開眼編 #97 シュールレア・ステルス
雄一は心眼と言う視覚に頼らない空間把握能力を得た。しかし、その能力の先駆者ラークはその先の技術・能力を持っていた。
「ふおっふおっふおっ。何処までも期待を裏切らない方ですじゃ。雄一王婿はこの心眼の先の世界も見抜かれておられましたか。」
「だってラークじいちゃんの目ぢからすごいんだもん。」
雄一から出た言葉はまるで説明になっていない。だが、ラークにとってそんなことはどうでもいい。引き継いでもらえるかどうかも問題ではなかった。
そう、ラークにとっては更に先へ進もうとする雄一の気概が伝わるだけで十分だった。
「雄一王婿!この瞬間だけでよろしいので、わしを師とお思い下さいませんか。」
「はい分かりました。ラークじいちゃん・・師匠!」
雄一は構えを解き、「きをつけ」をしてペコリとお辞儀をした。
ラークは「ふっ」と少し笑うと、真剣な真顔を作り、腰を落とし、両脇を締め、顎を引くと気合を入れ始める。
「ふおおっ!!」
ラークの気力がどんどん充実し、溢れるほど漲る。いや、実際溢れ出し始めている。全身から眩い黄金色のオーラを放ち始めた。
「なんと神々しい・・。」
スタジアムの観衆と5000のトロルがラークの眩しいほど輝く姿に「ほーっ」と溜息を着く。
ラークの全身が金一色に染まったかと思うと、今度は徐々に光は弱まり、光が消えていく。そしてその消えていく光のままにラークの姿も消えた。
「えっ!?」
スタジアム全体がどよめく中、雄一もまた目隠しをしたまま辺りをキョロキョロと見回している。
「ラークじ・・師匠。消えちゃった・・。」
ドコッ!
と、突然雄一の右脇腹が「くの字」に折れ、吹き飛ばされる。ソレは姿を消した知将ラークによる攻撃であることを誰もが理解していた。
「いったーい。」
ラーク渾身の攻撃で吹き飛ばされた雄一は精一杯受け身をとり、体勢を整える。
「シュールレアステルス(超現実隠密技術)・・・。もっとも、できるようになったのは最近のことじゃがのぉ・・。」
「どうかな?我が弟子雄一よ。お前の目には今どんな世界が映っておるかな?」
ラークの声が八方から響く中、雄一はそれでもラークの位置が捉えられずキョロキョロしている。
レーダー補足している雄一の目には、広いスタジアムの中心にある自分を取り囲む数十を超えるラークの姿が見えていた。
「うわー!うわー!すごい!ラークじいちゃんがいっぱいだよ!アナトラさんが見せてくれたゲンジュツと全然違うなぁ。」
ラークの掛けた術の中でピョンピョンと大はしゃぎをする雄一。サラッとディスられたアナトラは「ぐはっ。」と声を上げ、血潮を吹いている。
「おかしいなぁ・・。どれが本物か全然分からない・・チャンネルを変えても見分けがつかない。どれもが本物・・いや、全部ニセモノかなあ・・?」
超現実隠密技術とはレーダー技術のスペシャリストであるラークが、対象者に超現実の世界(偽りの景色)を見せきる幻術である。
ラークは雄一が雷電を使って飛ばす単純で稚拙とも言える電磁波の全てを吸収しきっていた。これにより雄一のレーダー機能は完全に封じられる。
ラークは雄一の電波を余すことなく吸収した上で、ラークの思い描く世界の「大量の偽情報」電波を送っている。その結果、雄一は今なお360°ウルトラハイビジョンの中にいるのだが、それは全てラークによって精巧に作られた「偽りの世界」だった。
ちなみに可視光線を歪ませているため、肉眼でもラークの姿は捉えられない。
「師匠がいっぱいいる。それ以外は何も変わらない・・。うわぁー、ちょっと不気味だね・・。」
「師匠に対してそれは言い過ぎじゃ!」
ドガッ!
「ぐわっ。」
雄一は完全にラークの術中にある。突如、雄一の顎が上へ跳ね上がる。雄一はラークの動きが全く捉えられない。
「うーっ。だって、同じ顔のラークじ・・師匠が、息ぴったりで盆踊りしだすんだもん。怪奇現象だよね?」
「怪奇とな。これでも若いころは美男子で通っておったのじゃがの。」
「あっ。それ分かる!「月とスッポン」でしょ?」
「違うわい!」
ボゴオ!
