マオの才能 3
「そうだよな。お前が残ってたな、瑠垣!! 」
岸田は、2年Aクラス50人中49人が、晋二とユウキに手も足も出せず敗北する中、最後に前へ出たマオを見ると楽しそうでいて、どこか意味深に笑った。
「晋二、よろしく」
晋二の正面に立ち塞がったマオは、この瞬間をずっと待っていたかのように、内なる闘志を燃やしながら彼の顔を見る。
「うん。楽しみだよ」
(出会って、まだ数日しか経っていないし。学生のマオとは、もちろん一緒に任務にも行った事がない。だけど、どうしてだろ? 俺は、君にどこか期待をしてしまう)
晋二は、幼い少年のようにワクワクし、高ぶる気持ちを必死に抑えていた。
「えっ? まだ、瑠垣残ってたのかよ」
「えぇぇ!! 最後が瑠垣とか、しまらねぇ」
「もう、この授業終わったっしょ」
周囲の生徒達は、晋二と向き合ったマオに白い目を向ける。
「…… 」
極限まで集中力の高まったマオには、生徒達の心無い言葉が聞こえないのか、左手を前に突き出し、黒色の木刀を創造する。
「いくよ」
まさに明鏡止水、小さな声で話したマオは、構えていた木刀をゆっくりと下ろした。
「ああ、こい!! 」
(武器を下げた? 何をするつもりなんだ? )
マオが何かを仕掛けてくる。
そう思った晋二は両目を見開き、彼の動きに細心の注意を払う。
「…… 」
マオは、前方に体重をかけた瞬間、一瞬にしてトップスピードまで加速をすると、流れるように晋二の懐に入った。
「はい」
そしてマオは、晋二の右肩に木刀の刃の部分をそっと乗せた。
「 え? 」
(今、何が起こった? 俺は何をされたんだ? )
マオが視界から完全に消えたように錯覚した晋二は、自分の右肩の上に乗せられた木刀を見て唖然としていた。
「ふふ」
呆然とする晋二の顔を見た岸田が、楽しそうに含みのある笑いをする。
「!? 」
マオの動きを見ていたユウキは、脳の処理が追いついていないのか、目を丸くしたまま固まっていた。
「ッ!? 」
マオと晋二の戦闘がはじまって数秒、格技場の空気が急変した。
今まで誰1人として全く歯が立たなかった司書に、才能が無いとレッテルを貼られ、バカにされ続けてきたマオが、はじめて攻撃を当てたからだ。
「岸田先生、これでいいですか? 」
マオは、木刀を晋二の右肩に乗せたまま、右側に立っている岸田の方に、首を向け平然と口を開いた。
「ダメだ。それは、ただ木刀を置いただけだ」
岸田は、歯を見せて笑うと、試合の仕切り直しをマオに命じる。
「判定が厳しいですね」
そう言って微笑したマオは、木刀を下ろし晋二から距離を取る。
「はぁ はぁ はぁ」
(何だったんだ、今の動きは? 全く反応する事が出来なかった。これは、ちょっと気合い入れないと、マズイね)
別に、全力疾走をしたというわけでもないが、晋二の息は完全に上がってしまい、全身に冷や汗をかいていた。
「ふぅーぅ」
晋二は、動揺を落ち着かせる為に深呼吸をする。
「じゃあマオ、行くよ」
数秒間、瞳を閉じた晋二は再び両目を開けると、表情の全くないポーカーフェイスになっていた。
「はぁぁぁ!! 」
そして晋二は、今日はじめて自分から攻撃を仕掛ける。
「…… 」
(晋二の圧縮率は69% それに対して、俺は17% 互いの筋力を計算に入れると、武器同士が接触すれば、俺の武器は簡単に破壊される。晋二のミスショットを待つんだ)
マオは、また木刀を下ろし、晋二の早いテンポで繰り出されるダガーナイフを、ギリギリのタイミングで躱していく。
「さっきの逆だ。今度は、五木の攻撃が全く当たらない」
「瑠垣、すごいな。それなのに俺達は、あんな事を…… 」
マオと晋二が繰り広げる、学生レベルを完全に超えた戦闘を目の前にした生徒達は、バツが悪そうに視線を下げる。
そして、転入初日の晋二が昼休みに言い放った「君達のその価値観は、すぐに壊されるから」という言葉が脳裏に浮かび、その本当の意味を知る事になった。
「るがき? 」
吉村は、晋二との圧倒的な実力差に、学校生活の残り3年間で、彼のレベルに近づけるビジョンが全く見えなかった。
しかし、自分よりも劣っているとバカにしていた瑠垣 マオが、晋二と同じレベル、もしくはそれ以上の高みに立っている事を目の当たりにし、2人の戦いを只々見ている事しか出来なかった。
「…… すごい」
(…… 五木は、夢図書館の中でも近接戦闘に特化したタイプの司書…… その五木を圧倒するなんて)
ユウキは、固唾を飲んで、晋二の攻撃を避け続けるマオに見入っていた。
「…… 」
