はじめての休日 2
「えーーぇ!! 昨日の大きなバックはなんだったの!? 」
ユウキが夢図書館本部の寮から持参した、巨大なスポーツバッグの中には、たしかに何かがぎゅうぎゅうに詰められていた。
学生寮の1階からユウキの部屋がある3階まで、そのスポーツバッグを運んだ遥は、その重量から大量の衣類や、日用品が入っているのだと思っていた。
しかし、ユウキがレイアウトしたと言った部屋は、ベットに置かれたテディベア以外、引き渡されたばかりの状態と何1つ変わっておらず、リビングの床に置かれた、中身が取り出され、平べったくなったスポーツバッグを見た遥は、自分は一体何を運んだのだろうと、取り乱していた。
「…… これが入ってる」
ユウキは、リビングにあるキャビネット型食器棚の下台の扉を開いた。
その中から飛び出した、アメやチョコレート、クッキーなどの大量の菓子類が、雪崩のように床へ散らばった。
「………… 」
ユウキの足元で山積みになった菓子袋を見た遥の脳は、目の前の現実から逃げるようにして、考える事をやめた。
「……はるか? 」
どこか遠くを見つめ、絶句した遥を心配したユウキは、彼女の顔の前で右手を振る。
しかし、遥の反応は無かった。
「かっ確認!! ユウキちゃんが、何を持ってきたか見せてもらってもいい? 」
5秒間の長旅を終えた思考力が、ようやく脳に帰ってきた遥は、まずこの現状を把握しようとユウキに指示を出す。
「…… うん」
パニックになりそうな頭を必死に落ち着かせようとしている遥とは裏腹に、いつも通り落ち着いた様子のユウキは冷静に頷いた。
部屋中を歩き回ったユウキは、持参した菓子類以外の荷物を、リビングにある机の上に並べた。
「まずは洗面用具ね。ボディーソープ、シャンプーとリンス、歯ブラシと歯磨き粉、洗顔石鹸、化粧水と乳液。一応揃ってるね」
(ユウキちゃん、結構いいの使ってるんだ)
同い年の女の子として、絶対に持っていてほしかった類の物が出てきた事で、遥は一安心し、それがブランド物だった事に少し驚いた。
「…… パパが持たせてくれた」
年頃の女の子が、歯ブラシや歯磨き粉ならまだしも、ボディーソープやシャンプー、基礎化粧品までも、父親とはいえ異性に選んでもらっているという、一般的には考えにくい事をユウキはそれが当然のように話した。
その何気ない一言に、衝撃を覚えた遥だったが、同時にユウキの父親が娘を溺愛しているのが手に取るように伝わる。
「次は服だね、下着と靴下、学生服の夏服と冬服。それから、今着ている学校指定ジャージに、これは? 」
気を取り直して、荷物の確認をしていく遥だったが、男物にしか見えない衣類が混じり込んでいる事に気が付き、ユウキに質問した。
「…… それは、パジャマ…… 黒いのが夏用で…… 青いのが冬用」
遥が手に持った、上下真っ黒な半袖半ズボンのスポーツウエアーと、青を基調としたジャージをユウキは指を差しながら説明する。
「パジャマね! あとは?? 」
(女の子っぽくない…… )
この瞬間、遥は分かってしまった。
ユウキがあまりおしゃれに興味がない事に、そして基礎化粧品を含めた洗面用具を持たせる彼女の父親の気持ちが、少し分かった気がした。
「ユウキちゃん、これ何? すっごく軽いけど、中身ちゃんと入ってるの? 」
遥は、銀色の装飾が施された、いかにも重そうな黒いガーメントバッグを持ち上げる。
イメージとは違い、それが牛乳パック1本分の重量にしか感じず、驚いた様子で話した。
「…… それ、司書の制服…… 長時間の任務でも疲れないように、とても軽く出来ている」
ユウキは、無表情のままさらりと答えた。
「ええ!? これが司書の制服!! 中身見てもいい? 」
遥は、予想外の答えに、思わずガーメントバッグを両手に取った。
この学校に通っている生徒なら、誰しも憧れる物が手元にあるという現実に遥は驚いていた。
「…… 別に構わない」
ユウキは、コクリと頷いた。
「ありがとう! 」
遥は、興奮し若干震える手で、ガーメントバックを開き中身を取り出す。
縁に銀の装飾が施され、左右に銀ボタンが4個づつ付いている、漆黒のナポレオンジャケットと、同色のショートスカートが遥の腕の中に収まっていた。
