はじめての休日 8
「ふふ。たしか、マオくんと初めて話したのもココだったよね! 」
注文した料理が出来上がるのを待っている間、何気なく店内を見渡した遥は、思い出し笑いをした後、徐に口を開く。
「そういえば、そうだね。正輝と偶然入った喫茶店にウエイトレス姿の遥がいて、すごく驚いたな」
遥の話から当時の彼女の格好を鮮明に思い出したのか、マオは少し笑いながら答えた。
「私の方がびっくりだったよ。その時はまだ、正輝とマオくんが友達だったって、知らなかったし。バイトの事がバレて退学になると思ったしで」
もう、遥にとっては過去の笑い話なのか、あの時言えなかった自分の気持ちを、面白おかしく口にした。
「あの時の遥の顔は面白かったな」
マオは、正輝とはじめて漫太郎に入った際、オレンジ色のエプロンに身を包んで、笑顔で出迎えてくれた遥が自分達を見た瞬間、この世の終わりに直面したような絶望に満ちた顔に急変した事を思い出し悪戯に笑う。
「もぉ! 本当にあの時は、私の学校生活オワッタって思っちゃったんだからね!! 」
当時の心境を思い出した遥は、リスのように頰を膨らませる。
「そこから、3人は友達に? 」
晋二は、先程の遥の弟の事もあり、言葉を慎重に選んで口を開く。
「そうだよ。正輝は幼馴染で仲良かったけど、マオくんとは学校で話した事がなかったから。もし、正輝とココに来てくれなかったら、友達になれなかったかも」
遥は、晋二の質問に対し、マオとの出会いに感謝をするように笑顔で答える。
「お待ちどうさま。まずはチョコバナナクレープじゃ」
遥たちが昔話に花を咲かせていると、料理の乗った大きなプレートを両手に持った正亀がテーブルの正面にやって来る。
「おお…… すごい…… このクレープ巻かれていない!? 」
広がったままのクレープ生地に、たっぷりの生クリームとチョコレートソース、バニラアイスクリームと、カットされたバナナが、芸術的な配置で置かれた皿がユウキの目の前に置かれた。
普段から、感情の起伏が乏しいユウキだが、この時ばかりは手に取るようにテンションが上がった事が分かる。
そして、皿の中を食い入るように見つめていた。
「食べて…… いい? 」
5人全員の前に注文した料理が全て並び終えた瞬間、これ以上待つのは我慢が出来ないと痺れを切らせたユウキが、遥に話し掛ける。
「うん! いいよ」
ユウキの小さな子供のような言動を可愛いと思った遥は、思わず笑みをこぼした。
「…… 美味しい、生クリームもチョコレートも甘過ぎず、生地に塩が入っているから飽きがこない。このアイスクリームもミルク感が濃厚」
ナイフとフォークでクレープを切り、小さい口へ運んだユウキは味に感動したのか、まるでグルメリポーターのようなコメントをする。
「ほぉ ほぉ ほぉ。喜んでくれて何よりじゃ」
正亀は、ユウキの満足そうな顔を見て嬉しそうに笑うと、またカウンターの中へと戻って行った。
「うまっ! 」
デミグラスソースのかかったオムライスをスプーンで頬張った晋二は、トロトロの卵がガーリックライスを包み込み、濃厚なソースがしっかりと素材の味を引き立てる絶品に、表情を綻ばせる。
「ここ、なんでも美味しいんだ。その割に値段も安いし」
クラブハウスサンドを左手に持ったマオは、メニュー表を見ながら話す。
「それなのに、お客さん少ないよね。こんなに美味しいのに」
晋二は、正亀に聞こえないように、声のトーンを下げた。
「多分、周りの環境と店のギャップだね。俺と正輝もはじめて入った時は、かなり勇気が必要だったから」
マオは、晋二の話から、高層ビルを両脇に抱える漫太郎の立地上のギャップから、入店を躊躇った過去を思い出し苦笑いで答える。
「それ分かる。俺、1人なら多分入らないね」
ついさっき自分もマオと同じ理由で、入店を躊躇した晋二は、小刻みに頷き彼の意見に同意する。
「…… 」
(本当になんだよ五木。お前の身勝手な言葉のせいで、昨日はマオ、今日は遥を傷つけやがって。あんなメールを送ってくれた遥には悪いが、やっぱり俺は転入生を好きになれそうにない)
