はじめての休日 5
「その。もしかして、水だけなの? 」
遥の正面に座った晋二の視界に真っ先に飛び込んできたのは、彼女の目の前に置かれたコップ1杯の水だった。
朝の事もあり、なんとなく答えが見えていた晋二だったが確認の為に、苦笑いで質問をする。
「うん…… 今朝、あれだけの事があったから食欲ないよぉ」
ユウキのウエストの細さを両手が完全に記憶してしまっている遥は、食べる事に疑心暗鬼になってしまい、ため息混じりに返事をする。
「まさか、ダイエットか? 朝食は摂った方がいいと思うけど」
晋二の右隣に座るマオは、真面目な表情になる。
長身でスレンダーなモデル体型のユウキと、小柄だが女性らしい身体つきの遥、マオはそれぞれ特徴があり、異なる魅力があると認識をしていた。
だから遥が、極端に神経質になっている事に危うさを感じ、彼女の無茶なダイエットを真剣に止めようとしていた。
「だから、食欲がないって」
肩を落とす遥は、弱々しく話す。
「…… 過激なダイエットは体に悪い…… あと、食べないのは逆効果」
ユウキは、遥が何故こうなってしまったかはよく分かっていなかった。
しかし、自分に服を貸した事がきっかけになっている事は、遥たちの話から理解出来ていた。
自分のせいで遥に健康を損なって欲しくないと思ったユウキは、この状況において最も彼女に効果的な言葉を使った。
「うぐっ」
本当は分かっていた。
このやり方では長続きせず、本当の意味で痩せる事が出来ないと。
無理に断食をして体重を減らしても、その後に押し寄せる反動で食べ過ぎてしまい後悔してしまう事も、経験者である遥には分かっていた。
だからこそ、ユウキの言葉は遥の心に響いた。
そして、がっくりとうな垂れる。
「ああああ!! もう、わかった!! やけ食いじゃーーーぁ!! 」
なりたい自分がいるが、努力の方法が間違っている。
改めて現実を思い知った遥は、感情の行き場を失い絶叫した。
そして、そのまま走り出しフードコートの人混みの中に消えていった。
しばらくすると、石焼ビビンバと大皿のプルコギの乗ったプレートを持って遥が帰って来る。
「すごい量」
さっきとは打って変わり、高カロリーな料理を2品も持ってきた遥を見たマオは、その両極端な行動に目を丸くしていた。
「やけ食いって言ったでしょ! さぁ食べるよ!! 」
ヤケクソになったとしか思えない遥は、ビビンバを大きな匙で勢いよく掻き込む。
それを合図にマオ達も食事をはじめた。
「突然だけど、今日の予定を変更したいと思います! 」
全員が食事を終え一息付いていると、完全にいつもの調子を取り戻した遥が口を開く。
「漫太郎に行かないって事か? 」
いきなりの予定変更の言葉にマオは、思わず聞き返してしまう。
「漫太郎には行くよ! でも、お昼ご飯を食べるだけ。その後はバスで移動して、モールシティーに行こうかなと」
腰に両手を当てた遥は、いつもの弾むような元気な口調で話した。
「モールシティー? 」
聞きなれない単語が飛び出した事で、晋二は頭にハテナマークを浮かべている。
「そっか、晋二達が知らないのも無理無いよね。モールシティーっていうのは、大型の総合娯楽施設の名称で、ショッピングモールの中に、映画館とボウリング場とカラオケと、それからトレーニングジムとリゾートプールが入っていて、ここら辺で遊びに行くって言ったら、みんな真っ先にモールシティーの事を思い浮かべるんだ」
マオは、遥の話の邪魔にならないように、簡潔に要点をまとめて説明する。
「へー 俺、そういった所は初めてだから、すごく楽しみだよ! 」
幼い頃から司書になる為の英才教育を受けてきた晋二は、今まで人生の大半を自宅で過ごし、唯一の娯楽は漫画だけであった。
その為、家族と遊びに行った経験すら無く、テーマパークなどの娯楽施設は写真程度の知識しか無かった。
晋二は、まだ見ぬ新世界に期待を膨らませ無邪気に笑う。
「俺も丁度、モールシティー行きたかったんだ。実戦授業で使うシューズが欲しくて」
毎朝のランニングを日課にしていたマオは、トレーニングシューズにガタが来ている事を思い出し、遥の提案を賛成する。
「…… チョコバナナクレープ」
最早ユウキは、漫太郎という言葉が話題に出れば、反射的にこのワードが頭に浮かぶらしく、モールシティーの話を其方退けで、目をキラキラとさせて呟いた。
「あはは。ユウキちゃん昨日から、そればかり! モールシティーに行くのはユウキちゃんの服を買いに行く為だからね! 」
子供のように思いついた事を口にするユウキを可愛いと思った遥は、太陽のように明るい笑顔で話した。
遥が、このタイミングで行き先を追加したいと言い出したのには理由がある。
それは、ユウキが転入するにあたり、制服と学校指定ジャージとパジャマ以外の衣類を寮に持参しなかった事は、今後の学校生活に支障をきたすと考え、早めにこの問題を解決しようと思ったからである。
「…………………… 」
(また俺は、何であんな事を思っちまったんだろ…… )
3人が楽しそうに話している一方で、マオの左隣に座っている正輝は、何か別の事を考えている様子で、会話には参加をせず水を飲んでいた。