「はじめて、司書の制服に触ったよ!! テレビとかじゃ重そうに見えてたけど、こんなに軽いんだね!! 私もいつか、これを着て任務に」
ガーメントバッグから取り出され、その重量をさらに軽くした司書の制服を持った遥は、自分が司書になった姿を想像し、顔をにやけさせる。
「…… 遥と任務に出たら、すぐ敵に発見されそう」
いつも賑やかな遥と、任務に出た時の事を考えたユウキは、難しそうな顔をして呟いた。
「それ、どう言う意味かな? ユウキちゃん」
ユウキに悪気のない事が分かっている遥は、冗談ぽく返した。
「…… 遥は、元気過ぎるから」
口下手なユウキは、言葉をオブラートに包むなんて、高等テクニックなど使えるはずがなかった。
「あはは。それって、私がうるさいって事かな? 」
ユウキに悪気のない事は分かっている、分かっているが、そのストレートな言葉に遥は、涙目で聞き返してしまう。
「…… うるさくない。遥は、みんなに心配掛けないように元気にしてる…… 遥は、優しい」
いつも、無表情で何を考えているか分かりにくいユウキは、しっかりと遥の本質を見極めていた。
素直すぎる性格の彼女は、ありのままの気持ちを臆する事なく彼女に伝えた。
「ユウキちゃん! ほんっとに、可愛いんだからぁ!! 」
自分の事をしっかりと見ていてくれている。
その事が純粋に嬉しかった遥は、気がついたらユウキに抱き付いていた。
「…… 荷物の確認は? 」
自分の胸の中にスッポリと収まった遥に、ユウキは首を傾げながら話し掛ける。
「あっごめんね。アレ? これでもう無いの? 」
驚いたり、慌てたり、感動したりと忙しかった遥の心は、ようやく落ち着きを取り戻した。
そして、荷物の確認を再開させるが、もう机の上には何も置かれていない。
「…… 持ってきた服は、これで全て」
またユウキは、とんでもない事実を断言した。
「っえ? これで全部? 私服は? 今日、遊びに行く時なにを着て行くの? 」
遥の心に訪れた平穏は短かった。
そして、再び混乱する自分との戦いが始まる。
「…… これで行く」
ユウキは、今着ている学校指定ジャージの胸の辺りを摘み上げた。
「ええええ! それで行くの!? 私服、持って無いの? 」
遥は、自分の認識が甘かったと痛感した。
ユウキは、あまりおしゃれに興味が無いのではない、全く興味が無かったのだ。
「……服は、今着てる」
開いた口が塞がらない遥に追い打ちを掛けるかのように、ユウキは無表情で的外れな事を言い出した。
「いやいやいや。学校ジャージって。これ以外に服は持って無いの? 」
遥は、トンチンカンな返事をするユウキに、言葉を変えてもう1度聞き直した。
「…… パパが買ってくれた服は全部、夢図書館の寮に置いてきた。動きにくいし、嵩張るから、お菓子がバックに入らなくなる」
甘い物を最優先事項として考えるユウキは、自信に満ち溢れた様子で話した。
「わからない…… ユウキちゃんが今なにを言っているか、ワカラナイヨ」
立て続くユウキの天然と言う名の猛攻に、片言で話す遥の脳はショート寸前だった。
そして、彼女の父親の苦労を垣間見た気がした。
「? ? ? 」
頭を抱える遥を見たユウキは、自分の発言の一体何が悪かったのだろうと考えた。
「よし、決めた!! 私の服を貸してあげる! 身長は、ユウキちゃんの方が高いけど、調整の出来る服だったら、着れると思うから! 」
遥は、ユウキの体を吟味するように見ると、数秒間なにかを考えてから大きく頷き、口を開く。
「…… ありがとう? 」
ユウキは、遥の好意を感じ御礼を言ったが、なぜ遊びに行くのに着替えなければいけないのか、その意味を理解出来ていなかったので疑問形になってしまった。
「じゃあ決まりね! さっそく、私の部屋に行こ! 」
にっこり笑った遥は、ユウキの右手を取り、部屋から連れ出した。
いつも、paradox 受け継がれる可能性を応援いただき誠にありがとうございます。
明日以降の投稿ですが、休日中から仕事に復帰する関係でペースが落ちます。
おおよそ3日に1部話ぐらいのペースになると思います。
ご迷惑をお掛けしますが、何卒ご理解をよろしくお願い申し上げます。