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paradox 受け継がれる可能性  作者: ナカヤ ダイト
進級と転入生 編
24/54

はじめての休日 7

 マオ達の乗った電車は、夢図書館高等専門学校前駅を出発し20分程の時間を掛け、東に5駅進むと、高層ビルが立ち並ぶ都会という言葉が非常に似合う街並みが、車内の窓から見えてきた。


「はーい! ここで降りてね!! 」

 電車内のロングシートに座っていた遥は、元気よく立ち上がり、隣に座っているマオ達に、下車する駅が近くに迫った事を伝えた。

「…… 」

 遥の声に逸早いちはやく反応したユウキは、無言でコクリと頷くと席から立ち上がる。

 それを合図にマオと晋二と正輝も立ち上がり、5人は人口密度の高い電車の中を移動し、出入り口であるドアの前に立った。


 遥を先頭に5人は、乗客の乗り降りで混雑する最中さなか、駅のホームへと降り立った。


「駅は広いから、はぐれないようにしっかり付いてきてね! 」

 5人全員が電車から降りた事を確認した遥は、まるで旅行会社のガイドのように右手を挙げ、マオ達を案内するように先頭を歩き出す。

 そして、5人は人混ひとごみを縫うように進み駅の外へ出ると、ガラス張りのビルが連なる街の中を10分程、歩いた所で遥は立ち止まった。


 赤色の屋根と鮮やかなピンク色の壁に赤文字で大きく喫茶店 漫太郎まんたろうと書かれた、個性的な2階建の民家のような建物が、マオ達の目の前に姿を見せた。

「…… なかなか…… 雰囲気あるね」

 非常に特徴的な建物が、近未来的な街のビルとビルの間にひょっこりと建っており、そのアンバランスさが何とも言えない怪しさをかもし出し、晋二は若干警戒をする。

「やっぱ、最初は抵抗あるよね。でも、大丈夫だから! 」

 漫太郎まんたろうの前で固まる晋二に、遥は優しく笑い掛けると、右手で金色のドアノブを回し、ゆっくりと赤色の扉を手前に開いた。


 全ての壁が、まるで漫画本で出来ているのではないかと錯覚しそうな店内は、天井まで隙間無く無数の漫画で埋め尽くされており、カウンター席10席と、8人掛けのテーブル席2つが並ぶレイアウトになっていた。


「いらっしゃ おお!! 遥ちゃん!! 」

 店内であるにもかかわらず黒色のティアドロップレンズのサングラスをかけ、ド派手な赤色のアロハシャツ、デニムのショートパンツを穿いた、遥よりも身長が小さいスキンヘッドの老人が、優しい笑顔と共にマオ達をカウンター越しに迎えた。