(あの岸田司書長が面白いって言ったんだ。やっぱり、すごいよマオ。俺は、この学校に来て本当によかった。それにしても、1人の生徒をこれだけ特別に鍛えるのって、依怙贔屓ですよね? 教育者としてどうなんですか? )
晋二は、マオに向かい一方的に攻撃を繰り出しながら、心の中で苦笑いをした。
「…… 」
(創造スキルの向上も瑠垣には必要だったが、それだけじゃ、実戦は乗り越えられない。だから、武器を使った格闘技や体術も、この1年みっちり鍛え込んだ。元々の瑠垣のポテンシャルの高さもあったが、新人司書ですら逃げ出すぐらいのトレーニングを、1年間耐え抜いた結果。今の瑠垣は、肉弾戦だけなら俺よりも確実に強い。本当にあの時はどうなるかと思ったが)
縦横無尽にダガーナイフを振る晋二と、彼のスピードを変えたフェイントや、微妙な間合いの変化にもしっかりと反応するマオを見ながら岸田は、感慨深そうに頷く。
1年前 7月19日 金曜日
「失礼します」
当時1年生だったマオは、本館1階にある進路指導室の床下に位置する、岸田の部屋に入った。
「来たか、座れ」
厳しい表情の岸田が、マオを大理石のテーブルを挟み、向かいのソファーに座らせる。
「話とは何ですか? 」
ソファーに腰を下ろしたマオが質問すると、岸田はテーブルの上に3冊のパンフレットを投げるようにして雑に置いた。
「これは一体? 」
テーブルに置かれたパンフレットは、3冊ともこことは別の高校を紹介する内容が記載されている物だった。
それを見たマオは、眉を顰める。
「この中から、好きな学校を選べ」
岸田は、ソファーに座ったまま足を組んだ。
「えっ? 」
マオは、岸田が何を言いたいのか頭では理解出来た。
しかし、心が理解する事を拒否し、聞き返してしまう。
「えっ? じゃねぇ。先に言っておく、お前の成績じゃ、もう2年生には進級出来ない。学科は200人中105位で、実技は200人中200位だ。司書はもちろんサポーターも研究者にも、なれる見込みは皆無だ。そう遠くない内に、学校から正式な退学通知書がくる。今のうちに転向して、新しい学校へ行っといた方が、お前の人生の為だ。ちなみに、これと同じ話をお前とは別に24人にした。全員が納得して転校を選んだぞ」
マオのとぼけるような反応に、岸田は声を荒げ厳しい口調で答えた。
「嫌です」
数秒間、思考を巡らせたマオは、岸田の目を見てはっきりと言い切った。
「わがまま言ってんじゃねぇ!! お前は幸いにも学科の成績は中盤ぐらいなんだ、夢高専で中盤なら、他の高校に転入すればトップクラスの成績で卒業できんだぞ!! その方が、お前の人生に傷がつかないから、俺はこうして話してんだ!! 」
岸田は、テーブルを右手で乱暴に叩き怒鳴り声を上げた。
「嫌なんです!! 」
座っていたソファーから立ち上がったマオは、大きな声を出した。
普段から、あまり自分の感情を表に出さないタイプのマオが、感情を爆発させた事で岸田は、驚き話を止めた。
「嫌なんです!! 俺はたとえ、進級出来ずに退学になろうとも、ここで司書を目指したい!! 誰に笑われても、何を言われても、俺はこの学校で夢を追いかけたい!! 」
マオは、顔を真っ赤にさせて自分も心を岸田に思い切りぶつけた。
「ふっふはははは。誰に笑われてもか」
マオの言葉を聞いた岸田は突然、笑い出した。
「何が、おかしいんですか? 」
自分の本質を笑われたと思ったマオは、岸田を睨みつける。
「悪い悪い。昔の事を思い出してな」
岸田は、目尻に涙を浮かべると優しい声で話す。
「えっ? 」
岸田の言葉に、ヒートアップするマオの心は落ち着きを取り戻す。
「俺が、ここの学生だった頃の話だ。単独で銃の創造をして、メインの武器として使いたいって言った時、当時の教員に笑われたもんだ。そんなの無理だ。出来るわけがないってな。同級生には頭がおかしい、時間の無駄遣いとも言われた。それが本当に悔しくてなぁ。だから必死に努力した。そして当時は、個々に部品を創造して組み立てるのが当たり前だった、銃の創造を単独で成功させた。そこからだ、ちらほら銃の単独創造が出来るヤツが出てきたのは。だから人間、肝心なのはやり遂げるという意思だ! 出来ると思う事だ! もし、お前にその気があるなら、飛び級を目指せ。お前が2年生になっても申し分ない事を、2学期の期末試験までに、俺を含めた2人の教員に認めさせてみろ! それが、この学校でお前が生き残る為に残された、たった1つの道だ!! 」
岸田は、懐かしむように話した後、マオに期待を向けるようにして笑った。
「絶対に認めさせます」
両手を力いっぱい握りしめたマオは、覚悟を決めた力強い目で岸田の顔を見た。