砂田の授業 2
「では、授業を始めます。1年生時の学科カリキュラムは、高校3年間の一般授業と呼ばれるモノがメインでしたので、実際に創造学や夢粉学に関する授業は、1年3学期終了間際に十数時間しか取り扱っていません。しかも、今日の午後から実戦授業がスタートします。知識のないまま実戦授業を行う事は大変危険です。なので、この授業で居眠りをした生徒につきましては、午後の授業には参加できませんので悪しからず」
まだ、休憩を挟まない事に対し、不満を持つ生徒達をやる気にさせる為に、砂田は開いていたテキストを閉じ、声のトーンを若干落として脅すように話した。
「!! 」
砂田の話を聞いた生徒達は、机の音を立てながら背筋を伸ばす。
「まずは、1年生の時の復習をしていきましょう。今から149年前、西暦2305年に当時の物理研究者であった高宮 《たかみや》 真斗が、夢粉を世界に発表し、翌2306年に世界平和条約が結ばれ、第三次世界大戦は終息しました。これ以降、夢粉に対し世界共通の法律が2つ制定されました。まず1つ目は、夢粉で創造した物質で、生物や物に危害を加えてはならない。次に2つ目、夢粉で生物を創造してはならない。夢粉技術を使用する国はこの2つの法律を基本とし、これに付随する法律を各国で立法してきました。夢粉を司る法律は、この150年間でほぼ成熟したと言っていいでしょう。西暦2335年、世界共通の法律である、創造基本法が制定されたのと同時に、夢粉の生みの親でもある高宮 真斗が創設したのが、夢粉犯罪を専門的に取り締まる機関である夢図書館です。夢図書館が最初に行った事は、これまで、杜撰な管理しか出来なかった、創造デバイスをライセンス化し、世界共通の創造免許証という制度を立ち上げ、違法創造の取り締まりを確実なものにしました。ちなみに何故、夢図書館と言う名前が付けられたかですが、それは夢粉で創造された物質の情報を全て記録し、その歴史を管理する為の機関である事から付けられたようです。すみません余談でした。そして夢図書館が次に行った事が、世界平和条約に対し、武力行使をさせない為の抑止力となる部隊を作る事でした。それが司書です。っと、私ばかり話していては、みなさんが眠くなってしまいますね。ここで眠気覚ましの問題です。司書と武器創造の関係は切っても切れませんよね。武器を創造するにあたり、最も困難と言われている武器の種類は何でしょうか? 」
途轍もないスピードで板書をしていた砂田は、くるりと生徒達の方向へ振り返り、棒読みで問題を出した。
「はい」
砂田が問題を言い終えた瞬間、1人の男子生徒が挙手をする。
「どうぞ」
砂田は、男子生徒に右手を差し伸べる。
「銃系の武器です」
立ち上がった男子生徒は、自信に満ち溢れた様子で発言をする。
「正解です。銃系の武器はパーツが多く、構造が複雑ですから、脳内で完璧なイメージを創り上げる事が非常に難しいです。その上、銃弾の発射に耐えるだけの強度が必要とされますので、最低でも75% 以上の圧縮率を持つ人間でなければ創造する事が出来ません。ですので、銃を単独で創造しメイン武器として、使用する司書は大変重宝されます」
男性生徒が問いに正解した事で、嬉しそうに頷いた砂田は、非常に簡潔な言葉を使い補足説明をする。
「それでは、次に夢獣について触れていきましょう」
その後も授業を進めた砂田は、徐にテキストを教卓の上に置いた。
「!! 」
夢獣という単語に、教室中の緊張感が高まり生徒達はこれまで以上に集中した様子で砂田を見上げる。
「夢獣に関する情報の多くは、夢図書館の機密事項であり、一般に公開されていません。もし、今から話す内容を外部へ口外しようものなら、未成年であり学生でもある君達でも、容赦なく実刑判決が下りますので、お気をつけて下さい。万が一退学となった場合も、守秘義務が課せられますので、悪しからず」
重要な情報を話す時も砂田は、表情を全く変えず棒読みのままだった。
「夢獣は、夢粉で創造された生物の総称を言い、危険度別に3つのランクに分類されています。実在する人間以外の生物を創造した個体が、危険度の最も低いランクC。実在しない空想上の生物を創造した個体が、2番目に危険度の高いランクBです」
砂田は、テキストを再び開く事も、黒板に板書をする事もなく淡々と説明をしていく。
「はい! 先生、質問です」
砂田の説明を聞いていた遥は、元気よく右腕を挙げる。
「どうしましたか? 浦和君」
砂田は、遥に向かって右手を差し伸べる。
「創造するには、物質の正確なイメージを必要としますよね! なので、実在するモノしか創造する事が出来ないと、1年の時に教えてもらいました。なのに、この世には存在しない空想上の生物を、創造する事って可能なんですか? 」
勢いよく立ち上がった遥は、右手を挙げたまま口を動かす。
「良い質問です」
遥の問い掛けに、砂田は珍しく口角を上げ彼女を評価した。
