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paradox 受け継がれる可能性  作者: ナカヤ ダイト
進級と転入生 編
29/54

like truthと正輝

 4月4日 土曜日 午後2時40分


 マオ達と離れた正輝は、夢図書館高等専門学校前駅に戻って来ていた。

 言い訳にした用事も本当は無く、あまり過ぎた時間を消費する為に、駅周辺の裏路地を歩いている。


「!! 」

(くそっ!! 考えれば考えるほど、分からなくなる!! )

 正輝は、暗く狭い路地に自分の進行を妨げるようにして落ちていた空き缶を、感情に任せて蹴り飛ばした。

 マオ達と別れてからというもの、彼の頭の中では、転入生の五木 晋二と相川 ユウキの言動が繰り返し思い返されていた。


「あれ? こんな所に店が」

 しばらく歩き進めた所で、正輝は立ち止まる。

 薄暗く人通りも無い、そんな商売をするには場違いとも言える立地に『like truth』と書かれた看板が軒下に貼り付けられた、コバルトブルーの塗装が剥がれかかった洋風の木造建築が、裏路地の角にひっそりとたたずんでいた。

「喫茶店? 」

 正輝は、店の外にもただようコーヒーの香りに誘われて扉の目の前に立った。


「やってるのか? 」

 このような裏路地で営まれている喫茶店に若干の恐怖を感じた正輝だったが、好奇心こうきしんが抑えきれず、年季の入った扉をゆっくりと開く。


「いらっしゃいませ。おや、初めてのお客様ですね」

 ウェーブの掛かったブロンドのセミロングヘアに、黒縁のラウンド型メガネ、白のYシャツの上にはブラウンのエプロンと、黒色のスラックスに赤茶色の革靴、翡翠ひすい色の瞳が特徴的な、20代前半に見える細身で長身の男性がコーヒーカップを、白色の清潔な布で拭きながらカウンター越しに正輝を迎えた。


「ども。いい雰囲気」

 緊張した様子で店に入った正輝の表情が少し緩まる。

 店内全体がコーヒーの芳醇な香りに包まれており、光量の控えめな照明がテーブルや壁の濡れたような奥深いつやを演出し、蓄音機から流れるしっとりとしたクラッシックジャズ、これら全てがあいまり店の心地よい雰囲気を作り上げていた。


「お褒めに頂き、ありがとうございます」

 非常に美形なマスターは、先程まで拭いていたコーヒーカップを後方の棚に戻すと、にこやかな顔で一礼をする。

「なんか、バーみたいっすね」

 店内をぐるっと見渡した正輝が、率直な感想を述べる。

「ええ。当店は、元々バーだった建物を改装した喫茶店でして。どうぞ」

 マスターは、上品な笑顔で自分から見て正面のカウンター席に右手を差し伸べる。

「へぇ」

 正輝は、マスターの柔らかい雰囲気が気に入ったのか素直に指定された席に座った。



「冷たいのでお気をつけて下さい。ご注文は、お決まりですか? 」

 マスターは、微かな物音も立てない洗練された立ち振る舞いで、水の入ったガラスコップと温かいおしぼりを正輝の正面に置く。

「じゃあ、アメリカンコーヒーで」

 正輝は、この店に入る前から香りで気になっていたコーヒーを真っ先に注文した。

「かしこまりました」

 小さく頭を下げたマスターは、カウンターの奥へと入って行く。


「…… 」

(本当にいい雰囲気)

 マスターが、コーヒーをドリップしている最中さいちゅう、正輝は落ち着いたデザインの店内に目を向けた。


「お待たせ致しました」

 しばらくするとマスターは、湯気の立つコーヒーカップの乗ったソーサーを、丁寧にカウンターの上へと置いた。

「ごゆっくりと」

 マスターは、一礼をして再びカウンターの奥に入って行った。

「うまい! 」

 正輝は、コーヒーカップに口を付けた瞬間、焙煎ばいせんから豆引き、お湯の温度と抽出時間、今の気温と湿度、全てが完璧に計算し尽くさなければ味わう事の出来ないコーヒー本来の香りが、脳天を突き抜け嗅覚神経が痛覚神経すらも凌駕りょうがし、最速で口が開いてしまう。

