学生寮 4
「…… おまたせ」
マオが振り向くと、そこにはいつもの無表情なユウキが立っていた。
「!? ユウキ…… そっそれは…… 」
マオは、目の前の現実が信じられないと、強張った表情で問い掛ける。
「?ん…… よるゴハン」
マオの質問に対し、当たり前のように答えたユウキの両手には、それぞれ別の皿に乗った生クリームでデコレーションされたハニーワッフル、チョコバナナクレープ、レアチーズケーキと極めつけは、高らかと4段に積み上げられたキングサイズのアイスクリームを器用に、という言葉だけでは言い表せない、物理法則を完全に無視しているとしか思えない、奇跡的なバランスで持っていた。
「すごい量だね。それ全部、ユウキちゃんが食べるの? 」
しばらく時間が経ち、フリーズの解けた遥は、自分の右隣に座るスイーツに囲まれたユウキに質問した。
「…… 夢粉の創造は、脳を使うから…… 糖分の補給は必要不可欠。最重要事項」
無表情のまま完璧に偏った持論を述べたユウキは、4段アイスクリームを食べはじめた。
「最初っから、アイスなの!? 」
ユウキの献立のチョイスだけではなく、食べ順にも驚かされた遥は、元々大きい目を更に見開いた。
「? アイス…… 溶けるから」
遥は、何を言っているのだろうとユウキはそれが当たり前のように、アイスを食べ進める。
「普段から、こんな食生活なのか? 」
これは何かの間違いであってほしいと思ったマオは、若干引き気味な様子で右隣に座る晋二に質問した。
「俺達、司書は本部にいれば大体給食だし任務中は携帯食だから、基本的にみんな同じものを食べて生活している。それを考えると、いつもこんなんじゃないと思うよ。たしかに、ユウキがかなりの甘党だって噂は聞いた事があったけど、まさかここまでとは思わなかったよ」
ユウキと同期で司書になった晋二は、これまでの司書生活で彼女と一緒に食事を取る機会が少なからずあったが、今日のような出来事ははじめてらしく、マオの質問に苦笑いで答えた。
「晋二君って、朝よりも印象変わったよね! はじめて教室に入って来た時は、もっと固そうで、真面目って感じがしたけど。今の晋二君は、いい意味で同い年の男の子って感じがするよ! 」
遥は、マオと仲良く話していた晋二の顔をじっと見た。
「実は、すごく緊張してたんだ。昼休みの時も言ったけど俺、学校はじめてでユウキ以外の同い年の人と接する機会が少なかったから、仲良くなれるか不安で」
他人への気遣いを怠らないよう、人をよく見ている遥の言葉に観念した晋二は、少し照れるようにして、悟られないようにしていた本心を話す。
「へぇ〜 そうだったんだね! ザッ真面目って、感じの晋二君も良かったけど、今の自然体な晋二君の方が、話しやすくて私は好きかな! 」
遥は、両方の晋二を優しく受け入れ、太陽のような笑顔を見せた。
「ありがとう、遥」
遥の好きという言葉に、一瞬ドキッと心臓が飛び跳ねた晋二だったが、彼女の底無しの優しさが心地よく、安心したように笑った。
「昼休みに話してた、今度の休みに漫太郎に行くって、言ってたのどうするんだ? 」
全員が料理の7割ぐらいを食べ終えたところで、マオはふと思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだった!! でも明日は、ユウキちゃんの荷解きを、手伝う約束してるから、えぇっと」
まるで、数日分の出来事を一気に凝縮されたかのような、非常に濃い1日を過ごした事で、遥は昼休みの話を完全に忘れるという、普段は絶対にしないような失態をしてしまい、頭を抱えて唸りだした。
「俺も明日、晋二の荷解き手伝うよ」
奇妙な唸り声を上げ、困惑している遥にマオは冷静に話し、晋二にアイコンタクトを送る。
「だったら、明日は早起きして、荷解きが終わってから遊びに行くのはどう? 」
マオからのアイコンタクトを受け取った晋二は、少し考えこの場における模範解答を導き出した。
「マオくん達もそうなんだ!! そうだね、晋二君の言う通り、明日は早起きして荷解きが終わってから、みんなで遊びに行こう!! 」
マオと晋二の協力プレイで、遥の問題は簡単に解決した。
遥は、自分を助けてくれた2人に感謝をするように、にっこりと笑う。
「うん。賛成! 」
マオは、即答し頷いた。
「俺も」
晋二は、右手でOKサインを作る。
「…… チョコバナナクレープ」
昼休み遥がした、漫太郎という喫茶店のチョコバナナクレープが美味しいという話を思い出したユウキは、食べるのを止めて呟いた。
「ユウキちゃん。今、食べてるじゃん」
今まさにチョコバナナクレープを食べていたユウキが、同じチョコバナナクレープを欲した事で遥は、笑いながらツッコミを入れてしまう。
遥とユウキの漫才のようなやり取りに、マオと晋二は人目を憚らず、大笑いをした。
「正輝には、また私から連絡しておくから」
食事を終え、それぞれに食器を片付けると、遥はマオにしか聞こえないように小声で話す。
「ありがとう、そっちは任せるね。さっきも話したけど、今から正輝の部屋に行って来るよ。さすがに何も食べないのは、体に悪いと思うからさ」
不安そうな顔をする遥を、マオは元気付けるように微笑んだ。
「うん。わかった」
マオの気持ちが伝わった遥は、声のトーンを少し上げて答えた。
遥との話しを終えたマオは、全員に「また明日」と告げると、学生寮1階のコンビニエンスストアで、栄養ドリンク、スポーツ飲料、そしてレトルトのお粥を購入し、正輝の部屋へと向かった。
男子寮218号室、正輝の部屋の前に到着したマオは、心の準備をしてノックをする。
左手が扉に触れた瞬間、マオの脳裏には、昼休みに見た暗く寂しくどこか影の入ったような正輝の顔が浮かんだ。
「…… 」
無言で開いた扉の向こうには、パジャマとして使っている緑色のジャージを着た正輝がマオを出迎えた。
正輝の顔は驚く程スッキリとしており、それはマオがいつも見る彼の顔そのものだった。
「体調、大丈夫? 」
正輝の顔を見て安堵したマオは、先程コンビニエンスストアで購入した物が入ったレジ袋を渡す。
「気ぃつかわせて悪いな。明日、俺も行くよ。今、遥からメールがあった」
気まずそうな様子の正輝は、若干の笑みを浮かべるとマオからレジ袋を受け取った。
「本当か!? でも体調が悪かったら無理しなくていいよ」
マオは、いつもの正輝にもどった事が嬉しかったが、それ以上に彼の体の事を心配していた。
「明日には、良くなると思うから」
(俺が行かなくても、いいって事かよ)
正輝は、本心をマオに隠すようにして無理矢理、笑った。
「じゃあ今日は、早く寝ないと! もう行くよ、おやすみ! 」
マオは、そう告げると本当に嬉しそうな様子で正輝の部屋を後にした。
「…… おやすみ」
そう言って扉を閉めた正輝の笑顔は一瞬にして消え去り、なんの感情も感じられない真顔になった。