「たしかに、夢粉での創造は、未知の物体や物質など、何で出来ているのか全く見当のつかないような、モノを創造する事はできません。しかし、タンパク質やカルシウム、脂肪などで構成された物質。つまり肉体をもった、空想上の生物でしたら不安定ながら創造する事が出切るのです」
砂田は、遥の質問をまるで予測していたかのように、即答で答えた。
「不安定? 」
右手を挙げたままの遥は、砂田の解説の意味が理解出来ずゆっくりと首を傾げる。
「そうですね。例えば、倒壊寸前のバランスを保った、積み木の城をイメージして下さい。アンバランスに組み合わさった積み木の城は、時間が経てば崩れてしまいますし、少しの衝撃を与えただけで、倒壊してしまいます。これをランクBに置き換えます。不完全なイメージを補う為に、寄せ集めの情報を使い、無理矢理に創造されたランクBの夢獣は、集合圧縮が上手くいかず非常に脆い体を持っています。なので、1時間程しか肉体を維持する事が出来ませんし、簡単な攻撃で夢粉同士の結びつきが崩れ崩壊を起こします」
砂田は、少し考えるようにしてメガネを右手中指で押し上げると、積み木の城を黒板に板書をしながら説明をする。
「それなら、わざわざ夢図書館がランクBの夢獣を、危険視する必要がないと思いますが」
放置しても壊れてしまうランクBが危険視されている理由が分からない遥は、立ったまま率直な疑問を口にする。
「と、思いますよね。ここで、夢獣の特性について触れていきましょう。夢獣はランクに関係なく、人間を狙って攻撃をします。理由は分かりませんが、夢獣の視覚に入った人間は、例外なく襲われています。この事を踏まえ、先程のランクBの夢獣が、なぜ危険視されているかについての質問ですが。2年生へ進級された皆さんには、夢粉がエネルギーであるという認識はもっていると思います。ランクBはいわば爆弾です。不安定な創造で夢粉同士がデタラメに集合圧縮されたエネルギーの塊です。もちろん、ランクBも夢獣ですので、無差別に人間を攻撃します。そして、散々暴れ回り最後には肉体の崩壊と共に、あたり一帯を巻き込んだエネルギーの放出を行い消滅をします。これが、実際にランクBが崩壊した直後の現場写真です」
遥の疑問に対し砂田は棒読みで答え、黒板に1枚の写真を貼り付ける。
砂田の写真には、まるで巨大隕石が落下して出来たようなクレーターと、滅茶苦茶に吹き飛ばされた森林が写し出されていた。
「………… 」
写真を見た生徒達は、その惨状に絶句する。
「そして、最後にランクAです。ランクAは夢粉で創造された人間型の夢獣の事を言います。見た目と運動能力は、一般的な人間と大差ありませんが、夢図書館はランクAを最も危険な夢獣だと判断しています。その理由は、これまでのランクC、ランクBとは違い、知能を持つ個体が存在するからです。ランクAは、人間と同じ言葉を発し、道具を使うのです。では、五木君」
砂田の無感情な声が、教室内の静寂を切り裂いた。
「はい」
砂田が呼び掛けると、晋二は今まで見た事がない程、真剣でいて思い詰めた表情で返事をする。
「創造学において重要な数値が3つあります。圧縮率と創造スピード、もう1つは何でしょうか? 」
砂田は、晋二なら正解を述べてくれる。
そんな期待を感じさせるように問い掛けた。
「使用率です」
砂田から何を問われるかを、直感的に予測出来ていた晋二は、低い声でどこか怯えた様子で答えた。
「?」
生徒達は、聞き慣れない単語に疑問を持ち眉間にシワを寄せる。
「正解です」
砂田は、棒読みで答える。
「司書として実戦経験のある五木君と相川君は知っていると思いますが、先程から繰り返し話しているように、夢粉はエネルギーそのモノです。それは、創造され物質化しても変わりません。使用率とは、夢粉で創造された物質に含まれるエネルギーを引き出し、その武器に触れた空気中に漂う、夢粉をエネルギーに変換させた割合を数値化したものです。この使用率は、武器を持ったランクAの夢獣に適応されるケースが全てです。武器の特性を理解する事の出来る、知能をもつランクAの使用率は100% 知性を持たないランクA 通称 狂暴鬼の使用率には、個体差があります。漫画などを読む方はイメージしやすいと思いますが、刀や剣を振って斬撃を飛ばしたり、銃弾がレーザー砲のような威力で飛んできたりと、現実離れした攻撃が出来る夢獣がランクAです。また、人間も使用率の測定は出来ますが、測るまでもなく0% ですので、基礎能力測定では不要とされ、測定されない項目となっています」
砂田が解説を終えると、授業の終わりを告げる鐘が鳴る。
「なんとか、時間内に終わりましたか。これで、授業を終わります」
最後まで棒読みの砂田は、一礼をして教室を後にした。
「…… 」
授業が終わってからというもの、あまりにも衝撃的すぎる内容からしばらく、生徒達は誰一人として動く事が出来なかった。