「喜んで頂けたのなら、なによりです」

 正輝の一言で口角を上げたマスターは、カウンター内の正輝から最も離れた場所で、手回しのミルを使いコーヒー豆を引いていた。


 コーヒーを飲んで落ち着いたところで正輝は、もう一度自分の心について考えた。

「…… 」

(俺は、マオの1番の友達だと思っていた。けど、そうではなかった。いつも通りマオが嫌われて俺が庇って、遥と一緒に飯食って遊んで、それが楽しかったのに。なぜ、この日常が壊れた? 誰のせいだ? マオか? 遥か? 違う、あの転入生の2人だ。あいつらが偽善者ヅラしてマオに優しくして遥までも、五木 晋二と相川 ユウキ。あいつら、俺から2人を奪うつもりか? もしかして、五木の奴は、俺が遥をどう思っているか分かっていて!? なんでマオと遥は、今までいた時間が俺よりも短いあいつらを選んだんだ? あんな人の事を全く考えないような事を言う奴の一体どこにそんな価値があるんだよ!! なぜ、俺は選ばれなかった? どうして、俺はナカマハズレニ…………… )

 正輝が悩んでいた突然、心の中で湧き上がる抑えが効かない怒りの感情、それが大切な友達であるマオや遥にも向いてしまう事。

 自分の日常を徐々に壊されていく恐怖から、どんなに優しさを向けられても、それには裏があるのではないかと思ってしまう事。

 自分の心を見失い、精神的に不安定になってしまった正輝は、これら全ての事は晋二とユウキが転入して来た事が原因ではじまったと、ついにそう思ってしまった。



「お客様、どうかなさいましたか? 」

 目を開けたまま長い時間、正輝が動かなかった事で心配したマスターが彼の顔を覗き込む。

「うわぁ!? 」

 突然、見慣れない男の顔が視界を覆い隠し、正輝は座っていた椅子から落下しそうな程、驚いた。

「近いですよ」

 いきなりのマスターの行動に正輝は、不機嫌になり彼を睨みつける。

「申し訳ございません。考え込んだまま、長い時間がっていましたので」

 マスターは、慌てて正輝から遠ざかると、申し訳なさそうな顔で店内の右側の壁に掛けてある振り子時計を指差した。

「え? もう、こんな時間」

 我に返った正輝が振り子時計を見ると、時刻は17時10分を回っていた。


「悩み事ですか? 時間を忘れて思考を巡らせるのは、時として人間には必要な事ですからね」

 マスターは、空になったコーヒーカップを下げ、新しいコーヒーを正輝の前に置く。

「俺、頼んでないっすよ」

 注文をしていないコーヒーのおかわりがカウンターに置かれた事で、正輝はまた機嫌を崩した。

「これはサービスです。先程、驚かせてしまったお詫びと、私のコーヒーを美味しいと言って下さったお礼です」

 マスターは、ゆっくりと笑顔を作った。

「あっありがとうございます」

 マスターの好意にバツが悪くなった様子の正輝は、コーヒーカップを口元に運ぶ。

「やっぱり、うまいなコレ」

 しかし、コーヒーを口に含んだ瞬間、正輝はホッとしたように言葉を発した。

「それは、なによりです」

 マスターは、何1つ変わらない微笑みを浮かべて答える。


「ありがとうございました」

 コーヒーを飲み終えた正輝は、席を立った。

「420円です」

 レジに回ったマスターは、伝票に書いてある金額を読み上げる。

「ごちそうさま」

 この店の居心地の良さに心から笑顔になれた正輝は、生徒手帳をレジにタッチさせ支払いを済ませる。


「また、起こし下さいませ」

 店の外に出た正輝をマスターは、一礼して送り出す。


「あのっ。ぼーっと歩いて来たので、帰り道が分からなくて」

 苦笑いで店に引き返した正輝が、マスターへ問い掛ける。

「どちらへですか? 」

 上品な口調でマスターは、カウンター越しに聞き返す。

「夢高専です」

 正輝は、迷子になった事を恥ずかしそうに答える。

「でしたら、この店を出まして右方向に進み、路地を抜け交差点の信号を左に曲がりますと正門前へ出られますよ」

 マスターは、カウンターの引き出しから紙とペンを取り出し丁寧に地図を描いて、正輝に手渡した。

「また、寄ってもいいすか? 」

(学校から近いな)

 地図を見た正輝は、学校から店の位置関係に驚く事よりも、またここに来たいという気持ちが勝ち、何気なく聞いてみる。

「ええ。もちろんです。いつもお待ちしております」

 マスターは、即答で正輝の質問に快く答えた。


「…… 」

(変な店だったな)

 星が点々と輝きはじめたオレンジ色の空の下、微笑した正輝はそう思った。

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