ユウキの目 1
4月7日 火曜日 放課後
マオと晋二とユウキは、学校の制服のまま岸田の部屋に来ていた。
「進級やら転入やらで慌ただしかったと思うが、そろそろ落ち着いてきただろう。今日から瑠垣の強化訓練を再開させる。んで、今から瑠垣の創造を徹底的に調べるぞ」
シワくちゃなワイシャツとグレーのスラックス、いつも通りの服装の岸田が、1人掛けの黒革ソファーに座ったまま口を開く。
「調べると言いますと? 」
岸田の正面にマオ、晋二、ユウキの順で3人が横1列で並んでおり。
真ん中に立っていた晋二が、岸田の言葉の意図が分からず質問をする。
「相川の目を使う」
岸田は、その質問を待っていたかのようにニヤリと笑い両脚を組んだ。
「なるほど、そうですね。機械じゃ見れませんしね」
簡単な説明だったにもかかわらず要領を得た晋二は、納得したように小刻みに首を縦に振った。
「…… 」
ユウキも話の内容が理解出来たらしくコクリと頷いていた。
「その、目って何ですか? 」
3人の会話に置いてけぼりを食らうマオは、恥を忍んで疑問を投げかけた。
「ああ、そうか。瑠垣は知らなくて当然だよな…… そうだなぁ。なぜ、結晶タイプの人間が具現タイプの人間に比べ、極端に数が少ないか知っているか? 」
岸田は、マオの質問を受け、顎に右手を当て少し考えてから、授業の時のように問題を出した。
「…… 分かりません」
疑問文を疑問文で返されたマオは、岸田の意図を理解する事が出来なかったが、この問題に何かしらの意味があると思い、正直に答える事にした。
「これを説明するには、具現タイプと結晶タイプの相違点について、話す必要がある。2つのタイプの相違点。それは、もちろん創造にも現れるが、1番の違いは目だ。結晶タイプの人間は、空気中の夢粉がある程度の濃度になると視覚する事が出来る。その見え方で、敵の圧縮率をおおよそで割り出したり、何を創造するか予測する事が可能だ。これは残念ながら、現在の技術をもってしても映像化が出来ない。だから俺達、具現タイプの人間には、夢粉の創造による集合圧縮を視覚する手段が存在しねぇ。そこで、結晶タイプの相川の目を使えば、お前の創造をより詳しく調べる事が出来るって事だ」
わざと遠回しに問題形式にする事で、マオの理解度を格段に高めた岸田は、両腕を組みながら懇切丁寧に説明をした。
「知らなかったです」
新たな知識を得たマオは、目から鱗といった様子で両目を見開いた。
「結晶タイプってのは、まだまだ解明されてねぇ事が多いし情報も少ない。それに扱える人間は、世界中探しても25人しかいねぇからなぁ。知らなくて当然だ」
自分の説明に満足したのか岸田は、含みのある笑いをすると、優しくマオをフォローした。
「っで、相川。瑠垣の瞬間創造は、見えるか? 」
岸田は、ソファーに座ったままマオからユウキに目線を移した。
「…… 速すぎて見えません」
岸田の問いにユウキは、いつも通りの無表情で簡潔に答える。
「まぁ、そうだよなぁ。だから瑠垣、今日はスピードを変えて、かなりの数を創造する事になる。覚悟しろよ」
岸田は、再びマオを見ると悪戯小僧のようにニヤリと笑う。
「がっ頑張ります」
岸田の口から具体的な数字が出なかった事に、若干の恐怖を感じたマオの顔が引きつる。
「あのぉ。俺は、何をすればいいですか? 」
今日の強化訓練で、何の役割も言い渡されなかった晋二が、岸田に恐る恐る質問をする。
「あぁ そうだな。今日のお前やる事ねぇし、この部屋の掃除だ」
岸田は、晋二のその一言を予測していたかのように、意地悪そうに口角を上げると無慈悲な一言を発した。
「えぇぇぇ!? 」
岸田が放ったまさかの言葉に晋二は、思わず絶叫してしまう。
「ガンバレヨ」
岸田は、ソファーから立ち上がり、晋二の正面へ移動すると、彼の右肩に自分の左手を乗せた。
そして、なんとも言えない威圧感を放つ目を晋二に向ける。
「りょっ了解しましたーーーぁ!! 」
晋二は、まるで蛇に睨まれたカエルのように冷や汗を顔中に浮かべると、雑巾とバケツを持って、元気よく掃除をはじめた。
「じゃあ、30秒から1秒ずつ時間を減らして創造しろ。正確さを出す為に、創造する物質は統一しろよ」
白いマグカップにインスタントコーヒーを淹れた岸田は、再びソファーに座った。
「はい。分かりました」
静かに返事をしたマオは、学生服の袖を七部袖の高さまでたくし上げると、左手を前へ突き出した。
「相川、しっかり見てろ」
岸田は、隣のソファーに座り、紅茶とクッキーに夢中になっていたユウキに声を掛ける。
「…… 了解しました」
ユウキは、青いティーカップと食べかけのクッキーをテーブルの上に置いた。
そして、斜め左前方向に立っているマオに全神経を集中させる。
マオは、30秒間ゆっくりと時間を掛け、刃渡り90cm の銀色に輝くロングソードを創造した。
「じぃーーーぃ」
ユウキは、創造が終わっても尚、マオの事を凝視していた。
「えっと。そんなに見られると」
無表情とはいえ、非の打ち所がない容姿の同い年の女の子に見詰められ続けた事で、訓練とは別の緊張感に襲われたマオは、赤くなった頰を隠すように横を向いた。
「どうだ、相川? 」
そんなマオを、岸田は御構い無しといった様子でユウキに結果を聞く。
「…… 授業中から気になっていましたが…… マオの創造は、夢粉の集合が起こっていません」
少し困ったような顔をしたユウキは、冷静に口を開いた。
「はぁ?」
岸田は、ユウキの言葉が予想だにしないモノだったのか、間抜けな返事をする。
「…… 通常は創造すると…… 夢粉がイメージしたモノの形に集合して、物質化していきます…… マオのは急に物質が出現します」
普段から口数が極端に少ないユウキは、一生懸命に口を動かし補足説明をする。
「急に物質が出現する? 」
ユウキの補足情報を聞いて、更に疑問が深まった岸田は眉を顰める。
「…… そうです」
自分の目で見たままの事を伝えたユウキは、小さく頷く。
「じゃあ、続けるか。次は29秒」
理解が追いつかない岸田は、難しそうな表情をする。