ゴールデンウィークはハワイ旅行 6
オレンジ色の空の下、腰に白いタオルを巻いた裸の3人の若い男が、とある建物の屋上に立っていた。
「おぉぉ! スゲェ 高級旅館みてぇだ!! 」
目の前に広がる、所々荒々しい面が残った岩肌が特徴的な、源泉掛け流しの豪勢な露天風呂に、猛は感激し大声を出した。
「ほんとだ。ここは研修施設っていうよりは、最早旅館って感じだな。部屋も和室だったし」
晋二の右隣に立つマオは、豪華な施設の造りに感動していた。
「たしかに、何を考えているんだろう夢図書館は」
2人の間に立っている晋二は、冷静に夢図書館の行く末を心配していた。
マオ達3人は、備え付けのシャワーで体と頭を綺麗に洗うと、浴槽に体をゆっくりと浸していく。
「うわ、日焼けいてぇなぁ」
少し熱めの源泉が日焼けした赤い肌に滲みたのか、猛は顔を顰めた。
「たくさん、遊んだからね」
晋二も日焼けが痛むのか、苦笑いをしながら腰をゆっくりと湯船に落としていく。
「ふぅ〜 生き返る」
既に、肩までしっかりと温泉に浸かっていたマオは、タオルを頭の上に乗せ、完璧にリラックスした様子でトロけていた。
『いいなぁ ユウキちゃん、やっぱり細いよぉ』
『…… 遥は、自分で言うほど太ってない』
乾燥した竹で作られた高さ5m の壁の向こう側から、不意に2人の若い女性の話し声が聞こえてくる。
「!? ッ」
(なん…… だっと!? )
ユウキと遥のものと思われる声が聞こえた瞬間、猛の顔が劇画風に凛々しくなった。
(まさか隣が女湯!? いや待て! そんなフィクションのような、お約束展開が都合よく)
猛は、逸る気持ちを必死に抑え、感覚(主に聴覚)を極限まで研ぎ澄ませた。
『ユウキちゃん、肌キレイ!! 』
『やッん はるか、そんな触っちゃ』
『よいではないかぁ よいではないか〜 』
壁の向こうから全身泡まみれのユウキと遥が仲睦まじく、温泉を楽しんでいるであろう声が聞こえる。
「!! 」
(間違いねぇ! 隣は桃源郷だ! しかも、ベタベタに使い古されたやり取りまで披露してくれるとは、何だここは? 夢の国なのか? )
自分の中の願望が確信に変わった猛の顔は、更に凛々しく漢らしくなっていく。
「おい、晋二 マオ」
徐に立ち上がった猛は、低く重みのある声でマオと晋二を背中越しに呼んだ。
「どうしたの? 」
まるで、世紀末を生き残った猛者のような、雰囲気を漂わせる猛に、ただ事ではないと本能で感じ取った晋二は真顔になっていた。
「な〜ぁに〜ぃ? 」
啻ならぬ緊張感を放つ2人とは違い、マオはお湯の中でスライムの様にぐでており間延びした返事をする。
「この隣は女湯だ! だったらやる事は1つ。それは、NOZOKIだ!! 」
猛は、国家の行く末を担う機密作戦を言い渡す上官のような重い表情で話した。
「それは、やめた方がいいよ。遥は分からないけど、ユウキは普段のマイペースな様子からは想像もつかないほど勘が良い。去年の司書の仲間同士で行った旅行でも…… くッ」
猛と同様に劇画風の顔つきになった晋二は、言葉を紡ぐ途中で苦しそうに顔を背けた。
「どうした!? 何があった? 一体、何があったんだ? 」
猛は、漢らしい顔つきのまま、晋二の両肩を掴んで力任せに振った。
「…… 全滅だ」
晋二は、下唇を血が出そうな程、強い力で噛むと悲しそうな表情で結果を告げる。
「ハッ!? 」
猛は、親友が戦場で戦死した事を告げられた兵士のような無念に満ちた顔を見せた。
「女湯には魔物が住んでいる。あまりにも危険だ」
晋二は、彫りが深くなった顔で考え直すように説得をする。
「だが、俺は行く!! 」
しかし猛は、まるで悟りを開いた僧侶のように清々しい顔をしていた。
「何が、君をそこまで? 」
下を向いた晋二は、すれ違う猛の背中に問いかけた。
「お前は見たか? 今日のユウキちゃんと浦和を!! あの機密事項の下の真実を知りたくねぇのか? お前は、それでも司書なのか? 」
猛は、目の前の壁に向かって歩みを止める事なく、聖書に書いてある文章を読むかのように淡々と話した。
「!! ッ 」
戦地へと向かう猛の勇気が晋二の迷いを断ち切った。
「そうだ! 俺は司書だ、こんな所で立ち止まるわけには、いかないよね! 」
目を覚ました晋二は、猛の後を追った。
「その覚悟に敬意を表する。相棒よ! いざ、共に桃源郷へ! 」
