学生寮 1
太陽の約7割りが沈み、空はオレンジと漆黒の鮮やかなグラデーションになっていた。
その中をマオ達が5分ほど歩き進めると、角柱型の巨大な木造の建物が見えてくる。
「ここが学生寮だよ。そこの階段を上って玄関を入ってすぐの、右側の階段が男子寮の入り口で、左側の階段が女子寮の入り口に続いているから。そして、1階はフリースペースになっていて、コンビニと男女別の大浴場。それから食堂とフードコートもあるよ。さっきも言った通り2階からが男子寮と女子寮になっていて、2階の100号室から199号室が2人相部屋の1年生寮。3階の200号室から250号室が2年生寮。2年生から1人1部屋が与えられるんだ。4階の300号室から350号室が3年生寮。4年生と5年生は、夢図書館本部への研修生となり本部の寮を使用するから、この建物に部屋は用意されていないんだ」
学生寮が目の前に迫った所で、マオは簡単に内部の説明をした。
「かなり、充実してるんだね」
晋二は、学生寮の中だけで、なんの不自由もなく生活が出来る程の設備が整っている事に関心し頷いた。
「…… お菓子のお店 ……ある? 」
ユウキは、両目をキラキラと輝かせ、マオの真正面で背伸びをしながら質問をした。
「たしか、フードコートにアイスクリームとクレープとケーキのお店があったはずだよ」
(かっ顔が近い!! )
神が贔屓をしたとしか言いようのない程、非の打ち所の無く整った顔立ちのユウキが、互いの息が掛かりそうな距離に顔を寄せた。
必死に平静を取り繕うマオだったが、異性の顔がここまで近付いた事が生まれてはじめてだったので、心臓の鼓動が信じられないほど早くなり内心穏やかでは無かった。
「素晴らしい…… さっそく中に」
マオが必死に自分の理性と闘っている事も知る由もないユウキは、頭の中がスイーツの事でいっぱいらしく、目の中に星が見えるほど輝かせた。
「そうだね、結構暗くなってきたし、立ち話もなんだから早く中へ入ろう」
これ以上は、自分の理性がもたないと判断したマオは、逃げるようにして足早に学生寮の階段を上がった。
学生寮の1階は、ふんだんに上質な木材が使われ、高級洋風リゾートホテルのロビーの様に贅沢な造りになっていた。
「あっ!! やっと、帰ってきた。マオくん!!! 」
マオ達がガラス張りの自動ドアから寮の中へ入ると、1人の女子生徒が数十m 離れた場所からでも、はっきり聞こえるほど大きく元気な声で話し掛ける。
「おお〜い! 晋二君! ユウキちゃん! 」
大声でマオ達を呼んだ遥は、寮の出入り口から20m 離れた位置に置いてあるベージュ色のソファーに座り、缶ジュースを片手に空いている左手を頭上で元気よく振っていた。
「………… 」
その右隣には正輝が座っており、マオに向かって右手を小さく挙げる。
遥と晋二は、寮に帰って来てからマオの帰りをずっと待っていたのか、2人は部屋着に着替えておらず制服のままだった。
マオ達は、遥のすぐそばまで歩いて行く。
「ただいま」
(よかった。正輝の表情が少し良くなってる)
昼休みの時と違い、いつもの表情が戻りつつある正輝を見てマオは胸を撫で下ろす。
「おかえりなさい! ツヨちゃんに呼び出されたの大丈夫だったの? 」
ソファーに座ったままの遥は、両手で缶ジュースを持ち少し心配した様子でマオを見上げる。
「心配掛けてごめんね。大丈夫だったよ。岸田先生に呼び出されたのは、今日の測った創造スピードの件で、確認の為に再測定をするって事だったんだ」
瞬間創造の事を岸田から口止めされているマオは、遥に嘘を言わないように言葉を選んで説明した。
「なるほどね。たしかに、今日のマオくんにはビックリしたよ! 頑張っていた成果がやっと出たんだね。知ってたよ、マオくんが何度も測定室を借りて努力してたの」
