襲来
「よっと!」
家の前にぴょんと着地しブーツをトントンと鳴らす。すると、待ってました!とばかりにドアが勢いよく開き、キラキラ笑顔を浮かべた少年が飛び出してきた!
「フライヤーーーー!!!」
「おわーーーー!!?」
家の前の草っ原にゴロゴロと二人で転げ落ちる。
「おいおい!?そんな熱烈に来なくても、ヘーキだって!イグニス!!」
「えっへへ~!無事そうで良かった〜!おかえりなさいっ!フライヤー!」
草だらけで幸せそうに笑うイグニスの勢いに押され、ふにゃっとした笑顔で「ただいま」を返す。イグニスと呼ばれた少年は人懐っこそうな顔をした茶髪茶目の少年だ。今は奥の工房で炎の異能力を使いガラス工芸品を作っている。
イグニスはあの時、俺と一緒に施設から逃げ出してきた、大切な親友だ。
「今日は二人であそこから逃げ出して…、3年目だから…、その…心配だったんだ…。」
不安そうな顔を隠すように、柔らかい茶髪が夜風で揺れる。
「もう…そんなになるのか…。」
ぼんやりと、濃紺に浮かぶ月を眺めながら呟く。
俺達が施設から逃げ出して、今日で3年になってしまった。あそこに、大切な…弟を残したまま…。最後に交わした言葉を、何度も、何度も思い出す。
〘 必ず!必ず、迎えに来るから…!!それまで、待ってて!スパーク!!〙
〘 うん!待ってる!待ってるから!必ず…、助けに来てね?兄さん……!〙
無理矢理作った笑顔と震える声が頭に木霊し、離れず、こびりついた。弟との、たった一つの約束さえ果たせないまま、ただ…、ただ時間を食い潰してしまった…。二人は、何度も侵入を試みたが、失敗し続けた。結局、弟を救うことは疎か、会うことすら叶っていない。自身の無力さを噛み締める。二人はスパークが無事に生きていてくれることを、外で祈ることしか出来なかった。
重い足取りで家に入ると、ふわっと美味しそうな香りがする。机の上には、少し早めの夕食が出番は今か、今かと待ちきれないように並んでいる。自分の腹が、ぐ~…と申し訳なさそうに鳴った。
「ほら、ほら!おじさんは、さっき『工具が壊れちまったから街で調達してくる。』って街に出ちゃったから!先に食べてて、だってさ!ささっ!今日のスープは自信作なんだっ!ね!」
全然、似て無い親父さんのモノマネをしてみせるイグニスの明るい声で気が抜け、自分の腹の音でしんみりとしているのが馬鹿馬鹿しくなった。どんなに思い詰めても腹は減る。
「っはぁ〜!そうだな!落ち込んでてもしょうがねぇ!今は腹ごしらえだな!腹ごしらえ!」
二人で顔を合わせると、ニカッと笑いながら一緒に
「「いただきまーす」」
を言う。
スプーンで、スープをすくいながら、【今日の街の様子が賑やかで良かった】だの【今日のガラスの出来は良い物だった】だの、たわいの無い話をする。
「あっ!そういえば頼んでた、じゃがいもと玉ねぎと…にんじん!買ってきてくれた!?」
「えっ!?あー……じゃがいもと玉ねぎと……。」
「あ!今回はちゃんと……」
「トマトです……。」
「へっ!?ト、トマトォ~!?え~!?カレーとシチューって親父さん言ってたじゃ~ん!」
「なんか、赤い奴ってのしか覚えて無くて……。」
「フォルムも何も違うじゃ~~~ん!トマト、トマトぉ……サラダかなぁ…」
「すまん…。飛んでる内に忘れちゃって……」
「も~~~!ちゃんとメモ取らないから~~~!」
「へへへっ」
「ちょっと~!?何笑ってるのさ~!」
「いやぁ、いつもの怒り方だったから、つい笑っちまった!」
パチン!とイグニスからデコピンがお見舞いされる。
「あいた!」
「いつも同じミスしてるのに改善しないから!お叱りです!ポッケにメモ突っ込んでやるから!」
口を尖らせそっぽを向いたイグニスが、ジロリとフライヤーを睨むと、フライヤーは申し訳なさそうに肩をすくめた。
「ご、ごめんって…ごめんなさい……」
「……よ~し、反省した?なら!明日、にんじん買ってきてね?」
「…ほい!了~解です!イグニス様~!!」
「も~!ホント、調子良いんだから~!」
