ゴールデンウィークはハワイ旅行 5
4月18日 土曜日 午後7時40分
「おい! この鈍感主人公! この子は、君の事が前々から好きなんだって! 君も好きなら早く告白しろよ! そうすればラストの結末は」
青色のパジャマに身を包み、自室のベットに座りながら漫画を読んでいた晋二は、何の予定も無い休日の夜を満喫していた。
「ん? マオかな? 」
突然、部屋の扉をノックする音が聞こえてくると、晋二は読んでいた漫画をベットの上に置きながら立ち上がり客人を出迎える。
「…… こんばんは、五木」
晋二の予想に反し扉の向こうには、休日であるにもかかわらずセーラー服を着たユウキが無表情で立っていた。
「えっユウキ!? 何で男子寮に? しかも制服? 」
非常にツッコミ所が多いユウキの訪問に晋二は、目を白黒させて戸惑っていた。
「…… これを書いた」
慌てる晋二を余所目にユウキは、彼の目の前に1枚の書類を差し出した。
「通行許可証? 」
晋二は、ユウキが右手で持っているA4サイズの用紙を上からゆっくりと読んでいく。
「…… そう、異性の寮に入る時は寮監にこれを提出して、理由が適切であると認められれば通行が許可される」
ユウキは、今自分がここにいる理由を簡単かつ的確に一定のトーンで説明をした。
「なるほどね。それで、何か分からない事があるのかい? 」
晋二は、通行理由に『学校で分からなかった事を教えてもらう為』と記入されている、通行許可証の全文を読み終えると納得した様子で会話を続けた。
「…… 私に恋を教えて欲しい」
ユウキは、晋二のその一言を待ち構えていたかのように即答をした。
「はっ?」
晋二は、予想だにしない質問内容に思考が完全停止してしまう。
「ごめん、なんだって? 」
3秒程で石化の呪いから解放された晋二は、自分の聴覚に自信が持てずユウキに聞き返した。
「…… 私に恋を教えて欲しい」
ユウキは、巻き戻し再生されたかのように、先程と全く同じ口調と表情で答える。
「…… あの、なにがあったのユウキさん」
自分の耳に何の異常もない事を確認した晋二は、ユウキに一体どんな心境の変化があったのか、理解が出来ずカタコトで質問をする。
「…… 昨日、クラスの女子生徒が誰々に告白した、とか。誰々が好き、とか。話していた…… その意味が分からないからネットや学校の図書室で調べたけど、情報が多すぎてよく分からなかった…… だから聞きにきた」
昨日から1日掛けて調べても納得いく答えが得られなかったのか、ユウキは少し困ったような顔をして更に問いかける。
「それで、制服だったんだね。うぅ〜ん 俺に聞かれてもな」
ユウキの服装から今日1日中、学校の図書室に篭っていた事が見て取れた晋二は、何とかして答えてあげたいと思ったが、恋愛経験が無いのはもちろん、友達でさえ最近出来たばかりの彼は回答に詰まっていた。
「…… 」
ユウキは、首を傾げて長考する晋二をまじまじと見つめる。
「あっ! そうだ! 」
何かを閃めいた晋二は、そう言って部屋の奥へ向かい、何かを紙袋に入れて戻ってきた。
「これ読んだら分かるよ」
晋二は、某洋服店の紙袋を自信満々の笑顔でユウキの前に掲げた。
「…… 本? 」
ずっしりと重い紙袋を手渡されたユウキは、口から微かに見える情報を頼りに中身を当てようとする。
「ふふ、これは恋愛の教科書。その名も恋愛漫画!! 極道の家に生まれた高校生の主人公は、公務員を目指しながら、10年前に結婚を約束した女の子を探す物語だよ」
晋二は、両目を輝かせながら紙袋の中の宝物の事を説明した。
「……教科書? 」
ユウキは、可愛らしく小首を傾げながら話す。
「そうだよ! それを読めば恋愛の事は大抵分かるから」
晋二は、清々しい笑顔でグッドサインをユウキに贈る。
