、その予想を大きく上回る実力を示した。

 昨年からマオを個別に指導してきた岸田にとっては、本来であれば喜ばしい事であったが、たった1年で同い年だが現役の司書である晋二を凌駕りょうがした、マオの異常なまでの成長速度に戸惑いを隠しきれなかった。

「…… マオが勝った? 」

 ユウキは、司書の中でも取り分けナイフの扱いに長けている晋二が、本気を出してもなお勝つ事が出来なかったという、事実が未だに飲み込めない様子で目を丸くしていた。


目一杯めいいっぱい、全力で戦ったんだけどね。うん、やっぱりマオはスゴイよ」

 晋二は、戦いに負けたというのに爽やかな笑みを浮かべマオに右手を差し伸べる。

「ああ、ありがとう」

 自他共に才能が無い事を認めていたマオは、1年間もの厳しい鍛錬を経ても、その思いを拭いきれなかった。

 その中でもがき苦しみながら、やっとの思いで辿り着いた自分だけの戦闘スタイル、それが司書の世界でも通用するという事が分かったマオは、努力が報われたという思いから安心したような笑顔を見せると、晋二の手を取った。


「朝早くからご苦労だった。お前ら、先に朝飯に行ってろ」

 何かを考えていた岸田は、心ここに在らずといった様子でマオ達3人に声を掛ける。

「はい、ありがとうございました」

「岸田司書長、お先に失礼します」

「…… 失礼します」

 マオと晋二とユウキの3人は、岸田に一礼をすると格技場を後にした。


「…… 」

 岸田は、誰もいなくなった場内の静寂の中、考えにふける。

(戦闘中に瞬間創造ソニックが使える点。人間では扱えない使用率を帯びた攻撃を繰り出せる点。この2点で低い圧縮率をカバーしている。しかも、冷静に状況を分析し最善の行動を選択する判断力を持ち合わせ、その上、五木に勝った瑠垣の実力は司書になっても充分にやっていけるレベルだ。今の俺の考えは、瑠垣あいつの成長のさまたげになっているのか? )

 しばらく岸田は、その場を動く事が出来なかった。



 時間はさかのぼり 午前7時00分


「吉村君、おはよう〜! 」

 ピンク色のワンピースに可愛らしいデザインのサンダルを履いた遥は、洋食レストランのバイキングで、見慣れた赤い頭の長身男性を見つけると、元気よく声を掛けた。

「おいっす浦和! あれ、ユウキちゃんはどうしたんだ? 」

 空の食器が乗ったプレートを持ったまま何を食べるかを吟味していた猛は、遥の声が聞こえた後方に体を向けると、いつも一緒にいるユウキがいない事を疑問に思った。

「それがね。朝起きたら、いなくて。今探してるんだ」

 朝食をりにレストランへ入ったのではなく、ユウキを探しに来ていた遥は、朝目が覚めたら、隣の布団で寝ていたはずの彼女がいなかった事を心配した様子で猛に打ち明けた。

「俺もだ、起きたらマオと晋二がいなくてなぁ。でも、なんか用事が出来たから朝飯は一緒に食べれないって手紙が置いてあったから多分、ユウキちゃんも一緒じゃねぇのか? 」

