夕日とユウキの帰り道
沈みかけた太陽が放つ炎のように、明るい光が校舎の窓から差し込む中、岸田の部屋を後にしたマオ達3人は廊下を歩いていた。
「マオ、1つお願いしてもいいかな? 」
岸田の部屋を後にしてからというもの何かを考えている様子で口を閉ざしていた晋二は、自分の右隣を歩くマオに話し掛ける。
「何かな? 俺にできる事だったらいいけど」
何かを思い詰めた様子で晋二に話し掛けられたマオは、何を頼まれるのだろうと身構えた。
「ありがとう。本当なら俺とユウキは、3日前に寮に到着している予定だったんだけど、直前の任務が長引いちゃって、ここに到着したのが今日の朝なんだ。だから、その…… 寮の場所が分からなくて。よかったら、案内してくれないかな? 」
どこか晋二は言いにくそうに事情を説明する。
今日の昼休み、軽はずみにマオへ頼み事をした結果、マオが吉村に攻撃されるきっかけをつくってしまった、晋二はそれをずっと引きずっていた。
その事が頭をよぎり、晋二の口が動くのを邪魔していた。
「あっうん。全然、大丈夫だよ」
晋二の様子から何かとてつもない事を頼まれると思い、身構えていたマオは、頼まれたのがただの道案内だったので拍子抜けした様子で引き受けた。
「ありがと!! じゃあ寮へ行こう!! 」
マオが快く引き受けてくれた事で、後ろ髪を引っ張られるような不安が消えた晋二は、満面の笑みを浮かべ昇降口へ向かって勢いよく歩きだす。
「うん」
(もしかして晋二、昼休みの事を気にして)
さっきまでの何かを悩んでいた顔から、笑顔になった晋二を見たマオは、彼の葛藤に気付き、何か言葉を掛けようとしたが、ここは何も言うべきでないと判断し、思い付いた言葉をそっと胸の内にしまった。
「…… 五木…… 職員室に荷物…… 置いたまま」
2人の後ろを歩いていたユウキが静かに呟く。
「あぁっ! 朝ギリギリだったから職員室に荷物を置かせてもらったんだっけ! マオ、申し訳ないんだけど荷物を取ってくるから、待っててくれないかな? 」
荷物の事を完全に失念していた晋二は、申し訳なさそうな顔をする。
「俺もリュックが教室だから、お互い荷物を取って来て校門前に待ち合わせでも大丈夫? 」
「了解! 校門なら場所も分かるし、大丈夫だよ!!」
マオの提案に晋二は、笑いながら右手でOKサインを作る。
「…… 了解」
ユウキは、無表情のままコクリと小さく頷いた。
晋二とユウキの2人は早歩きで職員室へ向かった。
マオは誰もいない教室に入ると、自分の机の左側に掛けてあるカーキ色のリュックを背負い、足早に集合場所である校門前へ向かった。
「さすがに、まだ来てないね」
誰もいない校門前に到着したマオは、小さな声で呟いた。
(今日、初めて晋二と相川さんの創造を見たけど、やっぱり学生とはレベルが違う。今後あのレベルに張り合っていくなら、やっぱり低すぎる圧縮率が問題だよな。去年から岸田先生にトレーニングしてもらっているけど、1年で2% しか伸びてないしな。うぅぅん、晋二と相川さんに、迷惑を掛けないように頑張らないと。それから…… )
マオは、校舎と校庭を取り囲む塀と同じ、赤い煉瓦造りになっている巨大な校門を見上げながら考え事をしていた。
「おお〜い、お待たせ!! 」
後方から大声で呼び掛けられたマオは、考え事を中断して振り向く。
すると、晋二とユウキが必死な形相で走って来る。
「そんな急がなくてもいいのに。って、スゴイ荷物だね!? 」
大きめのキャスター付きバックを引きずり、部活で遠征に行く時に使うような大きさのスポーツ用ショルダーバックを肩からぶら下げた晋二とユウキが、マオをなるべく待たせないように、広い校庭を走っていた。
その姿を見たマオは優しく声を掛ける。
「はぁ はぁ、待たせてごめん。夢図書館の寮から荷物を持ってきたんだけど、緊急の任務が入っても大丈夫なように、司書の制服やら道具やらで気が付いたら、こんな大荷物になっちゃって」
大荷物を持って500m 以上の距離を全力失踪した晋二は肩で息をしていた。
「はあ、はあ……五木が急に……走るから。はぁ はぁ」
息が上がったユウキは、膝に両手を付き肩を上下させながら、珍しく不機嫌そうに文句を言う。
「よし、そろそろ寮に向けて出発しよう。ちなみに寮まで1.2キロあるけど大丈夫?」
2人の息が整うのを待ってマオは口を開く。
「ええっ!? そんなに遠いの? 」
マオの言った言葉が信じられないと、晋二は驚くのを通り越して表情が無くなる。
「…… 夢図書館のトレーニングと同等…… もしくは、それ以上の厳しさ」
ユウキの両目の光は失われ表情を暗くする。
マオは、沈みゆく夕焼けと同じ様に、気持ちの沈んだ2人を引き連れ、学生寮までの長い道を歩きだす。
「同い年で司書になったすごい人だから、どんな人達かと思ったけど。2人が本当にいい人で良かった」
桜の花弁が点々と散らばる石畳をしばらく歩いた所で、気の抜けたマオは、何気なく自分の気持ちを呟いた。
「ぶっふ、あっははは! 俺達、同じ16だよ! なんだと思ってたのさ? 」
マオが思わず口にしてしまった言葉に、晋二は思い切り吹き出した。
「ごめん。正直、仲良くなれるとは思わなかった。どうせ、他のクラスメイト達と同じように、バカにされて相手にされないと思ったから。俺って才能ないから…… そんな俺と友達になってくれて、ありがとう」
意図せず本音を言ってしまったマオは、一瞬やってしまったという表情を見せたが、晋二の笑いに釣られ笑顔になった。
「当たり前だよ! おかしいのは才能が無いと決めつけてバカにする方だ!! 俺もマオや遥が友達になってくれて嬉しいよ。それと、マオの〝俺には才能が無いから〟禁止!! あれだけスゴイ事ができて才能が無いって、嫌味か? このヤロー 」
笑顔を絶やさない晋二は、冗談交じりに自分の本心を話す。
「…… そう、あれだけの技量があるのに…… 驕らない、瑠垣君はいい人」
2人の後ろを歩き、会話を聞いていたユウキがいつもよりも大きな声で話す。
「ありがとう晋二、相川さん」
2人の優しい言葉に顔が夕日と同じ色になったマオは、照れた顔を隠すように前を向いたまま感謝の言葉を口にする。
「…… 五木だけ不公平」
和やかで優しい雰囲気が立ち込める中、なぜかユウキは不機嫌そうだった。
「えーっと、何が不公平なんだい? 」
ユウキの意味不明な発言に目を点にした晋二は聞き返す。
「…… 名前の呼び方。瑠垣君は友達を名前で呼ぶ。五木と私は、今日はじめて瑠垣君に会ったのに…… 五木だけ晋二と名前で呼んで、私を相川さんと呼ぶのは…… 不公平。私の事もユウキと呼ぶべき」
名前の呼び方など全く気にしていないと思っていたユウキの意外な発言に、マオと晋二は面食らった様子。
「ごめんね。じゃあユウキでいい? 」
マオはユウキの方へ振り向く。
「…… うん。私もマオと呼ぶ」
同じ無表情でも笑っているようにも、少し照れているようにも見えるユウキの顔は、夕焼けの影響なのか、いつも以上に神秘的な印象をマオに与えた。