会話をしているマオと晋二を横目に正輝は無言でピザを口に運ぶが、心の中では怒りが沸々と湧き上がっていた。
時間は遡り 昨夜19時20分
自室でシャワーを浴び終えた正輝は、パジャマとして使っている緑色のジャージを身にまとい、白いバスタオルで頭を拭きながら浴室から出て来る。
「…… 」
散々な1日を過ごした正輝は、入浴を終え少し気持ちが落ち着いてはいたが、それでもまだ怒りの感情が心のどこかで燻っているようで、誰もいない暗いリビングを睨むようにして歩いていた。
「…… 」
リビングを抜けベッドルームに入った正輝は、壁のスイッチを操作し何気なく部屋の明かりを付けた。
「…… 」
床の上に転がっている生徒手帳が正輝の視界に入る。
先程、雑にベッドの上に投げた生徒手帳は着地の瞬間に大きく弾んだのか、床に落ちていた。
「…… 」
正輝は、徐に、生徒手帳を拾い上げる。
ついさっき、遥からのメールで夕食に誘われていた際に素っ気なく断り、感情に身を任せ電源を切ってしまっていた。
自分が冷たく遇った事で彼女はどう思っているのか。
時間が経ち、若干の冷静さを取り戻した正輝は、生徒手帳の中身がどうしても気になってしまう。
「…… 」
正輝は、生徒手帳側面にある電源ボタンを恐る恐る押した。
「遥からメールが入ってる」
正輝は、自分から遥に連絡を入れるつもりだったが、既に彼女からのメールを受信している事に疑問を持った。
そして、もしかしたら遥は怒っているのかもしれない、嫌われてしまったのかもしれないと思った正輝は、早くなる心臓の鼓動を押さえつけるようにメールを開いた。
こんばんは!
ちゃんとゴハン食べた?
体調が悪くても きちんと食べないとダメだよ!
今から書く事は 私の思った事だから もしかしたら正輝の気持ちと違うかもしれないけど 一応伝えるね
ユウキちゃんと晋二君の事なんだけど
今日の正輝がなんとなく2人の事を よく思っていないのは様子を見て分かったんだ
でも 正輝が一方的に人に対してそういう感情を持つ人間じゃないって 私は知ってるよ!
マオくんを心配してるんだよね?
晋二君たちが みんなみたいにマオくんに冷たくあたるようになるんじゃないか?
たとえ 今は仲が良くても 周りに流されるんじゃないか?
優しい正輝は そう思っちゃうよね
マオくんが信じて友達になった2人を私は信じるよ!
それに 私も ユウキちゃんと晋二君は そんな人じゃないと思うし
だから 正輝も信じてくれると 嬉しいな!!
色々 書いちゃったから 気を悪くしたら ごめんね
それで!!
昼休みにも話したんだけど 明日みんなで遊びにいく事にしたんだ!
明日 10時30分に正門前に集合だから 体調が良くなったら来てね!
絶対に無理しないでよ!
それじゃ おやすみ!
「クッソ! 勝手な事ばっかり言いやがってぇ!! 」
メールを読み終えた正輝は、逆上し生徒手帳を床に叩きつけようと右手を振り上げた。
「…… 」
(なんで俺は、怒ってるんだ? )
不意にそう思った正輝は、振り上げた右腕を止めた。
遥とマオに新しい友達が出来た事も、マオが才能の片鱗を見せかけている事も、2人の親友である正輝には喜ばしい事のはずだった。
自分が怒っているのは、今日の晋二の行動だったはず。
なのに何故、マオと遥にも怒りを覚えるのか、正輝には分からなかった。
そしてもう1度、遥のメールを読み直す。
「ああ、そうだよな」
メールの内容は、普段の正輝なら怒る内容ではなかった。
「俺も信じれるように、少し頑張るか」
正輝は「ありがとう。明日、行くよ」と遥へメールの返信を返すと、ベットの上に座った。
「…… 」
(どうして、あんな事を思っちまうんだろ? 昨日の夜マオが、部屋に来てくれた時も、遥のメールを読んだ時も、今日の朝マオに偶然会った時も、何で俺は2人の優しさを疑っちまったんだろ? )
晋二とユウキに歩み寄ろうと、正輝なりに頑張っていたが、やはり反りが合わない。
その事については一先ず納得した。
しかし、遥とマオに反感を抱いていた事を内心でずっと後悔していた正輝は、表情をなくし空になった皿を呆然と見ていた。