はじめての休日 10
16時30分 マオと晋二は、約束の時間通りに待ち合わせ場所であるボウリング場まで来ていた。
「あれ、ユウキと遥は? 」
周囲を見回した晋二は、集合場所に2人らしき人物がいない事に疑問をもつ。
「本当だ。遥が時間通りに来ないのは珍しいな。少し待ってみるか」
普段から時間管理や段取りに抜かりのない遥が、まだ集合場所にいない事をマオは、おかしいと感じたが、ユウキの服選びが長引いてしまったのだろうと思い、2人を待つ事にした。
「そうだね」
晋二が頷くと、2人は手に持っていた買い物袋を床に下ろす。
「さすがに遅くないかな? 」
20分ほどの時間が過ぎたところで、痺れを切らせた晋二がマオに話し掛ける。
「そうだね、どうしたんだろ? 」
晋二の一言で、右手首の腕時計を確認したマオは心配そうな顔になる。
「もしかして、これが迷子ってやつなのかな? こんな人が多くて、大きい場所だから迷ってしまったのかもしれない」
晋二も次第に心配になってきたのか、そわそわしながら話した。
「いやいや。初めてここに来たユウキだけならともかく、何回も来ている遥が一緒なら大丈夫だよ」
自分よりも事態を深刻そうに考えていた晋二を見て、逆に冷静になったマオは平然と返す。
「もし、ユウキが遥と逸れたら? 」
晋二は、真夏に怪談をする時のような暗いトーンで話した。
「………… 電話ッ! 電話だ! 遥に電話しないと」
2日間という短い時間だったが、ユウキの天然さが引き起こす珍事を嫌という程、見てきたマオは珍しく焦った様子で、生徒手帳を取り出し遥に電話を掛けようとする。
「ごめんね!! 遅くなっちゃった」
マオと晋二の前方から遥の声が聞こえる。
「よかった、無事でぇ…… 」
遥とユウキが小走りで走って来た事でマオは安心した。
しかし、2人が両手に持っていた買い物袋を見た瞬間に驚愕した。
それは2人が遠近法が狂いそうな程、大きな買い物袋を、両手に2つづつ持っていたからである。
「すっすごい荷物だね」
近くで見ると更にその大きさを増す買い物袋に晋二は、引きつった顔で遥に話し掛ける。
「ユウキちゃん本当にすごいんだよ。着る服が全て似合っちゃうの」
ユウキの服を選んでいた時の興奮が冷めやらぬ様子の遥は、清々しい笑顔で答えた。
「それ全部でいくらしたんだ? さすがに使いすぎじゃ」
マオは、紙袋の膨らみ方から、ぱっと見10万円以上の衣類が入っていると踏み、2人の財布を心配した。
「…… 全て私が買った…… 遥が選んでくれたから」
ユウキは、マオの問いに無表情のまま答える。
「ちょっと待って!! これ、全部ユウキの服なのか? 」
自分のだけでなく、遥が持っている買い物袋も自らの物だとユウキが言ったように、聞こえたマオは、咄嗟に聞き返した。
「…… そう、任務の報酬…… 全然使っていなかったから…… それと、遥が似合うって言ってくれたから」
ユウキは、無表情の顔を少し赤くして答える。
「ユウキちゃん、本当にかわいいんだから!! 」
この2日でユウキの無表情には様々な種類があると分かった遥は、彼女に抱き着いた。
「…… あれ」
遥に抱き着かれたまま、目線を上げたユウキは何かを見つけた様子で呟いた。
「ん? 」
遥はユウキから離れ、彼女の視線の先を確認する。
そこには、1枚のチラシが壁に貼り付けてあり『コラボ期間限定!! 1投目でストライクを出した全員にスフィーちゃんストラップをプレゼント!! 』と、ボーリング場のキャンペーンを告知する内容が書いてあった。
「懐かしいな。昔、流行ったな。このクマ」
チラシに描かれたティディベアのイラストを見たマオは、興味無さそうに話す。
「…… クマじゃない。スフィーちゃんは、今も根強い人気を持っているキャラクター」
マオのクマという一言に反応したユウキは、表情を変えず反論をした。
「ユウキちゃん、あれ欲しいの? 」
今日の朝、部屋作りの際にユウキがスフィーちゃんが大好きだと話していた事を、思い出した遥は、優しく聞いてみる。
「…… うん」
ユウキは、子供のように小さく頷く。
「でも、条件厳しいよね。このチラシを見ると、1投目でストライク取る以外に、ストラップをもらえる方法がなさそうだし。そもそも、ユウキってボウリングやった事あるのかい? 」
チラシを熟読した晋二は、ユウキに質問した。
「…… 地盤調査、やった事ある」
ユウキは、自信に満ち溢れた表情で右手を力強く握りしめた。
「………… 」
ユウキが放った意味不明な一言に、マオ達の時間が一瞬止まる。
「ぶっふ!! それ、去年の任務でやったボーリング調査」
数秒間、時の牢獄に閉じ込められていた晋二は、脱獄した瞬間に思いっきり吹き出した。
「あははは、地盤調査って。ブファッ!! 」
晋二が均衡を崩した事で、両腕で腹部を抱えたマオは、下を向いて震えている。
「あっははははは、ユウキちゃんやめて。あははは、呼吸が、呼吸ができないよぉ〜 」
笑いすぎで過呼吸寸前の遥は、息をするのに必死だった。
「ん? 」
ユウキは、何故3人が笑っているのか分からず、首を傾げる。
「マオ、遥。いいんじゃないかな? まだ時間もある事だし」
寮の門限までまだ時間にゆとりのある事を確認した晋二は、マオと遥に問い掛けた。
「俺は大丈夫だよ」
目尻に涙を浮かべているマオは、左手でOKサインを作る。
「うん! 私もOKだよ。ボウリング久しぶりだから、楽しみだよぉ!! 」
満面の笑みを浮かべた遥は、右腕で力こぶを作る。
マオ達は、すぐ隣にある階段を上りボウリング場へと向かった。