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paradox 受け継がれる可能性  作者: ナカヤ ダイト
進級と転入生 編
35/54

マオの才能 4

「…… 」

(俺は、瑠垣が同級生から良く思われていない事も、酷い扱いを受けていた事も知っていたが、瑠垣あいつの精神面も鍛える為に、あえてそれをとがめたりはしなかった。今、あいつが放っている輝きは、1年間もの間どんなに見下され続けても、死にものぐるいで努力した奴にしか出せないモノだ。あいつの事を知ろうともせず、ののしってきた奴らには、到底直視する事の出来ない輝きを、今の瑠垣 マオは放っている)

 岸田は、晋二と激しい戦闘を繰り広げるマオを、まるで成長した愛弟子の晴れ舞台を見る師匠のような感情で見守っていた。


「くッ」

(さすがに、こうも攻撃が当たらないと。そろそろ腕が限界)

 連戦に次ぐ連戦で、晋二の体には確実に披露が溜まっていた。

 その上、40回以上にも及ぶ攻撃をマオにかわされ続けた事によって、晋二の右腕の感覚が鈍くなっていた。

「…… 」

(これで決める)

 このままではジリ貧になると思った晋二は、後方に飛びマオから距離を取ると、両膝を深く曲げ、思い切り格技場の床をった。

「…… 」

(決着を焦ったな、晋二)

 正面から猛スピードで突進して来る、晋二の軌道を冷静に見極めたマオは、右方向へ飛んだ。

「!? 」

(しまった…… )

 渾身の力を振り絞り、突き出したダガーナイフがむなしく空を切る。

 そして、今まで下ろしていた木刀を振り抜こうと、低い体勢で構えたマオが横目に入り、晋二の顔が蒼ざめる。

「…… 」

 マオは、がら空きになった晋二の胴体を狙い、左腕を水平に動かす。

「ッ!! 」

 紙一重で反応した晋二は、マオの攻撃を避けようと、左肩を天井へ向けるようにして体を反転させた。

「手刀!? 」

 マオが真横に振り抜いた左腕から逃れた晋二は、その刹那、ついさっきまで握られていたはずの木刀が無い事に気付く。


「ッ…… 」

(ここだ! )

 マオは、背後で右手に持ち替えていた木刀を下から振り上げる。

「させるかぁ!! 」

 バランスを完全に崩していた晋二だったが、何とかマオの動きに反応し、両手に握り直したダガーナイフで木刀を受けた。


「があぁぁッ!! 」

 食器が割れるような甲高い音と共に、マオの木刀は粉々に砕けちり、空中で受け身の取れない体勢だった晋二は、後方に3m ほど不自然に吹き飛ばされた。


「…… あっ… あぁぁ」

 マオと晋二の授業とは思えない程、鬼気迫る壮絶な戦闘が決着を迎えると、それを見ていた生徒達は、口を開けたまま声にならない声を出していた。


「はい、瑠垣の負け〜ぇ」

 岸田は、急いで何かを隠すように試合の結果を告げる。


「えっ? 」

 数人の生徒が、岸田の言葉に疑問をもち、疑惑に満ちた表情で彼の顔を見た。

 武器を持ったまま地面に横たわる晋二と、武器は破壊されたものの、両足でしっかりと立っているマオの姿。

 誰が見ても勝者は明白だった。


「やっぱ、勝てなかった。ありがとう、晋二」

 やっと上半身を起こした晋二に駆け寄ったマオは、彼に左手を差し伸べる。

「あっああ、ありがとう」

(最後の一撃、ものすごい衝撃だった。たしか、マオの圧縮率は17% だったはず。なのに、どうして、こんなに重く感じたんだろう? )

