はじめての休日 3
ユウキの部屋を出た2人は、女子寮202号室 遥の部屋に向かった。
「さぁ、入って 入って」
遥は、元気よく扉を開きユウキを自室に招き入れる。
「……うん。隣だったんだ」
遥の部屋が意外と近かった事に驚いたユウキは、彼女に言われるがまま部屋に入る。
「…… ここが…… 遥の部屋…… 」
リビングのテーブルの下には、ブラウンのカーペットが敷いてあり、備え付けの食器棚の中には綺麗なティーセットが収納され、ベッドルームからは、淡いピンク色のカバーに巻かれた布団と枕が見えている。
そして、部屋の至る所には小さな動物の縫いぐるみが置いてあり、実に女の子らしい部屋になっていた。
遥の部屋は、自分の部屋と同じ造りなのに、ユウキの目には全くの別物のように見えていた。
「…… これ」
部屋に入ったユウキは、真っ先にテーブルの上に置かれた1体のテディベアを手に取った。
「ユウキちゃんは、スフィーちゃんが好きなの? 」
幼い女の子のように、テディベアを両手に持つユウキを見て笑顔になった遥は、彼女の右隣に立つ。
「…… うん、好き…… 昔、大切な友達からもらって、ずっと一緒にいる」
どこか寂しげな顔をしたユウキは、愛おしむようにして、両手に収まっているテディベアを抱き締める。
「それって、ユウキちゃんのベットの上に置いてあったのだよね。私も、昔からスフィーちゃん大好きだよ」
ユウキの部屋のベッドの上に、大きなテディベアが置いてあった事を思い出した遥は、囁くように優しく話した。
「…… 遥もそうなんだ」
自分の好きな物を共感してくれた事が、嬉しかったユウキは、顔全体を使って今の気持ちを表現した。
「!! 」
(笑った)
遥は、この時はじめてユウキが笑ったのを見た。
ユウキの見せた、いつもとは違う魅力に遥の目はしばらくの間奪われてしまった。
10年前に登場し、今もなお若い女性を中心に絶大な人気を博している、テディベアのスフィーちゃんの会話で2人の心の距離が更に縮まる。
「あっ、そうだった。ユウキちゃんに、似合いそうな服は」
ユウキの笑顔に見惚れ、本来の目的を見失っていた遥は、急いでクローゼットを開けた。
「これと これと これは、どうかなぁ? 」
ユウキが着る服を選ぶ遥は、楽しそうに開いた扉の中に頭を突っ込んでいる。
「これ、着てみて」
しばらくクローゼットの中を物色した遥は、デニムのショートパンツと、紺と白の長袖ボーダー丸首シャツ、黒いブルゾンをユウキに差し出した。
「…… うん」
いつもの無表情に戻ったユウキは、小さく頷くと遥から服を受け取った。
そして、なにを考えたか突然、遥の目の前で履いていたジャージのズボンに指をかけ一気に下ろした。
「ええ!! ちょっストップ!! あっちに、洗面所があるから、そこで着替えて!! 」
いきなりのユウキの行動に目が飛び出しそうな程、仰天した遥は、彼女の白い下着と細く綺麗な太ももが見えた瞬間、反射的に目を背け脱衣所のある洗面所を指差す。
「? 」
遥が同性だから関係なかったのか、異性だったとしても御構い無しだったのか、ユウキは首を傾げながら洗面所へ向かった。
「…… 遥、ベルト…… ある? 」
しばらくして着替え終えたユウキは、ショートパンツを両手で抑えるようにして洗面所から出てきた。
「えっ何? どうした…… の」
そのユウキの姿を見た遥は絶句した。
「…… ズボンが…… 緩い」
ユウキは、なんの悪気もなく遥から借りた衣類の問題を指摘した。
自分よりも身長が10cm 以上もユウキの方が高いのに、上着のサイズがぴったりで、ショートパンツのウエストが余ってしまっていた。
「ウソよ…… これはきっと何かの間違い…… そんなはずは」
(だって、ユウキちゃんは、いつもあんなに甘いもの食べてるから、そんな事はないはず)
現実を受け止めきれず乾いた笑いをした遥は、ユウキの腰に手を当てると膝から崩れ落ち、リビングの床に這いつくばった。
「これは…… 現実なの? ヒドイよ…… ヒドスギルヨ」
大好きなお菓子は食べ過ぎないように、遥はいつも自分に厳しくしてきたつもりだった。
もし、体重が数百g 増えようものなら数日間の断食を決行する程、鬼のように自分の管理をしてきたつもりだった。
だから、この世にこんな理不尽な事はない、現実はそんなに残酷ではない、そう願っていた遥の甘い考えは打ち砕かれ、負に満ちたオーラに包まれた。
「? ん」
どんなに甘い物を食べても太る事が出来ない体質のユウキは、遥がどうしてこうなってしまったのだろうと、考えたが分からなかった。
「ねっ! おかしいでしょ! 」
学生寮1階のフードコート入り口付近。
遥は、ついさっき起こった出来事の不公平さを、マオと晋二に終始涙目で訴えかけていた。
「あぁ。ユウキは、細いからね。でも遥は、気にするほどでもないと思うよ」
異性としてコメントに困るデリケートな話題と、ものすごい迫力で自分の顔を見る遥に、返答の失敗は許されないと本能で察した晋二は、脳をフル回転させ最も無難な言葉を導き出した。
「俺もそう思う。遥は、いつも気にしすぎだと思うよ」
(それよりも、変な病気とかじゃなくて良かった)
遥の体を心配していたマオは、フォローをしつつ、心の中で胸を撫で下ろしていた。
「マオくん、晋二君、ありがとう」
晋二とマオの言葉を聞いて、遥の表情は少し和らいだが、まだいつもの笑顔とは程遠い。
「それで、ユウキの着ていく服は見つかったの? 」
遥の顔が少し明るくなった。
マオは、今ならと率直な疑問を口にする。
「一応ね。さすがに、学校ジャージで遊びに行かせるなんて出来ないから」
ユウキに合う服が見つかったのは嬉しい事のはずだが、遥はどこか複雑そうな顔で笑う。
「そうなんだ。あとさ、ここで立ち話もなんだから、そろそろ中に入る? 」
遥の様子から、これ以上この話題を掘り下げてはいけないと感じたマオは、急いで話題を切り替えた。
「あっそうだね。ごめんね、長話しちゃって」
動揺し周りが見えていなかったとはいえ、人の往来の激しい場所で随分と長い間、マオ達を引き止めていた遥は、申し訳なさそうに頷く。
「全然いいよ。じゃあ行こうか」
周囲に気を配る程の余裕が出てきた遥を見たマオは、彼女を元気付けるように笑うと一歩前に出る。
それを合図に、遥と晋二とユウキも目の前のフードコートに向かって歩みを進めた。