学生寮 3
「マオ、運んでくれてありがとう。ひとまずそこに、荷物を置いてもらってもいいかな」
マオ達2人が部屋に入ると、晋二は広いリビングの中央を指差した。
「この中、一体何が入っているの? すごい重さだけど」
かなりの重量があるスポーツバッグを床の上に置いたマオは、ストラップが掛かっていた、左肩をほぐすように大きく回しながら話した。
「これだよ」
自慢げに話す晋二は、マオが置いたスポーツバッグのジッパーを開き中身を見せた。
そこには、所狭しと、80冊を超える漫画本がびっしりと詰まっていた。
「えっ? すごい量! これ本棚足りるかな? 」
今日の昼休みに、晋二が漫画好きと話しているのを聞いていたマオだったが、まさか大量の漫画本を学生寮に持参する程の漫画好きだったとは思っておらず、目を丸くして驚いていた。
「すごいでしょ。でも、今日持って来たのは、ほんの一部で夢図書館本部の寮にはまだまだあるよ。この本棚ならギリギリ足りるんじゃないかな? 」
驚くマオを見て楽しそうに笑う晋二は、リビングにある空の本棚と持参した漫画本を見比べていた。
「漫画で図書館が開けそう」
ほんの一部、その言葉を聞いたマオは、晋二が一体どのぐらいの漫画本を所有しているか、検討がつかず、感心したように呟いた。
「たしかに、そうかもね。でも、ちょっと多過ぎるかな。報酬の大半が漫画になってるんだよね。今は、電子書籍もあるけど、やっぱ読んでるって感じのする本が好きなんだよな」
漫画本が好きではあるが、買えば買うほど部屋のスペースが圧迫されてしまう、かと言って電子書籍はあまり好きではないというジレンマに悩まされる晋二は、筋金入りの漫画愛をもっているという事が見て取れる。
「そう考えるとそうだ。紙を捲る感覚がないと、あまり読んでる感じがしない」
晋二の何気ない話に強い共感を覚えたマオは、納得したように口を開く。
「さすが、マオも分かってくれるか!! って、そうだった。さっきの場所へ戻らないと。遥とユウキ、もう待ってるかもしれない」
マオが共感した事で嬉しさを爆発させた晋二だったが、遥としたみんなで晩御飯を食べるという約束を思い出し、時間を心配しはじめる。
「そうだね、そろそろ行かないと。それと明日、荷解きやるなら手伝うよ。2人でやった方が早く終わるから」
右手首の腕時計で現在時刻を確認したマオは、晋二と部屋の出入り口に向かって歩き出す。
歩いている途中、マオは晋二の多すぎる荷物を気遣い、さりげなく明日の予定を聞いた。
「本当に!? ありがとう、丁度、明日やろうと思ってたんだ」
晋二は、満面の笑みを見せてマオの申し出を受けた。
「了解。時間はまた連絡して」
「うん。本当に助かるよ」
マオと晋二は、互いに生徒手帳と創造免許証を出し、連絡先の交換をした。
交換が終わると、2人は足早に集合場所である学生寮1階ロビーへと向かった。
「よかった。まだ、誰も来てないみたいだ」
「そうだね。2人を待たせなくてよかったよ」
マオと晋二の2人は、他の生徒達で賑わう1階ロビーへ到着した。
「おまたせ! 」
「…… 」
間も無くして、身長の低い自分が人混みに紛れないように、右腕を頭上で元気よく振りながら歩いて来る遥と、その後ろを静かに歩くユウキが到着した。
「正輝、どうだった? 」
親友である正輝の様子を心配していたマオは、遥が来るや否や、彼女にしか聞こえないように耳元で話し掛けた。
「食欲が無いから来れないって」
表情が暗くなった遥は、マオの耳元で心配そうに話す。
「ありがとう。後で正輝の部屋に行って、様子を見てくるよ」
「うん。お願い」
手早く会話を終えたマオと遥は、何事も無かったかのように晋二とユウキの方へ振り返る。
「どこで食べたいか、希望ある人!! 」
遥は、弾けるような笑顔で右手を高らかに挙げながら、3人の顔を交互に見て問い掛けた。
「フードコート…… さっき、マオからスイーツのお店があるって聞いた」
遥の問いに1番に飛びついたのは意外にもユウキだった。
普段あまり自発的に話さないユウキは、一生懸命になってフードコートの魅力を伝えようとしていた。
「いいんじゃないか、フードコートならみんな好きなものが選べるし」
ユウキが自分の話を覚えていてくれた事が嬉しかったマオは、彼女の意見を後押しした。
「俺も構わないよ」
この3人の中でユウキといる時間が最も長い晋二は、積極的に意見を述べる彼女に驚きつつも賛成する。
「私もユウキちゃんに賛成だから。じゃあ、決まりね!! 」
遥は、両手を元気よくパンっと叩くと、マオ達の先頭に立ちフードコートに向かって、歩きはじめた。
マオ達がフードコートに入ると、既に食事を終えた生徒の集団が、食べ終えた食器を片付けている最中だった。
「あっ! あそこの席、丁度4人掛けだよ! 」
埋まっていた席が次々と空席になっていく中、遥は丁度4人全員が座れる席を見つけると、子供が宝探しで宝物を見つけた時のように喜んだ。
この時間はいつも多くの人で賑わうフードコートだが、今日が始業式のある特別な時間割であった為、寮にいつもよりも早く帰る事の出来た生徒達は、放課後の貴重な時間を有意義に過ごそうと、早めに夕食を取っていた。
「じゃあ、みんな。各自ご飯を買ったら。またこの席に集合だよ! 」
元気に注意事項を説明した遥は、テーブルの上に水色のハンカチを席取りの意味を込めて置いたのを合図に、4人はバラバラにフードコート内を歩き出した。
しばらくしてマオはオーソドックスな醤油ラーメン、遥はキムチの乗ったカレーライス、晋二は大きな海老の天ぷらの乗った蕎麦を持って席に戻って来た。
「わぁ!! マオくんのラーメン美味しそう!! あっ! お蕎麦だ、渋いねぇ! お昼も鮭のおにぎり食べてたし、晋二君って和食が好きなの? 」
テーブルの上に置かれた料理を見て、遥は少し興奮気味に話していた。
「そうだよ。俺、和食好きなんだよ」
晋二も遥の笑顔に巻き込まれるかのように、笑いながら話していた。
「やっぱり、そうだったんだ!! あっ!ユウキちゃんだ! おーい、ユウキちゃ…… ん」
晋二とマオの真後ろ、遥から見て正面からユウキが歩いて来る。
遠目でユウキを見つけた遥は、彼女に向かって元気よく右手を振った。
しかし次の瞬間、ついさっきまでテンションの高かった遥の動きが突然止まった。
「ん? どうしたの遥? って、ゆッユウキ!? 」
正面を向いたまま、思考も動きも完全停止した遥に晋二は、何が起こったのかと思い彼女の視線の先を追うようにして、自分の真後ろを見た。
そして、全てを理解した晋二は、遥と同様に固まった。
「遥? 晋二? 」
同じ方向を見てフリーズする2人に、これは只事ではないと思ったマオは、恐る恐る自分の後ろを見た。