今日の基礎能力測定で創造スピードを爆発的に向上させたマオを思い出すように、うんうんと頷いた遥は、成長した我が子を褒める母親の様だった。
「ありがとう。まだまだ課題が多いけど、絶対に夢図書館高等専門学校を卒業して、俺は司書になるんだ」
遥が自分の努力を認めてくれた事が嬉しかったマオは、胸を張って目標を口にした。
「マオさんカッコいい!! 」
爽やかな笑顔で晋二は、マオの肩を叩いた。
晋二は、いつもマイナスな発言ばかりするマオが、はじめて自信のある言葉を発した事が嬉しかった。
「それで、そいつらは何で一緒なんだ? 」
先程まで、若干の笑みすら浮かべていた正輝は、急に不機嫌そうな表情になると晋二とユウキの事を敵意むき出しの目で見ていた。
「晋二とユウキは、今日学校に到着したばかりで、寮の場所が分からないって言ってたから、一緒に帰って来たんだ」
(また、あの時と同じ顔に)
正輝は、昼休みの時と同じ、冷たく影の掛かったような表情になった。
その顔を見たマオは、再び恐怖にも似た感情を覚えたが、正輝に悪い印象を与えないように、冷静を装い平然と説明した。
「ふ〜ん、そう。じゃあ俺行くわ」
マオの説明をつまらなそうに聞いた正輝は、不機嫌そうに立ち上がり右側の階段を上がり男子寮へ行ってしまった。
「正輝、どうしたんだろう? 」
マオは、正輝が駆け上がった後の誰もいない階段を寂しそうに見て呟いた。
「普段から怒りやすい性格だけど、あんな正輝はじめて見るかも」
正輝とは幼馴染である遥も、彼が不機嫌になった理由が分からないと、首を傾げていた。
「………………… 」
マオと遥は、顔を合わせて正輝の事を考え沈黙する。
「…… 肩…… 痛い」
かなりの重量がありそうな、大きなスポーツバックを右肩からぶら下げているユウキが、ストラップが肩に食い込む苦痛に耐え切れず呟いた。
「あぁっごめんね!! こんな所で止めちゃって。ユウキちゃん部屋の場所分かる? 私、部屋まで荷物持ってくの手伝うよ」
我に返った遥は、慌ててユウキの方を見る。
「…… 職員室で部屋の鍵データを…… 創造免許証に入れてもらった」
ユウキは、スカートの右ポケットから取り出した、自分の創造免許証を起動させると、画面をタップ操作して学生寮データ画面を表示させた。
「女子寮201号室ね。じゃあバック貸して!! 」
遥は、元気よく座っていたソファーから立ち上がると、ユウキからスポーツバックを受け取り女子寮へ向かおうとするが、何かを思いついたのか一旦立ち止まりマオと晋二の方へ振り向く。
「そうだ! 私と正輝、まだ晩御飯を食べてないから荷物置いたら、またココに集まって一緒にご飯食べに行こ! 正輝には私から連絡するから」
「了解! じゃまたココで」
遥が弾むような笑顔で提案すると、マオは左手でOKサインを作り返事をする。
正輝が何かで困っていたり悩んでいたらと心配した遥は、彼を1人にしてはいけないと思い今回の提案をした。
「同級生と晩御飯!! 」
はじめての学校で、はじめての友達と、食事を取れる事に感動した晋二は、両手を力一杯に握り締め天を仰ぎ、感慨深い表情をする。
「晋二は何号室? 俺も荷物持つよ」
遥とユウキを見送るとマオは、感動で動きの止まっている晋二に話し掛ける。
「あっあぁぁ。えーっと、男子寮201号室だよ! ありがとう、お願いしてもいいかな? 実は、俺もう肩が限界で」
自分の世界から急いで帰還した晋二は、創造免許証を起動させ自分の部屋番号を確認し、カバンをマオに渡した。
「うん。任せて」
(こんな重い物を持ってあの距離を歩いていたのか!? )
晋二のスポーツバックが予想以上に重く、マオは意外なところで司書のすごさを思い知る。
「よし、行こう。 !? 」
まだ見ぬ自分の部屋にワクワクしている晋二を連れ、マオ達は階段を上り男子寮へ向かった。