基礎能力測定 3
「おい! 五木の番だぞ!! 」
「もしかしたら、世界記録の更新が目の前で見れるかも」
「どけよ!! 俺だって見たいんだ」
創造スピードの測定の為、晋二が前に出ると興奮しきった生徒達が、期待に胸を膨らませ彼を見ていた。
「晋二君って、たしか去年の推薦入試の時に、創造スピードの世界新記録を出したってニュースで大騒ぎになってたよね? 」
身長が低く周りの生徒達に埋もれる遥は、晋二を見ようと両足の脹脛を小刻みに震わせながら一生懸命に爪先立ちをし、右隣にいるマオに小さな声で話し掛けた。
「うん。そのあまりにも速い創造スピードに、晋二の創造は高速創造と呼ばれている」
遥の問いに小さく頷いたマオは、晋二の創造を見逃すまいと目を大きく開き、固唾を飲んで測定が始まる瞬間を待った。
「お願いします」
静かでいてどこか重たい雰囲気を纏っている晋二は、学生服右胸ポケットから創造免許証を出すと岸田に手渡した。
「頑張れよ」
測定に向け集中力を高める晋二に対し、言葉少なめに声を掛けた岸田は、創造履歴の読み取りが終わった創造免許証を彼に返す。
「はい」
ただならぬ緊張感を発する晋二は、圧縮率の測定の時と同様に岸田へ会釈をすると、立体モニターに向かい右手をゆっくりと伸ばした。
「いくぞ。1 2 3 」
岸田の合図と共に立体モニターの画面は、バスケットボールとダガーナイフと白い靴下を映し出し、晋二はそれを異次元の速さで創造をしていく。
「さすが高速創造の異名を持つだけあるな。3.03秒だ」
「よし!! 」
晋二の創造スピードは自分が持つ世界記録である3.09秒を0.06秒更新する結果となり、岸田は高まる興奮を必死に押さえつけるよう冷静を取り繕いながら結果を告げる。
緊張の糸が緩んだ晋二は、喜びを小さなガッツポーズで表現した。
「すげぇ!!! 」
「本当に世界記録の更新の瞬間が見れるなんて!!」
「あれが高速創造か…… 速すぎんだろ!? 」
学校で行われた測定中に創造スピードの世界記録が更新され、生徒達は驚きを隠せず測定室の中はお祭り騒ぎになる。
その直後、岸田から「うるさい」と注意されたのは言うまでもない。
その後も生徒達は測定を行なっていき、遥は10.2秒、正輝は11.7秒、これまでの平均タイムは11秒前半となっていた。
「次、43番」
岸田は、マオの出席番号を呼ぶと意味深に笑みを浮かべた。
「はい」
生徒達は当然のようにマオを白い目で見た。
マオは、それをかき消すかのように凛とした声で返事をする。
すると、いつもと違うマオの態度に測定室内は沈黙した。
「無駄だけど頑張れよぉ」
その沈黙に反発するようにして吉村はマオを笑った。
「お願いします」
岸田から創造履歴の読み取りを終えた生徒手帳を受け取ったマオは、学生服の袖を七部袖の高さまでたくし上げる。
「いくぞ。1 2 3」
立体モニターは、サバイバルナイフとレイピアとククリナイフを映し出した。
マオは、それを職人のように淡々と創造していく。
創造が終わると測定室の中に異様な空気が立ち込める。
「今のって、かなり速かったんじゃないか? 」
誰も口を開かない中、1人の男子生徒が我慢出来ず恐る恐る言葉を発した。
「やっぱり? 見間違いじゃないよね? 」
「今、何が起こった? 」
男子生徒の発言を皮切りに、生徒達は口々に驚きの声を出す。
「3.50秒、こりゃ五木もウカウカしてらんねぇな」
動揺する生徒達を見た岸田は、思い通りに事が運んだと口元を少し緩め結果を告げる。
「!!!! 」
(やっぱりそうだ!! 岸田司書長がマオを面白いと言っていた理由。それは、この創造スピードだ。それなら俺と一緒に授業を受けさせたいと言っていた事とも辻褄が合う)
晋二は、自分の中の疑問が確信に変わり、体に雷を落とされたような感覚を覚えた。
「…… 」
(同年代で五木の他に3秒台の人がいるなんて)
ユウキは、珍しく目を丸くし驚きを露わにする。
「今、何秒だって? 」
「はっ!? 瑠垣って去年まで15秒ぐらいじゃなかったっけ? 」
「だっだけどよ。いっいくらタイムが良くても……… 圧縮率は散々だったし…… 」
去年まで実技試験の結果が学年最下位だったマオの創造スピードが、世界でも晋二を含め30人しか到達する事の出来なかった、3秒台という脅威的なタイムを記録し、生徒達はただただ唖然としていた。
「……………… 」
あまりの出来事に正輝と遥は、驚愕し声を出す事が出来ず固まっていた。
「なっ………… 」
ついさっきまでマオをバカにしていた吉村の表情は凍りついていた。
そして現実を受け入れられず、恨むような目でマオを睨む事しか出来なかった。
その後、誰1人として口を開かないまま創造スピードの測定は進み。
最後に測定をした吉村の結果は8.66秒、これで基礎能力測定の全項目が終了した。
「測定に時間が掛かりすぎたから、ここでホームルームやるぞ。今日はひとまず、これで終了、寮に帰ってよし。今日が金曜日で明日から休みに入るわけだが、月曜日に最初の実戦授業がある。だから遊びは程々にして、しっかり休んでおけよ。それから瑠垣は後で俺ん所に来い。んじゃ解散」
ホームルームが終わり教師モードが解けた岸田は、頭を掻きながらダラダラと測定室を後にする。
岸田が測定室のある格技場を出ると、生徒達はバラバラに歩き出した。
「マオくん、どうしたんだろう? 」
昼休み不機嫌そうだった正輝に遥は、勇気を振り絞って話し掛ける。
「さーな」
(あんな事が出来るなんてマオから一度も聞いた事なかったぞ。俺達ずっと一緒にいたのに)
岸田に呼び出されたマオを心配するように話す遥に、正輝は何か考えている様子で適当に返事をする。
正輝は、マオが自分の創造スピードの事を隠していたと思い込んでいた。
「そんなの決まってんじゃん退学勧告だろぉ。あいつの今日の成績見ただろ〜 あんなんでよく進級できたもんだ。さすがは瑠垣先生だ」
正輝と遥の後ろから吉村が話しに割って入る。
「吉村、本当にいい加減にしろよ!! 」
気が立っていた正輝は、吉村の胸ぐらを掴み睨みつけた。
「おぉ怖。てかさぁお前って、瑠垣を庇うフリして周りの好感度を荒稼ぎしてるつもりなの? 寒いからやめとけって、朝も言ったけど工藤、お前の評価も実は下がってるんだぜ」
吉村は、猛獣の様な凶悪な笑みを浮かべて、正輝を煽るようにして話す。
「てめぇ!! 」
吉村の度を超えた発言に正輝は、絶叫し顔面を殴ろうとする。
「吉村君、やめなよ。退学勧告のはずが無いよ!! 今日のマオくんの創造スピードを見たでしょ!! 正輝も少し熱くなりすぎだよ」
いつも笑顔を絶やさない遥が顔を真っ赤にして怒っていた。
「…… ごめん」
滅多に怒らない遥が激怒し、その気迫に圧倒された正輝は、素直に反省した様子で握った右拳を下ろす。
「あっそ」
虫の居所が悪くなった吉村は、顔を背け歩き去って行った。