ゴールデンウィークはハワイ旅行 7 再戦A
夢図書館ホノルル研修所 2日目 午前5時50分
学校の寮から持参した訓練服へと着替えたマオは、機械仕掛けの分厚いスライドドアを潜った。
その先に広がる格技場は、学校と同じ造りとなっており、壁と天井と床の全てが電気回路の通う、青白いパネルで統一されていた。
既に、場内には司書の制服を着た晋二とユウキ、昨晩寝巻として使用したであろう、浴衣を着用したままの岸田が集まっていた。
「再戦ですか? 」
岸田から晋二と試合をしろと言われたマオは、その意図が分からずに聞き返してしまう。
「そうだ、あの実戦授業の後から五木がうるさくてなぁ」
岸田は、右手小指で耳の穴をほじくりながら面倒臭そうに答えた。
「あの時の勝ち方には納得していません。あれがもし、実戦であれば俺は負けていました」
再戦の機会を与えられ、高ぶる気持ちを隠しきれない様子の晋二は、少し強めの口調で話した。
「先生、試合をするのはいいんですが、ここは学校敷地外ですので、俺は創造出来ませんよ」
学校敷地内のみに限り、創造が可能という制限が付いた生徒手帳を所有するマオは、格技場の内部を見渡しながら疑問を口にする。
「その事を心配する必要はねぇよ。事前に夢図書館本部に瑠垣の学外創造の許可を取り、システム設定も終わっているからな」
システム変更という非常に面倒な手続きを完了した達成感からか、岸田は両腕を組みニヤリと笑った。
「そうなんですね、分かりました」
(もしかして、この為に岸田先生は俺達をここに? )
何故岸田が自分をハワイに招いたのか、その本来の理由がなんとなく分かってきたマオは、上着の袖を七部袖の位置までたくし上げた。
「改めて、ありがとうマオ。俺、あの時は本気じゃなかったから」
マオが臨戦態勢に入った事を確認した晋二は、穏やかな表情から冷たさを帯びた力強い目つきに変わると、両手それぞれに刀身が黒いダガーナイフを創造した。
「両手? なるほど」
(ぶっつけ本番にはなるが、去年からずっと考えてきた、俺にしか出来ない戦闘スタイル。それを試すには、十分すぎる相手だ)
晋二の「あの時は本気じゃなかったから」という発言が、悔しさを紛らわす為や負け惜しみから発せられた言葉でない事を、直感したマオは左手を強く握り締めた。
そして、両者はゆっくりと岸田とユウキの待つ、格技場の中央へと歩みよって行った。
「お前、武器の創造はどうした? 」
相撲の行司のように2人の間に立った岸田は、武器を創造せず丸腰のまま、晋二に挑もうとするマオを見る目を細めた。
「これで、いいです」
マオは、向かい合った晋二から目を離す事なく、目の前の試合に集中しきっている事が伝わる真剣な表情で答える。
「わっわかった。ルールは相手に負けを認めさせる、もしくは俺が判断する。武器は骨折以上の怪我を負わせないものに限る。いいな? 」
16歳とは思えないマオの気迫に若干押されてしまった岸田は、ルールを確認すると両者の顔を交互に見た。
「…… 」
「…… 」
心身ともに準備が整っている2人は、無言のまま頷く。
「じゃあいくぞ、はじめ! 」
岸田の掛け声と同時にマオと晋二は、互いの距離を急激に詰めて行く。
マオが瞬間創造で武器を創造した瞬間それを破壊し、連続攻撃で最速の決着を狙った晋二は、右手のダガーナイフを水平方向に振り出した。
「なッ? 」
(マオが、まだ創造をしない? )
通常なら武器を創造してから攻撃のモーションに入るマオは、何も持っていない手ぶらの左腕を前に突き出し、晋二は彼の意外とも言える行動に違和感を覚えた。
「瞬間創造」
マオが小声で呟くと、突き出した左手に太刀を創造し、晋二のダガーナイフを振り払った。
「!! 」
(くっやっぱりマオの一撃は重いね。あの時は突然の事で対処しきれなかったけど、情報が頭にあればどうにかなる。にしても、少しガッカリだよ)
晋二は、ガラスが割れるような音を立てながら、粉々に砕けていく太刀を何の感情もない目で見つめると、武器を失い隙だらけとなったマオの胴体を目掛け、左手のダガーナイフを振り下ろす。
「バカッ!! 何考えて? 」
(五木との圧縮率の差を考えてねぇのか? 司書の戦闘において武器を失うつぅ事は、死を意味する。まさか、こんなあっさり終わっちまうとはな…… )
敗色濃厚のまま立ち尽くすマオに、晋二が攻撃を繰り出した刹那、岸田はあまりにも呆気ない幕切れに目を伏せようとした。
「!!ッ」
(瞬間創造)
この場にいる誰もが晋二の勝利を確信した瞬間、マオは体を鋭く反転させながら、再び左手を動かした。
次の瞬間、マオの左手に握られていたロングソードが砕ける音と共に、晋二の攻撃は跳ね返された。
「なっなに!? 」
1秒よりも短い一瞬の出来事に晋二は、その現象を理解出来ず脳を冷静に保つ為、マオから距離を取った。
「瑠垣は、戦いながら瞬間創造が使えんのか!? 」
(平常時よりも創造に集中する事が困難な戦闘中は、どうしたって創造スピードが遅くなる。何年も実戦経験を積んでようやく、平常時との誤差が少なくなっていくはずだが、今のは紛れもなく瞬間創造だった)
改めてマオの潜在能力の高さを目の当たりにした岸田は、自分の理解を超える力に目を丸くした。