「うえっ。」
再び放った強烈な攻撃は雄一のその小さな体を宙へと浮かせた。
「さあ雄一。わしの持つチカラを全て見ておくのじゃ。全て知るのじゃ。」
「お前も知るように、見よう見まねでよい。模倣こそ新たな世界を開く鍵へと成り得る。雄一、わしの全てを持って行け!わしの技術を、その身と心をもって受け止めよ!」
ボゴボゴボゴボゴボゴボゴ。
雄一の体は宙に浮かんだ状態が続く。
ラークが地に落ちることを許さず下から突き上げるように攻撃を繰り返しているからだ。
「うぐぅっ!・・かはっ!・・ケホッ!・・。」
綺麗だった雄一の体が見る見るあざだらけに変わり、出血も出始める。だが、ラークの攻撃は留まることを知らず、受け身の取れない雄一を遠慮なくなぶり続ける。
「あ・・あは・はー。・・ぼくに見えるラークじ・・師匠は・・全てニセモノ・・。」
突き上げによる攻撃は非情にも見えるが、ラークのサービス攻撃であった。つまり、雄一の周りを踊っているラークの群像は虚像。実像ラークは真下にいることが確定している。
雄一は見えないだけで、感じられないだけで、確かにそこに存在しうるラークを捉えればいい。
「すごいや・・。ラークじ・・師匠・・。こんなにたくさんヒントを貰っているのに、全然見えないんだもん・・。あ・・分かった・・。これって「木を見て森を見ず」だね・・。」
「微妙に違う!よいか雄一!お前はおそらくわし以上の世界を既に見ている。じゃが、それはまだ磨き切れていない宝石の原石たち。磨き切らねば、超えていない壁の向こうは何一つ見ることはできないのじゃ。」
「うん・・。よくわかるよ・・。「天は二物を与えず」だね?」
「お前は天から三つも四つも与えられとるわい!てかその的外れな諺集はもうやめろ!」
雄一は秀逸なラークのシュールレアステルスに手も足も出ない。
「どうじゃ!雄一!わしと言う壁の高さを認識したか!しかし認識して尚わしを、この師を踏み台にして越えて行け!」
「さあ行け!雄一!お前なら行ける!シュールレアステルスの、その外側へ!」
「・・行くよ・・。ラークじ・・師匠・・。ぼくは「偽りの世界」を「本物」に変えて見せる・・。」
レーダー技術において、何一つラークを上回ることのできない雄一はポツリそう呟くと・・静かに目を閉じた。
『むっ。意識が朦朧としておるな?・・限られた機会、限られた時間の中で、もっと経験させてやりたいが、助長となっては元も子もない。・・お勉強もここらが潮時かのぉ・・。』
一方的な展開の中で、ラークは「稽古」の引き際を見極める。
新しい技術や知識を身に着けるには「時間」が必要だ。「急いては事を仕損じる。」これまで多くの弟子を育て上げてきたラークはそのことをよく理解しているつもりだ。
ラークが見つめるのは、もう少し先に心眼能力を進化させた雄一の姿。
雄一はその先の未来の為に「今」必要な「一段」を確かに積み上げたのだった。
ラークは満足気な表情を浮かべ、攻撃の手を緩めようとした。
と・・その時、会場が悲鳴交じりにざわつく。
「きゃぁっ!何あれ!」
「あ・・あれは・・オ・・ニ?」
観衆の「ワー」「キャー」と言う叫び声の中に確かに「鬼」と言う言葉が何度もはっきりとラークの耳に入ってきた。
『はて。・・鬼・・じゃと?そんなモノがどこにおるかいのぉ?』
しかし、ラークのレーダーに観衆の言う「鬼」らしき存在は認められない。
「で・・、デカい・・。5・・いや・・6mはあるんじゃないのか?」
『なぬ。6mの鬼とな?そんな巨大な鬼がいてわしだけが見えんのか?』
念のため、雄一への妨害電波を強めた上で、周囲を網羅する電波を放ち空間把握を行うが、やはり何も捉えられない。
ラークは気づく。
『ほう・・。そうか・・君か。雄一君・・。』
鬼を出している犯人は目の前で血だるまになっている「雄一」以外に有り得ないと。
『まさか、この状況下で、このジジイを試すとは思わなんだわい・・。どこまでも楽しませてくれる。』
ラークは、この「鬼」とは雄一からラークに出した「お題」なのだと考えニタリと笑う。
「鬼さんこちら手の鳴る方へ」の逆鬼ごっこ。盲目のラークはこれまで培ったあらゆる技術を駆使して雄一の作り出した「鬼探し」を始めた。