 晋二は、痺れが収まらない右手でマオの左手を掴み立ち上がる。


「じゃ、整列」

 どこか機嫌が良さそうな岸田が発した一言で、バラバラになっていた生徒達が5列横隊で並び直した。

「今この瞬間を教訓に、これからの授業を受けろ。特に、連絡事項はないから、ホームルームもこれで終了にする。着替えて帰ってよし! 解散!」

 岸田は、言いたい事だけ言って頭をきながら格技場を後にした。


「………… 」

 同い年の司書との途方も無い程、開いている実力差。

 今まで、落ちこぼれとさげすんでいたマオが見せた司書としての才能。

 彼にしてきた事を思い返し、猛烈もうれつな後悔という感情に襲われた生徒達は、体育館から教室に戻るまでの間、誰一人として口を開く者はいなかった。



 学生服に着替えたマオが、机の側面にかかっていたカーキ色のリュックを、手に取ろうとした瞬間、1人の男子生徒が近付いて来た。


「瑠垣」

 神妙な面持ちでマオの正面にたった、吉村が意を決したように彼に話し掛ける。

「吉村君。もう、いい加減にしたら? 今日で分かったよね。マオには司書としての才能がある。君なんかよりもね」

 今までは、吉村の暴言に対して口を出さないと決めていた晋二の、堪忍袋かんにんぶくろの緒がついに切れてしまい、彼を睨みつける。


「違う、そうじゃない。瑠垣…… 本当にすまなかった…… 許せなんて言わない。俺は、1年もお前に酷い仕打ちをしてきた。笑い者にしてきた」

 吉村は、マオに向かって深々と頭を下げる。

「…… 」

 マオは、真顔のまま、自分の腰の高さまで低くなった吉村の頭を見下ろしていた。


「それはいくらなんでも、虫が良すぎないかい? なぜ、マオを目のかたきにしていたのか、きちんと理由を話すべきだよ」

 あまりにも身勝手な吉村の行動に、晋二は奥歯が砕けそうな程の力をあごに加えると、怒りによって震える声で話した。


「…… 瑠垣。東堂とうどう 幸哉ゆきやって覚えてるか? 」

 ゆっくりと頭を上げた吉村は、おもむろに話し始める。

「うん。去年、同じクラスだったから」

 マオは、表情1つ変えないまま答える。

「そいつ、俺の幼稚園からの親友でよ。一緒に、ここに入学して絶対司書になろうって約束したんだ。そしたら幸哉は、去年の1学期末で進級不可と判断されて転校しちまった。それで、幸哉よりも成績の悪かった瑠垣が、2学期以降も学校にいて工藤と浦和と仲良さそうに話す姿を見てたら、すげぇイラついた。許せなかった…… たったそれだけの事だ…… 本当に、最低だな俺は…… 」

 吉村は、自分を卑下ひげし下を向いた。


「吉村、顔上げなよ。俺の成績が悪いのは事実だし、全く言い返さなかったから。お互い様って事で」

 マオは、吉村に笑いかけると、今まで自分を敵視していた彼を許した。

「瑠垣…… すまなかった!! 本当に、すまなかった!! 」

 マオの優しさに、眼球が熱くなった吉村は再び深々と頭を下げる。

「だから、いいって」

 腰を直角に曲げたまま、動かなくなった吉村にマオは少し慌てた様子で話す。


「俺にできる事があったら何でも言ってくれ、パシリでも何でもやってやる。じゃなきゃ気がすまねぇ」

 今度は、勢いよく頭を上げた吉村は、マオの顔を覗き込む。

「うーん。じゃ1つ」

 吉村の提案にマオは、少しの間考え事をすると、何かをひらめいた様子で口を開く。

「おう、何でも来いや!! 」

 吉村は、両手を握り締め気合を入れる。


「仲間に入れてよ」

 マオは、この学校に入学してから、はじめて教室内で人目を気にする事なく笑顔を見せた。


「はっ? 」

 吉村は、マオの言葉を聞くと思わず自分の耳を疑った。

「吉村が他のクラスメイトと楽しそうに話しているのが、ずっと羨ましかったんだ。俺も混ぜてくれないかな? 」

 マオは、そんな吉村に照れ臭そうな顔で話を続ける。


「じゃあ、たける

 自分の耳が正常に働いている事を確信した吉村は、自分の胸に右手親指を突き立てた。

「え? 」

 マオは、吉村の言っている事がいまいち理解出来ない様子。

「名前の呼び方だ。それって、ダチになりたいって事だろ? 」

 真剣な顔をした吉村は、自信がなさそうに話した。

「ああ! そっか。よろしく猛! 俺もマオで」

 猛の申し出を快く受けたマオは、満面の笑みを浮かべ右手を前に出した。

「おお、マオ」

 猛は、歯を見せて笑うとマオと固い握手をする。


「それなら、俺も晋二って呼んでよ」

(マオがきちんと理由を聞いて、納得して許したんだ。これで、俺が怒る理由は無くなったね)

 晋二は、マオや遥と話す時のように自然体で猛に声を掛ける。

「おっおう」

 さっきまでとは正反対の晋二の表情に、猛は少し気後れしたが、どこか嬉しそうだった。

「…… マオにまた酷い事したら…… 今度は、私が許さない」

 マオの背後からひょっこり顔を出したユウキは、無表情で猛を威嚇いかくした。

「分かってる。もう、しねぇ」

 ユウキに釘を刺された事で、猛はしょんぼりとした様子で答えた。


 3人のやり取りを見ていた生徒達が、続々とマオに近付いてくる。


「俺も、そのゴメン。吉村と同じで、中学からの友達が退学になって。とにかくゴメン」

「私も、ごめんなさい。瑠垣君が先生に贔屓ひいきされてるって噂を鵜呑うのみにして、何も知らずに酷い事を言っちゃって」

 クラスメイト達が次々とマオに謝罪の言葉を述べていく。

「うん、もういいよ。でもこれからは、みんなで楽しくやってこ」

 笑顔を絶やさないマオは、やっとこの学校に打ち解ける事が出来た。


「……」

(マオ、俺達って本当に友達だったのか? 吉村をあんなに簡単に許しちまうなんて…… 今日の実戦授業でも、あんなの見ちまったら、お前が去年まで才能の無いフリをして、俺を騙してたとしか思えねぇよ…… 俺、もう自分がわかんねぇ)

 マオとクラスメイトが仲直りをしていく、その最中さなか、正輝は暗い表情のまま教室を出て行った。

「あっまさ」

 遥は、正輝に声を掛けようとしたが、その声は冷たく閉ざされた、教室のドアによって遮られてしまった。

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