ゴールデンウィークはハワイ旅行 3
6人を乗せたバン型の自動車は、15分ほど海岸沿いを走行すると、まるで受けた太陽の光を全て、大気圏外へ押し返すかのような白さの砂浜が見えてきた。
「うわぁぁ!! すごい すごい すごい!! 」
実にハワイらしい景色が車内の窓から見えてきた事によって、遥のボルテージは最高潮に達しようとしていた。
「マオ、お前ってやつは!! お前ってやつは!! 誘ってくれて、本当ォォに、ありがとなぁ!! 」
右隣に座るマオに抱きついた猛は、高ぶる感情を抑えきれず感謝の意を表していた。
「あはは」
マオは、猛の少々オーバーなリアクションに乾いた笑いを浮かべる。
「今、左手に見えるのが夢図書館専用のプライベートビーチです。そして、前方に見える建物が研修施設です。簡単に施設内の事を話したいと思います。3建のホノルル研修所の1階には、15部屋の会議室と室内プール、和洋中それぞれのレストラン。2階は主にトレーニング施設となっており、フィットネススタジオ、格技場、測定室および研究室があります。最後に3階ですが、宿泊部屋と露天風呂があります」
目的地が目と鼻の距離まで迫った所で、自動車を運転していたダークスーツの女性が業務的な口調で周辺情報を説明した。
「ええ!? これが全部、夢図書館のプライベートビーチ!? 」
一目では追いきれない広大な面積の砂浜が、全て夢図書館の所有物だと聞いた遥は、目を皿のようにして車の窓から外を覗き込んでいた。
「露天風呂があるのか! 」
風呂好きのマオは、露天風呂というワードに興味を唆られていた。
間も無くして、マオ達を乗せた自動車は研修所の入り口付近に停車された。
そして、岸田を先頭に5人は研修施設内へ入って行った。
施設内は、純和風な造りとなっており、まるで高級旅館のフロントのような風景が広がっていた。
「よぉ〜し こっからは自由行動だ。部屋割りは、1号室が男で2号室が女だ。俺は、4号室にいるから何かあったら来いよ。じゃあ解散!! 」
言う事だけ一方的に話した岸田は終業式を終え、これから夏休みを迎える小学生のような軽い足取りで、右端にあるエレベーターに乗って行ってしまった。
「えーっと…… どうしよう? 」
マオは、目的地に到着した途端、引率者が居なくなってしまった事に若干戸惑っていた。
「どうするかって? そんなの、決まってるじゃん!! 」
両手を腰に当て胸を思い切り張った遥は、自信満々に言い放つ。
「う〜み〜だ〜〜〜ぁ!!!! 」
小麦粉のようにサラサラな白い砂を踏みしめる、適度に日焼けをした健康的な足、眩い太陽にも負けないオレンジ色のビキニと最高の笑顔。
遥は、勢いよく砂浜に駆け出した。
部屋に荷物を置いたマオ達は、遥の提案通りプライベートビーチへやって来ていた。
「…… 遥…… 待って」
ハワイの砂浜よりも白い素肌と対照的な黒色のビキニ、服の上からでも分かりきっていた事だが、余分な贅肉が全く付いていないスレンダーなボディラインのユウキは、必死に遥の後を追いかけていた。
「うっっうっっうう」
目の前で戯れる水着姿の美少女2人を見る猛は、戦地へ赴き2度と顔を見れないと思っていた、父親が帰って来た事実を知った時の子供のように、涙を流していた。
「猛、どうしたんだ? 」
突然、泣きはじめた緑色のサーフパンツ姿の猛に、青色の海水パンツを穿いたマオは、何が起こったのかが分からず問いかける。
「俺、俺、今ほど生きてて良かったと思った事はないぜぇ。あの相川 ユウキの水着姿が生で見れるなんて!! しかも、見ろよ浦和の水着、色々スゲェぞ!! 」
まるで、人生のピークに達した瞬間を実感した様子の猛は、完全に鼻の下を伸ばし男子高校生らしい顔つきになっていた。
モデル業もこなすユウキの水着姿は、年頃の男の子にとっては憧れの的だった。
遥は、小柄ながら非常に女性らしい体つきであり、ビキニのトップスが声にならない悲鳴を上げていた。
「たっ猛…… お前」
(でも、たしかにユウキ綺麗だよな)
欲望むき出しの眼差しでユウキと遥を追い続ける猛に、マオは少し引いた様子でジト目になっていたが、内心ではユウキのビキニ姿を凝視したいという欲望に駆られていた。
「ところで、晋二のヤツは何やってんだ? 」
猛は、ユウキと遥の水着にやっと目が慣れたのか、落ち着きを取り戻した様子でマオに問いかける。
「さあ? ちょっと遅れるとしか言ってなかったからな」
マオは、両手を顔の高さまで挙げ、分からないとジェスチャーをする。
