はじめての休日 1
4月4日 土曜日 午前8時20分
「ふぅ〜 マオ、手伝ってくれてありがとう。とりあえずは、こんな感じで」
袖に2本の白いラインが入った、上下青色の学校指定ジャージに身を包んだ晋二は、昨日引っ越して来たばかりの学生寮の自室の整理が終わった、達成感を感じつつ額に溜まった汗を青いハンカチで拭いながら話す。
「漫画の量はすごかったけど、あとの荷物はそこまで多くなかったから、意外と早く終わったね」
晋二と同じ学校指定ジャージを着ているマオは、顔に薄っすらとかいた汗をジャージの袖で拭うと、両手を腰に当て気持ちよさそうに伸びをする。
マオは、夢図書館高等専門学校に昨日、転入して来たばかりである、晋二の荷解き及び、部屋作りを早朝より手伝っていた。
朝はまだ寒さが残る4月頭 防寒の為、上下長袖長ズボンのジャージを着ていたマオと晋二だったが、家具を動かしたり荷物を運んだりと肉体労働が続き、すっかり汗まみれになっていた。
「本当に助かったよ! マオがいなかったら、絶対にお昼過ぎまで掛かってたよ」
夢図書館本部の寮から持参した、荷物が自分好みにレイアウトされた部屋を見渡した晋二は、改めてマオに感謝の気持ちを述べた。
リビングからベッドルームに置き直した本棚には、なんとか収まった85冊の漫画本が所狭しと立ち並び、クローゼットの中には学生服、部屋着、パジャマ、私服が収納され、浴室には洗面用具が置かれていた。
既に生活に必要な家電製品や、家具は学生寮の部屋に備え付けられていた為、その配置を変え、晋二の持参した荷物を収納する事で無事に部屋は完成した。
「役に立てて良かった。でも、朝の6時半からやってるから、そろそろお腹が限界」
マオは、晋二の部屋作りに夢中になっている間は、全く感じなかった空腹感に突如襲われ苦笑いをした。
「たしかに、そうだね。作業に熱中してると分からなかったけど、お腹空いたぁ」
マオの話を聞いて、自分も空腹である事に気が付いた晋二は、思わず自分の腹部に手を当てる。
「それじゃ、朝飯に行こうか」
そんな晋二を見て、マオが笑いながら発した一言で、2人は昨日も夕飯の際に利用した、学生寮1階のフードコートへ向かった。
休日である今日は、いつもより少し遅めに起きた部屋着姿の生徒達で、フードコートは賑わっていた。
「おはよう遥、ユウキ。丁度、そっちも終わったんだね」
マオは、フードコート入り口付近で、ユウキの部屋作りを終えたばかりの、同じ学校指定ジャージを着た遥たち2人を偶然見つけると声を掛けた。
「おはよう…… マオくん」
いつもなら、弾けるような笑顔と弾むように元気な口調で挨拶をする遥は、意気消沈し虚ろな目をマオに向け返事をした。
「どうしたの遥、大丈夫? まさか、また賞味期限切れのお菓子食べて、お腹痛いとか? 」
いつもとは明らかに違う遥の様子に、マオは過去に彼女が食中毒で、病院に救急搬送された事を思い出し真剣に心配した。
「違うよ…… でも、賞味期限が1週間切れても大丈夫、大丈夫ってお菓子を食べる食い意地の悪さが良くないのかな? 」
マオの言葉で遥は、次第に弱々しく負に満ちたオーラを発し、意味不明な言葉を呟きはじめる。
「本当に何があったの? その格好だと、ユウキの荷解きを、さっきまで手伝ってたって事だよね? 」
体調不良の人間が、部屋作りなんて重労働を手伝えるはずがない、だが目の前の遥は、まるで病人のように弱っている。
そのことにマオは、困惑していた。
「顔色も良くないし。もしかして無理してたんじゃ!? 」
いつも人に心配をさせまいと気をつかう遥なら、自分の不調を押してユウキの部屋作りを手伝ったのではないか、晋二はその可能性が濃厚と見て心配していた。
「…… 遥は、私に服を貸してくれた……… そして…… こうなった」
ぐったりと肩を落とす遥、その両脇には何が起こっているのか分からず困惑するマオ、今にも救急車を呼び出しそうな晋二、その3人をずっと見ていたユウキは、いつも通りの無表情のまま、彼女が今なぜこうなってしまっているか、その経緯を伝えようと口を開いた。
「ん? 」
ユウキの言葉から、どうやら遥は体調不良ではないと理解出来た晋二は、電話を掛ける為に取り出した創造免許証の操作を止めた。
だが、ユウキの発言の真相が読めず目を点にして硬直する。
「え? どういう事? 」
ユウキの話で余計に事態が分からなくなったマオは、逆に落ち着きを取り戻す事が出来た。
「…… だから、遥は……服を…… 」
マオの問い掛けに必死に答えようとするユウキだったが、言葉が上手くまとまらず、考え込んでしまった。
ユウキが黙ってしまった事によって、この場にいる4人の時間が完全に停止してしまった。
「ありがとう、ユウキちゃん。ここからは、私が話すね」
ユウキが自分の為に頑張ってくれている姿を見た遥は、重い腰を上げるようにして口を開いた。
遥が口を開いた事によって、マオ、晋二、ユウキの視線は彼女に集まった。
「現実って…… 現実って…… 本当っに、残酷で不公平なんだよ…… 」
そして、涙目になった遥は、堰を切ったかのように話しはじめた。
今から遡る事、1時間前 ユウキの部屋の前に到着した遥は扉をノックした。
「…… おはよう、遥」
扉の内側からロックが解除された金属音がすると、自分と同じ学校指定ジャージを着たユウキが出迎える。
「おはよう! ユウキちゃん、今日も可愛いよぉ!! 」
朝からハイテンションの遥は、挨拶するのと同時にユウキに抱き着いた。
ユウキは、いつもの無表情だったが心なしか嬉しそうだった。
「……ありがとう、遥が来る前に…… レイアウト? っていうの…… 少し自分でやってみた」
遥の負担を少しでも減らしたいと考えたユウキは、彼女の来る1時間前から部屋作りをはじめていた。
「そうなんだ! 見せて見せて! 」
遥は、幻想的な美しさと可愛さを高次元で併せ持つ、ユウキが一体どんなレイアウトで部屋を作ったのか、期待に胸を踊らせながら彼女の部屋に入った。
「うん」
目をキラキラと輝かせる遥にユウキは、自信満々な様子で彼女を自室に案内した。
「…… もしかして荷物って、これだけ? 」
ユウキの後に続いて部屋に入った瞬間、それまで笑顔だった遥の顔が一瞬にして凍り付いた。
遥は、顔が引きつり口が半開きのまま、恐る恐る質問をした。
「これだけ」
今、目の前で起こっている事が嘘であってほしい、そう願って質問をする遥に対し、ユウキはこの場において、彼女が最も恐れていた回答を即答し言い切った。
ユウキがレイアウトしたと言った部屋は、開き戸が全開でリビングからベッドルームが丸見えになっており、そのベッドの上には50cm 程の大きさのテディベアが1つ転がっているだけで、昨日から何1つとして変わっていない風景が遥の目の前に広がっていた。