晋二の覚悟が伝わった猛は、歩みを止め後ろを向いた。
「ああ、行こう相棒。暗闇の荒野に俺たちの進むべき道を切り開くんだッ!! 」
晋二もまた、世紀末を生き残った猛者の風格を醸し出し、漢という言葉を体現したような顔つきへと変化していく。
そして、2人は硬い握手を交わした。
「…… 」
(どうしよ〜 このバカ2人)
トロけすぎてお湯とほぼ同化してしまったマオは、物凄いスピードで間違った方向へと突き進んで行く2人を眺めていた。
「隊長、作戦は?」
男湯と女湯を遮る壁のすぐ傍まで迫った所で、凛々しい顔の晋二は問いかける。
「まず、学校敷地外でも創造可能な創造免許証を持つ晋二が、高速創造で階段を作るんだ。高さは壁の真ん中ぐらいまででいい。あとは肩車でどうにかなる」
猛は、桃源郷を隠す壁を恨めしそうに指差した。
「なるほど! それなら、夢粉を視覚出来る結晶タイプのユウキも気付かない! さすが隊長! 」
晋二は、意外にも策士だった猛の名案にシビれて憧れた。
「ふっじゃ作戦開始! 」
「イエッサ! 高速創造!! 」
猛の合図と同時に敬礼をした晋二は、高さ2m 半の階段を壁に創造した。
「隊長から、どうぞ! 」
晋二はその場にしゃがみ込み、猛は彼の肩に跨った。
「行くぞ!」
猛は、壁の終わりの延長線上に見える空を指差した。
「はい!! うおッ!? 」
晋二が勢いよく立ち上がり階段を上った瞬間、首にニュルッとした感触が広がった。
「おい、晋二!? どうした? ってうわ〜ぁ!! 」
急にバランスを崩した晋二と、彼に肩車をされていた猛は、階段から滑り落ち石畳に叩きつけられた。
「いてて、晋二テメェ何やってんだ!? 」
猛は、強打した腰を右手で抑えながら不満そうに声を荒げる。
「首がぁッ 首がァァァァァ」
裸で肩車をした事を失念していた晋二は、首を両手で抑えながら悶絶している。
次の瞬間、倒れ込む2人の間にダイヤモンドのような物で出来た、1m 程の長さの細い槍が鈍い音を立てて刺さる。
「ひぃッ!! 」
槍が床に突き刺さってから少し間をおいて、現状を把握した晋二と猛の顔が同時に蒼ざめる。
『ユウキちゃん、どうしたの? 』
シャンプーをしていたのか、状況を全く理解していない様子の遥は、不思議そうに話した。
『…… 次は外さない』
ユウキは、冷たさを帯びた声で話した。
台座に刺された聖剣の如く、石畳に突き刺さっている槍は彼女が創造し投擲した物だった。
「すっすみませんでしたぁぁ」
引きつった顔で晋二と猛は、這いつくばったまま槍から距離を取る。
「あれマオは? 」
誰もいない浴槽を見た晋二は、あたりをキョロキョロと見回す。
「あれ? 本当だ、お〜ぃ マオ!! 」
晋二の一言で猛もマオを探す為に、周囲に目を配った。
「先に出てるぞ」
この騒動の間に浴衣へと着替えたマオは、ガラス越しに2人に声をかけた。
「…… 俺たち何やってんだろ」
「…… そうだね」
床に空いた穴を眺めながら猛がしみじみと呟くと、晋二も悲しそうに答えた。
23時00分 マオは、飲み物を買う為に、3階の自動販売機コーナーへとやって来ていた。
「たくッ、あの馬鹿ども出来たばっかの施設に穴開けやがって」
自動販売機の前には既に先客が来ており、不機嫌そうに独り言を話していた。
「岸田先生、こんばんは」
自動販売機で買ったであろう缶ビールを片手に持った岸田と、偶然鉢合わせになったマオは、同じ柄の浴衣を着た彼に一礼し挨拶をする。
「おぉ瑠垣じゃねぇか、押せ 押せ」
マオの顔を見て機嫌が良くなった岸田は、ジュース専用の自動販売機に創造免許証をタッチさせた。
「すみません、いただきます」
マオは、購入可能の状態となった自動販売機のボタンを押し、取り出し口からスポーツ飲料のペットボトルを掴み上げた。
「あいつらには、本当に困ったもんだ」
そう言った岸田は、プルタブを開け喉を鳴らしながらビールを1口飲む。
「あはは」
事情を知っており何も言えないマオは、乾いた笑いで答える。
露天風呂に開いた穴と、覗きを企てた事がバレた晋二と猛は、ついさっきまで岸田にこっ酷く怒られていた。
「明日の朝6時丁度。施設2階の格技場に来い」
空になった缶をゴミ箱に捨てた岸田は、教師モードの真面目な表情で話した。
「はい」
岸田に釣られて顔つきが引き締まったマオは、少し緊張した様子で答える。