「お待たせ〜ぇ! 」
すると、後方から晋二のものと思われる声が聞こえ、マオと猛はその方向に振り返り、地平線の先へ視線を向けた。
「おーい! 遅せぇぞ。なにやって…… 」
晋二に向かって右手を頭上で大きく振っていた猛の顔が一瞬にして凍りついた。
「ごめん! これ用意してたら意外と時間掛かっちゃって」
黄緑色のサーフパンツ姿の晋二が、溢れんばかりの荷物が乗ったリアカーを引きずりながら歩み寄って来る。
車輪が砂地にとられ、亀が歩く程の速度でしか進めないリアカーには、ビーチパラソル・西瓜・BBQセット・各種遊び道具が乗っていた。
「…… 凄いな」
晋二がやっとの思いで運んで来たリアカーを見たマオが、その荷物の多さに驚き唖然としていた。
「でしょ! これが俺の秘策、ハワイ満喫セットだよ!! 」
全身に汗をびっしょりとかいた晋二は、グッドサインを右手でつくると達成感に満ちた良い笑顔で話した。
「お前これ、どうやって持って来たんだよ? あのバックじゃ全然はいんねぇだろ」
晋二が日本から持参したスーツケースの中には、到底入りきる事は出来ないであろう、ハワイ満喫セットを目の当たりにした猛が、率直な疑問を投げかける。
「ふっふっふーぅ 甘いね君達! 俺は、今日の予定が決まってから、ネットでこのセットを注文して届け先をココにしたんだ。輝く青春の為に抜かりはないよ! 」
晋二は、友達と一緒に行くハワイ旅行を相当楽しみにしていたのか、胸を張って自慢げに答える。
「炭と食べ物だけここで買って、あとは創造すればよかったんじゃない? 晋二なら、これぐらいの物は創造出来ると思うけど」
リアカーの上に山積みになった、ハワイ満喫セットを冷静に見渡したマオは、非常に現実的な言葉を晋二に浴びせた。
「あっ…… たしかに………… 」
マオに言われるまで完全に盲点だったのか、晋二の精神時間は完璧に停止した。
「あっはははは、面白しれ〜ぇ! 腹いて〜ぇ!! 」
猛は、呼吸や瞬きすら止まり色彩がモノクロと化した晋二を見ると、腹部を両腕で抱えて大笑いした。
「わぁぁ!! 何これ? すごい!! 」
波打ち際でユウキと遊んでいた遥が、マオ達の近くまで戻って来るとリアカーを指差しながら興味津津と話した。
「…… スイカ♪ 」
甘いものに目がないユウキは無表情のまま、西瓜をリアカーを両手で持ち上げると、高々と頭上に掲げた。
「あれ? 晋二君が、ものすごく面白い顔しているんだけど、どうしたの? 」
遥は、完全に白黒の世界へと旅立ってしまい、立ち尽くす晋二の顔の前で右手を小さく振る。
「…… なんでもないよ。俺が浮かれすぎてたのがいけないんだ」
遥の問い掛けに微かに反応を見せた晋二は、負のオーラに満ちた声で答える。
「ん?? マオくん、どういうこと? 」
現在進行系で状況が全く分からない遥は、助け舟を求めるようにマオに話しかけた。
「それがな」
マオは、ありのまま今 起こった出来事を遥に話した。
「あ〜 なるほどね! それなら、私に任せて!」
遥は、晋二の現状を打破する手段を思いついたのか、マオに意味深なウィンクをする。
「あっ!! そうだ! 時計もお昼を回ったし、晋二君が持ってくれたBBQセットでお肉とか焼こうよ! 」
遥は、晋二の顔色を見ながら少々わざとらしい演技を交え大げさに話し出す。
「いいね! 晋二が持って来てくれたから、すぐに準備が出来るし助かるわぁ!! 」
遥の意図を察したマオは、彼女を真似して大げさに言葉を返す。
「そうかな? 」
象のように耳を大きくして2人の会話を聞いていた晋二は、口を開いた。
「そうだよ! 晋二君はみんなに負担を掛けないように、わざわざ注文してくれたんだよね! 」
遥は、このチャンスを逃すまいと晋二の正面まで移動し最強の笑顔で話した。
「うん、実はそうなんだよ! 移動や遊びで疲れちゃうといけないなって思って」
遥に乗せられた晋二は、頭を右手で掻きながら、得意げに話した。
「お前って、意外と単じゅっっ ごっふッ」
思わず口を滑らしそうになった猛は、遥の右肘によって鳩尾にエルボーを入れられる。
「よし! みんなでBBQの準備をしよう! ユウキ、後でスイカ割りするから置いといてね! 」
先程の落胆から、うって変わりハイテンションの晋二は、張り切ってBBQセットを組み立てる。
「…… うん 」
ずっとスイカを大切そうに抱えていたユウキは、渋々といった様子でスイカを元の位置に戻した。