学生寮 2
学生寮の自室に戻った正輝は、月灯りが窓から薄っすらと差し込む暗い室内で、ベッドに寄りかかるようにして座っていた。
(五木、いったい何のつもりだ!? 遥にも馴れ馴れしくしやがって。マオもマオだ、今まで散々人にバカにされてきたのに、なんであんな簡単に初対面のヤツを友達と言って、信じられるんだ? 去年までのあの時間はなんだったんだよ!! 俺とお前の1年間は、あいつらと過ごした、1日にも満たない時間と同等だって事なのか? それに今日の基礎測定の時も、あんな事が出来るなら、友達の俺と遥にぐらい言ってくれてもよかったんじゃないか!? くそ!! 遥も五木が少しイケメンだからって尻尾振りやがって。転入生は俺達と同じ年で既に司書、桁違いの才能をもって生まれた選ばれし人間だ。絶対に俺達の事を、マオの事を心のどこかでバカにしているはずだ)
今日はじめて会った人間に、友達を取られてしまうのではないかという恐怖と、親友だと思っているマオが自分に、重要な事を話してくれなかったという疎外感。
この2つの感情が胸の中で渦巻き、正輝は奥歯を噛み締め、曲げた右足を見るようにして、力なく顔を俯かせた。
♫〜 ♫ 〜
正輝の生徒手帳がメールを受信し、悲しく暗い部屋の雰囲気には、全く合わない明るい着信音を発しながら、激しく点滅をした。
「誰? 」
憎しみと怒りで胸の中が満たされつつある正輝は、ゆっくりと立ち上がりベッドの上で充電をしていた生徒手帳を手に取ると、雑に充電コードを外し画面を確認する。
「遥かよ」
送り主は遥だった。
ついさっき、不機嫌な態度をあからさまに出して、自室に戻って来てしまった正輝は、気まずさから一瞬メールを読むのを躊躇したが、どうしてもメールの内容が気になってしまい生徒手帳を操作した。
正輝の生徒手帳には実に遥らしく、元気でいて優しさに溢れる文章が表示された。
もぉ なんでさっき帰っちゃうのさ?
お昼ぐらいからずっと変だったけど 何かあったの? 悩んでる事があったら相談しなよ。
わたしたち 幼馴染なんだからさ!!
あと 吉村君と色々あった時に強く言っちゃって ごめんね。
正輝に何かあったらマオくんも私も悲しいと思ったら ついね。
正輝の優しさは昔からよく知ってるよ!
だから1人で抱え込まないでね。
それで 今からマオくんと晋二君とユウキちゃんとで晩御飯食べる事にしたんだ♪
もちろん正輝もだよ!!
1階のさっきのソファーの前に18時集合だから正輝も来てね!!
待ってるよ (*≧∀≦*)
「はぁーーぁ。違う、そうじゃないんだよ。なんで、そいつらが一緒なんだよ」
遥のメールを見た正輝は、立ったまま悲しそうに、ため息をつくとメールの返信を入力する。
ごめん、食欲ないから行けない。
メールを見て表情を無くした正輝は、生徒手帳をベットの上に放り投げた。
ベッドの上でバウンドする生徒手帳は、遥からの返信を知らせる。
「はぁぁ」
不機嫌そうに息を吐いた晋二は、生徒手帳を拾い上げる。
大丈夫?
無理しないでね!