「…… なるほど」
ユウキは、晋二の口ぶりから、今自分の手の中にある白色の紙袋の中に、歴史的に重要な書物が入っているのだろうと思い、珍しく緊張した様子で頷いた。
「…… ありがとう五木」
微かに口角を上げてお礼を言ったユウキは、美術品を守るSPのように御大層に紙袋を両手で抱え込んだ。
「また、感想聞かせてね」
晋二は、自分の部屋から遠ざかるユウキの背中に呑気に右手を振りながら見送った。
「あぁーー 」
晋二の必死な弁明を最後まで聞いたマオは、ジト目で彼の顔を眺めた。
「恋愛漫画が教科書って…… 」
猛は、完全に引いてしまい晋二から距離を取る。
ついさっきまで、あんなにも取り乱していた猛ですら我に返り、冷静な判断を下せる程、彼の弁明内容は酷いものだった。
「そっそれで、ユウキは何で遥にそんな事を言ったのかな? 」
晋二は、退路すら見当たらないこの場の空気に耐えきれずユウキに話を振った。
「…… 」
(逃げたな)
マオと猛の心の声がシンクロする。
「…… 漫画に出てくる女の子は、好きな人の前だと顔が赤くなる。声のトーンが上がるなどの特徴がある…… 遥は、マオや晋二と話している時は同じだけど、工藤君と話す、または工藤君の話題になる時は、これらの特徴が出ている」
ユウキは、まるで研究結果を発表する学者のように言葉を述べた。
「でも、それだけの材料で判断するには」
晋二は、自分にも責任があると自覚しており、ユウキの軽はずみな言動を注意しようとした。
「…… だから事実確認をする為に聞いた…… それで遥は工藤君をどう思ってるの? 」
悪意は無く純粋な好奇心だけで話すユウキは、正面にいる遥の方へ向き直った。
「 から き」
ユウキの質問に対し、先程から顔を真っ赤にして俯いていた遥は、彼女の追求を逃れる事は不可能と判断し、覚悟を決めたように、掠れるように小さな声で口を開く。
「…… からき? 」
よく聞き取れなかったユウキは、聞こえた言葉を復唱し首を傾げる。
「ふーぅ 中学の頃から好きぃぃ!!! 」
深呼吸をした遥は、今度は吹っ切れたようにハッキリと言った。
「うん知ってた」
マオは、真顔で平然と頷く。
「まーぁ…… 」
気まずそうに遥から視線を逸らして猛は、どこか歯切れの悪そうな返答をする。
「俺も、なんとなく」
晋二は、申し訳なさそうに話した。
「ええ! みんな知ってたの? 」
遥は、自分の身を切るようなあの覚悟はなんだったのかとショックを受け絶叫した。
「多分、知らないのは正輝ぐらいだと思う」
マオは、もうこの際だからと現実的な情報を遥に告げた。
「もおおお! それなら隠す必要なかったじゃない」
遥は、少し怒ったようでいて、どこか安心した様子で答える。
「…… 告白はしたの? 」
スイーツ以外の話題であるにもかかわらず、珍しく会話に積極的な参加をするユウキは、追求の手を緩めなかった。
「まだまだ、そんなの正輝は私の事なんて…… 」
ユウキの問いに遥の顔は、茹でタコのように真っ赤になってしまい、脳は沸騰寸前だった。
「…… 工藤君も遥の事が好きだとっ?! 」
「わーぁ! わーぁ!!」
ユウキが全てを言い終わる前に晋二が電光石火の速さで、彼女の口を手で覆い隠し言葉の暴走を阻止した。
「晋二、今のユウキを遥から遠ざけろ! そうだ、スイカ割りだ!」
マオは、慌ててリアカーから西瓜とビニールシートと木製バットを下ろした。
「えっ? 」
(今のって)
遥は、ユウキの言葉の意味を考えてしまい、呆然と立ち尽くした。
「…… 」
(そうか、やっぱり浦和は工藤の事を…… そうか)
何故か、会話が全く頭に入ってこない様子の猛は、自分の足下を見ていた。
夕焼けが海に吸い込まれる時刻まで遊んだマオ達は、後片付けをすると研修所3階の露天風呂に向かった。