「また来ちゃいました。正亀しょうかめ店長! 」

 店内に入った遥は、正亀しょうかめに向かい、にっこり笑顔で右手を小さく振って挨拶をする。

「マオくんと正輝くんも、いらっしゃい」

 正亀しょうかめは、奇抜な見た目とは裏腹に、優しく非常にゆっくりな口調で話した。

「どうも」

 照れ臭そうに正輝は、小さく首を曲げ会釈えしゃくをする。

「こんにちは」

 正亀しょうかめの顔を見て笑顔になったマオは、元気な声で挨拶を返す。


「そこのお2人は、どちらさんかのぉ」

 正亀しょうかめは、マオの後ろで立っている晋二とユウキを、興味深かそうに覗き込む。

「転入生の五木 晋二君と相川 ユウキちゃんです! 」

 晋二とユウキを紹介する為に遥は、正亀しょうかめに2人の顔が見易みやすいように右側にずれた。

「ほおぉ転入生かい。新しい友達が増えてよかったのぅ」

 正亀しょうかめは、晋二とユウキの顔を見てうんうんと微笑みながら頷いていた。


「ほおぉぉぉ?! まっまさか! あの相川 ユウキちゃんかい? それに、創造スピード世界記録保持者の五木 晋二くんかい!? 」

 さっきまで笑っていた正亀しょうかめは、2人の顔をよく見ると、様子が急変し急いでカウンターから飛び出した。

「握手して、くれんかのぉ」

 87歳の正亀しょうかめは、好きなスポーツ選手を前にした少年のように純粋な心で2人に握手を求めた。

「ええ、大丈夫ですよ」

 普段から他人に握手を求められる生活を送っていたのか、晋二は慣れた様子で右手を前に出した。

「…… うん」

 快く頷いたユウキは、無表情のまま右手を出す。

「ありがとうね」

 正亀しょうかめは、シワだらけの両手で、晋二とユウキの右手を交互に優しく包み込んだ。

「じゃあ、ワシの後に着いて来てくれんかのぅ」

 握手をした後の両手を感慨深そうに見つめた正亀しょうかめは、マオ達を座席へと案内する。


 5人は、案内されたカウンター前の8人掛けのテーブル席に遥とユウキ、マオと晋二と正輝が向かい合うように座った。


「しかし、すごい漫画の量だね!! これは、想像以上だよ」

 最早もはや、何冊あるか数える気にもならない程の漫画本を目の前にした晋二は、周りをキョロキョロ見渡しながら話す。


「さっきは、取り乱してすまんのぉ。握手のお礼も兼ねて、今日のお代はいらないからね」

 一旦カウンターの内側に入った正亀しょうかめは、銀色に輝くトレンチの上に、メニュー表と人数分のお冷を乗せて戻って来た。

 そして、代金をサービスする旨を伝えるとトレンチをテーブルの上に置き、右手でグッドサインを作る。

「店長ぉ太っ腹!! でも、お店的には大丈夫ですか? 」

 正亀しょうかめの温かい申し出に遥は一時は喜んだが、すぐに心配そうな表情を見せる。

「たしかに。普段、客いないのに大丈夫なんすか? 」

 正輝は、お昼時にもかかわらず、自分達以外に客のいないガラガラの店内を見回すと、冷静に話す。

「ほぉ ほぉ ほぉ、そんな事を心配しなくても大丈夫じゃよ。たまには、年寄りにも格好をつけさせてくれんかのぅ。さぁ注文は何かのぅ? 」

 心配をしてくれた2人に正亀しょうかめは、優しく笑うと、おしぼりとお冷をテーブルの上に置き、ボールペンを右手に持ちメモ帳を開いた。


「…… チョコバナナクレープとストレートティーをホット」

 昨日の昼からずっと漫太郎まんたろうのチョコバナナクレープに期待を寄せていたユウキは、いの一番にオーダーを口にする。

「ほぉ! いきなりチョコバナナクレープを注文するとは、さすが司書はお目が高いのぉ」

 数秒間メニュー表を見ただけで、この店で1番自信のある料理を注文をしたユウキに、正亀しょうかめは関心し驚いていた。

「…… 遥が美味しいって言った。だから、昨日から楽しみにしていた」

 よほど楽しみだったのか、ユウキは力強い目をして話す。

「ありがとう、遥ちゃん。漫太郎うちを宣伝してくれて。また、バイトに戻ってきてくれればワシも嬉しいんじゃがのぅ」

 ユウキの言葉を聞いた正亀しょうかめは、遥の方を見て感謝の気持ちを述べるが、彼女のバイト復帰を懇願こんがんした。

「ごめんなさい。もう、バイトをする理由が無いので」

 正亀しょうかめの助けを求めるような表情に、遥は困ったように答える。


「えっバイト? なんで、校則を破ってまでバイトしていたの? 」

 遥が校則や決まり事を故意に破る人間でないと思っている晋二は、正亀しょうかめと彼女のやり取りから生じた疑問を口にする。

「お前そんなんもん、それ程の理由があったからに決まってんだろ!! 」

 夢図書館高等専門学校での校則違反は、退学に直結するケースが多い。

 そんなリスクをおかしてまでバイトをする理由が、ただの小遣い稼ぎや、欲しい物を買う為ではなく、もっと重い事であると少し考えれば分かるはず、そう思った正輝は声を荒げた。


「ごっごめん。俺、無神経だった」

 正輝の言葉から、遥が非常に辛い理由でバイトをはじめた事を察した晋二は、慌てて彼女に謝る。

「ありがとう正輝。でも、もう大丈夫だから。バイトしていたのは、弟の入院費を稼ぐ為だったんだよ」

 正輝が自分を想って怒ってくれた事に感謝をした遥は、いつもの元気な表情から、少し切なく悲しい顔を見せると、どこか落ち着いた声で話しはじめた。

「えっ…… 」

 自分が予想してた事よりも重い理由だった事に晋二は、ショックを受けた。

「私には3つ年下のとおるっていう弟がいてね、昔から体が弱かったんだぁ。外で遊びたいのも学校に行きたいのも、ずっと我慢して病気と戦ってたのに、去年の夏ぐらいから症状が酷くなっちゃって、入院する事になったの。そこから、保険の効かない薬を使った治療がはじまって。それと、夢高専の一般入試からの生徒は学費がすごく高くて、弟の医療費と私の学費で両親がとっても苦労してるのは知っていたから、少しでも足しになればと思って勝手にバイトを始めたんだ」

 遥は、悲しそうな笑顔を浮かべ、どこか懐かしむように話した。


「そうだったんだね。でもさ、今バイトしてないって事は、弟さんは元気になったって事だよね? 」

 晋二は、この場を明るくさせようと必死に頭を使い言葉をつむぐ。

「お前」

 晋二の軽率な言葉に今度は完璧に怒った様子の正輝が、彼を睨みつけた。

「それが去年の冬に…… ね。病気と必死に戦ったんだけどね」

 なんとか笑顔を作ろうとした遥だったが表情筋は動いてくれず、顔を見られないように下を向いた。

「ごめん、俺また…… 」

 遥の言葉が弟の死を意味していると分かった晋二は、取り返しのつかない事をしてしまったと、表情を暗くし次第に声が小さくなる。


「こっちこそ、変な空気にしちゃってごめんね。今はもう大丈夫だから!! よ〜し!!! 」

 下を向いたまま動かなくなった晋二に優しい言葉を掛けた遥は、気持ちを切り替えるように両手を叩くと、元気よくメニュー表を開いた。

「店長! チョコバナナクレープとアイスコーヒー、お願いしまーす!! 」

 晋二に自分は大丈夫だと言葉でも態度でも示したいと思った遥は、満面の笑みで料理を注文する。

「俺は、クラブハウスサンドとホットコーヒーで」

 遥の気持ちを察したマオは、流れを切らないように注文をする。

「ミックスピザMサイズとゼロコーラ」

 不機嫌そうな顔の正輝は、低い声で注文した。

「ほら、晋二君も!! 」

 遥は、呆然としている晋二に太陽のような笑顔を向ける。

「ええっと、俺は…… このオムライスとホットコーヒーでお願いします」

 これ以上、みんなに迷惑を掛けたくないと思った晋二は、いつも通りを意識して必死に口を動かす。

「かしこまりました」

 優しい声で返事をした正亀しょうかめは、キッチンのあるカウンターの中へ入って行った。

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