コンコンコン
とドアが鳴る。
「はぁ~い!!親父さん?随分早かったね~??忘れ物かなぁ~??」
イグニスが不思議そうに返すが
返事がない
ゆっくりと、ドアノブに手を掛けようとした時
「待て!」
フライヤーの小さく鋭い声が響く。
何が何だか分からないという顔をしたイグニスに、静かにするようにジェスチャーをし、耳を澄ます。風の妖精達が妙に騒がしい。嫌な予感がする。
不気味な静寂が小屋を包む。確認の為に壁を伝い窓から外を伺う。20、30人か…?武装した軍人達が、物々しい空気を纏いながら家を取り囲んでいる。腕章を見た瞬間、うなだれる。
嫌な予感が的中してしまった……。あいつらだ。【 Ark 】に見つかった。
どうするか悩んでいると、不安そうな顔が視界の端にちらつく
「どうしたの?何?大丈夫?」
「全然、大丈夫じゃない…。あいつらに見つかった。」
「あ……」
イグニスの顔から一気に血の気が引く。状況を簡単に説明し、素早く作戦を立てる。
相手は銃を持っているから飛んで逃げればいい的になってしまう。だからって交渉なんて通じる相手じゃない。相談の結果、人手の少ない裏の窓からこっそり脱出することに決まった。行くあてはないが、それは後で考えよう。
しかし、親父が留守だったのは不幸中の幸いだった。お礼とお別れが言えないのは心残りだが、生きてればまた会えるだろう。ゲンコツは免れないだろうが…。
様子を伺いながら窓を少し開く、まだ気づかれていない。今がチャンスだ…!
軍人がこちらを向く前に……
そろり、そろりと音を立てないように、静かに、息を、殺して。大丈夫。まだ…、まだ気づかれていない。大丈夫だ…。
先にイグニスを降ろして、自分も急いで降りる。音は立てていない、いける!
あと少し、あと少しで降り終わ……!
「あっ」
軍人と目線が合う。
音は立てていなかった。どうして?
いや!当たり前だ!ずっと、目を離しているはずがない!目を離してくれる訳がない!そんな都合良く逃げられる訳がない!少ない頭で、必死に、考える。どうする?どうしたら…!ひねり出した答えはイグニスを後ろに隠し、相手を威嚇するように睨みつける事ぐらいだった。
「見つけたぞ!!」「早く、捕らえろ!!」
シュバッ!!!!
真っ白なネットがフライヤーとイグニスをキツく捕らえた。必死に動こうとするが身動きは全くとれず、抵抗する余裕もない…。いや、まだ…何か方法があるはずだ…。横で不安そうに震えるイグニスに「大丈夫」と優しく囁く。
捕らえた二人の前に、続々と軍人達が集まり取り囲んでいく。整列した屈強な軍人達の間から見るからに神経質そうな施設職員が出てきた。職員は二人をジロジロを見ると、ニタリと口を歪ませ
「ふっ…はははは…!!見つけたぞ?お前がNo.2だな?今は、【フライヤー】などと勝手に名乗っているようだが…?名前とは…、モノの分際で随分と偉くなったモノだなぁ?しかし、さっきのザマは何だ!あっけの無い!施設No.2の実力者と聞いてどんなモノかと思えば……!ただのガキじゃあないか!!あんなモノも避けられぬとは!!…コレが、本当にあの人の言う【切り札】だというのか??甚だおかしな、話だな!!」
次の瞬間フライヤーの顔を蹴り上げる。
「ッがッ…!!」
唇を切ったのか、唇に血が滲む。唇を噛み締めながら睨み付けると、今度は足をギリギリと忌々しそうに踏みつけてきた。
「ッッッ!!!」
「メルト様!No.2は無事に捕獲するようにと……」
「うるさい!コレぐらいは戯れに過ぎん!早く、No.2を連行しろ!!」
「はっ!No.2と共に捕らえた少年はどう致しますか?」
「ソレは処分品だ廃棄しろ。」
次々と飛ぶ言葉を遮るように声が響き渡る
『エアリエルッ……!!』
次の瞬間二人をキツく捕らえていたネットは紙吹雪のように風に攫われていった。
「俺達を…モノ扱いするんじゃねぇ!!イグニスを処分品なんて言うんじゃねえ!!」
「フッ、フライヤー…!」
「なっ!?何だ!?急にネットが!?」
「下がれ!!様子を確認しろ!」