 白色のポロシャツと学校指定ジャージのハーフパンツを穿いている猛は、遥の話と今の状況を照らし合わせて的確な回答を述べた。

「もぉ!! あの3人はいつもそうだよ!! 」

 遥は、不機嫌そうだが可愛らしく、両方のほおをフグのようにプクリと膨らませる。

「まったくだ」

 猛は、遥に合わせるように大きく頷いた。

「色々歩き回ったから、お腹空いちゃったよ。私もご飯食べよ! 」

 そう言って遥は、肌色のプレートを両手に持った。


「そうだ! 吉村君。この後、海岸をお散歩しない? こっちはこっちでハワイを楽しまなくっちゃ!! 」

 ビーチを一望する事が出来る窓際の2人がけのテーブル席に、猛と向かい合うようにして座っていた遥は、食事が終わったタイミングで元気よく提案をした。

「おっおう。いいぜ! 」

 猛は、遥からの突然の誘いに少し緊張した表情で答えた。



 ワンピースの裾が海水で濡れないように両手でスカート部分を持ち上げ、裸足で波打ち際を歩いている遥と、その隣を猛は、いつもよりもゆとりのある歩幅で静かに歩いていた。


「あのさ、浦和」

 浜辺に来てからというもの、ずっと黙ったままだった猛は、おもむろに口を開いた。

「どうしたの? 」

 海に浸かる両足を眺めていた遥は、いつもと変わらない笑みで優しく答える。

「工藤のどこが好きなんだ? 」

 猛は、震える体を押さえつけるように全身に力を入れながら質問をした。

「う〜ん…… 正輝ってさ、昔から寂しがり屋のくせに構い過ぎると拗ねるし、全然素直じゃないし、大っ嫌いだったんだよね」

 答えをはぐらかそうと思った遥だったが、真剣な顔で自分の目を見る猛に、照れたような笑顔を浮かべ話し出す。

「おう」

 猛は、立ち止まり向かい合った遥の顔を見たまま静かに相槌あいづちを打った。

「でもね。正輝は、いつも私を助けてくれるヒーローだったの。小学校の頃、私はクラスの男の子達からいじめられてて、靴を隠されたり、教科書を破られたりね。もう私の心が限界だったそんな時、正輝がたった1人でいじめっ子達に立ち向かってくれたの「コソコソ汚ねぇ奴らだ。俺がまとめて相手してやらぁ!! 」って。この事だけじゃなくて、正輝には、たくさん たくさん助けてもらったの」

 遥は、終始思い出し笑いをしながら懐かしむように話した。

「おう」

 猛は、自分がマオを敵視していた時に唯一、彼の味方として自分達と敵対した正輝の事を身をもって知っており、少し気まずそうに頷いた。


「いつからか私は、この人じゃなきゃダメなんだぁ〜って思うようになってたの。そしたら、知らないうちに好きになってた」

 遥は、顔をワンピースと同じピンク色に染めながら、恥ずかしそうに話した。

「おう。話してくれてありがとな」

(その笑顔だ、その笑顔に俺は)

 猛は、いつも学校で遠目に見てきた遥の笑顔を独り占めしている現実を尊い時間だと、いつまでも続いて欲しいと思っていた。

「最近、ちょっとすれ違ってるけど絶対に大丈夫! だって正輝は昔から、不器用なだけで、いいヤツだもん!! 」

 一瞬、悲しそうな顔を覗かせた遥は、すぐにいつもの笑顔に戻ると、弾むような元気な口調で言い切った。


「俺は、浦和の事が好きだ! 」

 遥の真っ直ぐな気持ちを受け入れた猛は、彼女に今まで自分の心だけに、ずっと秘めてきた想いを口にした。


「えっ? 」

 不意の告白に遥の動きが止まる。

「だけど、もうやめた。俺は浦和を応援する事にした」

 歯を見せて笑った猛は、朝起きて顔を洗い終わった時のように、さっぱりとした表情で話す。

「自分が無理をしてでも浦和は人に笑顔を分け与える。そんな、お前が好きだった。だからよ、今度は浦和が心から笑顔になる番だぜ! 」

 やっと心の底から素直になる事の出来た猛は、自分の思いを恥ずかしむ事なく堂々と口にした。

「グズっうっっっうっうう」

 そんな猛の温かい言葉に、遥の涙腺は耐えられるはずがなかった。

「ごめんね。グズッなんでだろ…… ? 」

 遥は、両手で顔を覆い隠すようにして肩を震わせていた。

「大丈夫! 浦和は、すげぇ優しいから自信持てよ。なぁ! 」

 猛は、遥の頭の上に右手を優しく乗せ、彼女に精一杯のエールを送った。

「うっっグズ。うん、ありがとう」

 遥は、涙で濡れたままの顔で満面の笑みを見せた。

「!? 」

(これだ、この優しさを俺だけに向けて欲しかったんだ。その笑顔を俺だけのモノにしたかった…… けど、もうどうでもいい。俺が好きになった女が幸せになってくれるなら…… クッソ!! 工藤、オメェ世界一の幸せもんだぞ!! 気づけ!! )

 自分では遥の心の隙間を埋める事は出来ない、その事を思い知った猛は、全力をもって彼女の恋を成就させると心に誓った。

 猛は、遥が泣き止むのを待った後、2人はそれぞれの部屋に戻った。

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