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paradox 受け継がれる可能性  作者: ナカヤ ダイト
進級と転入生 編
36/54

35年もののウイスキー

 この夢図書館高等専門学校において、最もぜいを極めた部屋。

 それは、校長室でも応接室でもない。

 本館1階の地下にある、岸田専用トレーニングルーム 通称 岸田の部屋である。

 その部屋の中、白色の大理石のテーブルを挟み、向かい合うようにして置かれた黒革ソファーに座った岸田と砂田の2人。

 テーブルの上にはウイスキーのボトルと、アイスペールに山積みになった丸く削られた氷が置いてあった。



「それで、私に見てもらいたい物とはなんですか? 」

 琥珀色の液体と、ボールアイスの入ったウイスキーグラスを持った砂田が、低いトーンの棒読みで話題を切り出す。

「これだ」

 グラスを持ち、ほんのり顔が赤くなった岸田は、ノートパソコンを砂田に見せるようにテーブルの上に置いた。


「これは、素晴らしいですね。片手とはいえ、あの五木君をここまで圧倒するとは。なるほど、これはその祝杯という事ですか」

 画面には、今日の実戦授業で激戦を繰り広げたマオと晋二の姿が映し出され、砂田は珍しく驚いたような顔をした。

 そして、ノートパソコンの横に置かれている、黒いラベルに金色の文字で35年と書かれた、ウイスキーボトルを横目にやる。

「まぁそんなところだ。それにしても、相変わらず白々しいヤツだなぁ。瑠垣は俺とお前に去年の10月時点で、2年への飛び級を認めさせた男じゃねぇか」

 自分と同じ年のウイスキーをあおった岸田は、両足を組んで含みのある笑いをする。

「そうでしたね。ですが、本人が友達と一緒に2年生になりたいと言い出し、11月からの飛び級を見送りましたが」

 砂田は、グラスを持っていない左手をあごに当て、興味深そうに画面を覗き込む。

 酒が入り上機嫌な岸田に対し、砂田は顔色も変わらず、酔っているのかいないのか分からない様子だった。


「ん? これは…… 」

 砂田は、動画の終盤マオの攻撃を受け、吹き飛ばされた晋二を見ると目を細めた。

「気になるか? 」

 砂田の反応が期待通りだったのか、岸田はニヤリと笑った。

「五木君は、たしかにバランスを崩していましたが、これは明らかに不自然な転び方ですね」

 動画を見終え、ウイスキーを一口飲んだ砂田は、冷静に言葉をまとめる。

「お前もそう思うか」

 グラスをテーブルの上に置いた岸田は、前のめりになり砂田の顔を見る。

「少しパソコンを貸してもらえませんか? 」

 そう言った砂田は、空になったグラスにウイスキーを注いだ。

「別に構わんが、何すんだ? 」

 岸田は、砂田がキーボードを叩くノートパソコンの画面を覗き込む。


「瑠垣君の使用率を計算します」

 凄まじいスピードで、タイピングをする砂田は、淡々と答える。


「何言ってんだ? 瑠垣は人間だぞ」

(やっぱ、そこに目を付けるか)

 砂田は人間であるマオに、ランクAの夢獣ピエロが、固有にもつ特殊な力を表す、使用率がないかどうかを調べると言い出した。

 何を馬鹿な事を言っているのだろうと、笑いながら話した岸田だったが、心の中で感じていた疑惑が次第に大きくなっていく。

「研究者というのは仮説を立てると、それをとことん調べたくなる性分でしてね」

 キーボードを叩く砂田は、クリスマスの朝、プレゼントの入った箱を目の前にした子供のように口角を上げた。

「お前のそういうところ、学生の時から全く変わってねぇな」

 岸田は、どこか懐かしむように、それでいてどこか嬉しそうに話す。

「それを言うのでしたら、君の口の悪さと、不器用さもですがね」

 鼻で笑った砂田は、負けじと棒読みで言い返す。

「うっせぇ」

 砂田の反撃に思わず笑ってしまった岸田は、再びウイスキーをあおった。


「…… ッ」

(これは)

 5分ほどノートパソコンを操作したところで、砂田の手が止まった。

「ん? なんかあったのか? 」

 2杯目のウイスキーをグラスに注ぎながら岸田は、問い掛ける。

「使用率の計算が終わりましたよ」

 砂田は、ノートパソコンを岸田に見せようと持ち上げた。

「どうせゼロだろ」

 ソファーに座り直した岸田は、軽い口調で話すと画面に目を向ける。


「私もにわかには信じられませんが、15%でした」

 計算結果に興奮したのか、砂田の声のトーンがわずかに上がっていた。

「なに? 15%だと!? お前、酔いが回ってるだろ!! 」

 人間が持ち合わせるはずのない力である使用率がマオにある。

 何かの間違いであってほしい、そう思っていた岸田の嫌な予感が的中し、酒の勢もあってか声を荒げた。

「私はそこまで酔っていませんよ。たとえ酔っていたとしても、この程度の計算をミスするなんて事はしません」

 砂田は、やれやれといった様子でため息混じりに答える。

「なんでだ? 」

 ソファーに深く座った岸田は、真面目な顔つきになった。

「それは分かりません。でもたしか、瑠垣君は瞬間創造ソニック。もとい、君と同じ特殊創造スキルを有する人間でしたね」

 お手上げといった様子で両手を小さく挙げた砂田は、再びグラスを片手に持った。

「ああ」

 岸田は、自分の膝を見るようにして下を向く。

「だとしても、これは異質すぎる気がします。もしかすると、彼は五島君のように夢粉ゆめに対しての、特異体質なのかもしれません」

 片手でマウスを操作した砂田は、動画を巻き戻し再びマオと晋二の試合を見始める。

「あぁ」

 返事をした岸田だったが、声が小さくなり反応が悪くなる。

「あくまで私の主観ですが。もし、彼が戦闘中に瞬間創造ソニックを使う事が可能だとしたら、本気を出した五木君にも勝てると思いますがね」

 砂田は、左手中指でメガネの位置を正すとウイスキーを口に含む。

「ぁぁ」

 岸田は、掠れた声で反応する。

「夢図書館にいつまでも瑠垣 マオという存在を、隠し続ける事は不可能だと思いますよ。彼が研究者達のオモチャにされないようにしたい気持ちも分かりますが、私は今年1年が限界のような気がします」

 砂田は、右手をあごにあてがい、神妙な顔で話しを続ける。

「…… ぁぁ」

 岸田は、ワンテンポ遅れて気の無い返事をした。

「ん? 岸田? 」

 岸田の異変に気付いた砂田は、目の前のソファーに目を向ける。

 その先には、一定の呼吸リズムを保ったまま寝ている岸田の姿があった。


「…… 」

(アルコールに弱いのに、強い酒を飲むからですよ。昔から理解に苦しみますね。この男は)

 砂田は、岸田に毛布を掛けると再度パソコンの画面を見る。


「…… 」

(理論上では圧縮率が50%以上あれば、武装したランクAと単独で互角に戦える計算になりますね。やはり彼は)

 砂田は、残っているウイスキーを飲み干した。

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