「アイツは風と飛行の異能力者だ…!ふん…!!反抗するならば、しょうがないなぁ?生きていれば良いんだからなぁ…?貴様ら!処分品は殺してもいいが、No.2は【生かして】おけよ?」
「はっ!!!」
警戒をして距離をとっていた軍人達が、じりじりと距離を詰めてくる。近距離の軍人は捕縛ネットを、中距離には銃を構えた軍人達がいる。
いつもの笑顔はなりを潜めた。力強い瞳で敵を見すえながら、風の精霊達に指示を出す。
「エアリエル…!!暴風で敵を押し流せ!!」
「こ、来ないで!!も、燃やすよ!!?」
フライヤーが指示を出すと、風は恐ろしい唸り声を轟かせ軍人達を飲み込み、押し流す。
イグニスも敵を囲む様に大きな火炎を出す。火炎は、草原を喰らい燃え盛りながら敵を囲んでいく。風は想定済みだったが、まさか、取るに足らないと思っていた少年の力と気迫に軍人達は身じろぐ。
二人は風と炎で距離を保ちながら、少しずつ、敵の居ない方へ下がっていく。
とんっ…と
背中に力なくイグニスがもたれかかる。
滝のような汗と虚ろな目。能力上限で極度に消耗してしまったようだ。上限症状の手の火傷跡がとても痛々しい。
「はぁ…、っんぐ…。はぁ…、ごめん…フライヤー…。僕…もう…。」
「あと少し…、あと少しだから…!もう少し…!背中貸すから!…な?」
「っごめ…………」
イグニスはずるずると力なく地面に落ちていく。フライヤーは両手で必死にイグニスを支える。
「イグニス…??」
返事はない。完全に気絶しているようだ。
刻一刻と軍人達は足止めの炎を抜けて続々とやって来る。
きっと、一人なら逃げ切れるだろう…。でも、駄目だ、嫌だ!イグニスを置いていけば、どうなるかは目に見えているから……。絶対に…………!!嫌だ……!!
逃げよう…、逃げなきゃ…。イグニスを背負いながら何とか足を進める、早く…もっと、速く逃げなきゃ…。何か来たら、風で切り裂いて、押しのければ…きっと、逃げ切れ……!
「何をしている。No.2。」
絶望的だった。静かで、低く重い声が頭上から響く。施設で嫌という程、よく聞いたこの声は………!
「スティール…先生…。」
震える声で名前を呼ぶ。とても、恐ろしくて顔なんて見られない。スティール。彼は体に鋼鉄を纏い、強化して戦う武闘派の施設職員だ。そして、施設内ではフライヤーの先生でもあった。彼の異能力とフライヤーの異能力の相性は最悪だ。逃げられない。唯一の可能性が目の前で泡のように消えてしまった。
「顔を上げろ。No.2。俺達は、何もお前を殺そうとしている訳では無い。義兄弟のNo.20も、随分と寂しがっている。帰ってきなさい。」
「で、でも…!イグニスが…帰ったら、イグニスが……!!」
「処分品に、どうしてそこまで固執するんだ?お前は生きるのだから、それで構わないだろう?」
「イッ、イグニスはっ……!処分品なんかじゃ無い……!!俺の…大事な親友なんだ!!」
「………………。そうか…。お前は、随分と、悪い子になってしまったんだな。」
「っち、ちがっ……!」
震える声で泣きながら抗議しても、鋼鉄の男には響かない。
表情を全く変えず。拳を握りしめる。恐怖で、声が出ない。精霊への助けも叫べない。力の入らない手でイグニスを、必死に後ろに抱えながら守る。
「っあ、あ…。」
ズンッ 重い一撃が、溝落に撃ち込まれる。骨がきしむ。その一連がゆっくりと流れて見える。瞬間、全ての感覚が襲ってくる。
「……かっ、はぁ!!」
肺から空気が一気に出ていく。痛い。苦しい。涙が勝手に湧き上がり、呼吸が出来ない。倒れちゃ…駄目だッ…!!千切れそうな意識を根性だけで繋げて何とか保ちながら、ギリギリで踏みとどまる。これは、ただのパンチだ。強化してある拳なら、骨は折れイグニスごと吹っ飛んでいただろう。
「ヒュー……。ヒュ、ハァ……、フーー……。」
「ほう、踏みとどまるだけの強さは残っていたか。」
「だが、【次】はどうだ?」
次……?ソレを考えるよりも、早く拳が襲ってくる。
しかし、その【次】が来ることはなかった。