今度は ぜったい来てね♪
おやすみ。
メールを確認した正輝は、返信をせず生徒手帳の電源をオフにした。
「…… もう、俺がいなくてもいいって事なのかよ。何も知らないクセに」
眉間にしわを寄せ、右手の親指の爪を噛んだ正輝は、自室のシャワー室へ向かった。
学生寮の階段を上った遥とユウキの2人は、女子寮201号室の前に到着した。
そして、ユウキは、金色の文字で201と書かれたエンジ色の扉に付いている金色のドアノブへ、創造免許証を近付ける。
すると、鈍い金属音と共にドアロックが解除され、ユウキと遥は部屋の中に入った。
「…… ここが私の部屋」
ユウキは、掃除の行き届いた綺麗な部屋を見て少し口角を上げた。
白を基調とした洋風の10畳のリビングには、何も入っていない空の本棚、白いカーテン、木製テーブルと4脚の椅子、8畳のベッドルームと別々になっているトイレと浴室、生活に必要な電化製品は全て揃っており、今すぐにでも新生活をスタート出来るぐらいの設備が整っていた。
「まずは、荷物置こぉ〜 」
大量に荷物が詰められ、今にもはち切れそうなスポーツバッグが相当重かったのか、遥は疲れた様子で呟く。
「ん〜 重かった」
(これを担いで、学校から歩いて来たんだ。ユウキちゃんって、意外と力持ち? )
荷物を床に下ろし、猫の様に伸びをしながら呟く遥は、強く握ったら折れてしまいそうな程、細いユウキの体の一体どこにそんな力があるのだろうと不思議そうに見ていた。
「 …… 学校から寮まで…… 遠い」
重い荷物を持って長距離を歩き、疲れてたのかユウキは、学校の設備にツッコミを入れてしまう。
「あはは。だよね! だよね! 私もはじめて登校した時に、そう思ったよ! いつまでこの道が続くの? って」
普段から無表情なユウキが、不満そうに本心を口にした事で彼女に、更なる親近感を抱いた遥は笑顔で共感した。
「…… 設計ミス」
よほど不満だったのかジト目のユウキは、立て続けに学校の設備へツッコミを入れる。
「あっははは! ユウキちゃん面白い!! 」
ユウキの意外なツッコミ気質という新たな一面に遥は、お腹を抱えて爆笑していた。
「…… 五木もだけど、私が話すと時々みんなに笑われる…… 私は…… 変? 」
なぜ今、遥が大笑いしているのか理解出来ていないユウキは、不思議そうに首を小さく傾げると、自分の中でずっと疑問に思っていた事を口にする。
「全然、変じゃないよ。ユウキちゃんの、そういう真面目なところも、すごく真っ直ぐなところも、可愛くて大好きだな」
どこか悲しげな様子で質問をするユウキに、遥はにっこりと微笑み優しい口調で答える。
「…… ありがとう………… 遥」
遥は、なんの躊躇いも無く、正直に自分の胸の内を話してくれた。
ユウキは、遥がありのままの自分を受け入れてくれた事が嬉しかったのか、少し照れた様子で頰を赤らめ、恥ずかしそうに下を向いた。
「もぉ〜 本当に可愛いんだから!! 」
ユウキの照れ隠しをする姿が可愛くてたまらない遥は、我慢出来ず思い切り彼女に抱き付いた。
「……………… 」
(暖かい)
ユウキは、少し苦しそうにしていたが遥の心の温もりを感じ、彼女を引き離そうとはしなかった。
しばらくユウキに抱き付いていた遥は、何かを思い出したかのようにスカートの右ポケットから生徒手帳を取り出した。
「そうだ。正輝に晩御飯の集合時間と場所を送らないと」
遥は、生徒手帳を手早く操作してメールを送った。
♬〜 ♬〜
遥がメールを送信してから、約3分が経つと正輝からの返事が返ってくる。
ごめん、食欲ないから行けない。
「正輝、大丈夫かな」
遥は、たった1行の返信を見ると酷く心配した様子で口を開く。
「…… 私達がいるから? 」
ついさっき、学生寮1階ロビーで正輝に向けられた敵意剥き出しの目を思い出したユウキは、ぽつりと呟いた。
「ちっ違うよ。昨日の夜からずっと漫画読んでて寝不足で辛いって、正輝が昼休みに言ってたから、ユウキちゃんや晋二君のせいじゃないよ! 」
朝は普段ん通りだったのに、晋二とユウキがいる所で突然、不機嫌になったりと今日の正輝には不自然な点があったが、遥は彼が出会ったばかりの人を毛嫌いする人間ではないと信じているので、ユウキの言葉を優しく否定した。
だが、そうする事で遥の心のどこかに微かな不安が残ってしまった。
「…… うん」
正輝のあの目が脳裏に焼き付いてしまっているユウキは、後ろ髪を引かれる感情を残しつつも頷いた。
「ユウキちゃんは、明日って暇かな? 」
遥は、正輝への返信メールを打ち込み、送信を終えるといつも通り元気な口調にもどっていた。
「…… 特に予定は無い」
ユウキもいつも通り無表情で答える。
「じゃあ明日、荷解きやろうよ! 私、手伝うよ!! 」
不安を搔き消すかのように明るく振る舞う遥は、右腕に力こぶを作る。
「……ありがと、遥」
遥が無理をしている事を感じ取ったユウキは、頑張って笑おうとしたが顔の筋肉が思うように動いてくれなかった。
「よし!! じゃあ今から、ご飯だぁ!! お腹空いたーーぁ! 」
元気よく叫んだ遥は、ユウキの右手を取ると彼女を引っ張り1階の集合場所へ向かう。