黎明編 #94 人類滅亡
序盤アバドンを圧倒していたアダムは、力を全て使い果たしアバドンの軍門に下った。
結末を知っていたとはいえ、形勢逆転してからのアバドンによる残酷なアダムの最期にティアたちは目を覆う他なかった。
アダムにとどめを刺したアバドンはその亡骸をギロリと見下し「ふん・・。」と鼻で笑うと、人類最後の砦へと足を向けた。
~♪
『・・?』
微かな音楽がアバドンの耳へ届く。そして歩みを進めるほどにその音色は鮮明になる。
砦中央に位置する巨大な大聖堂から聞こえるパイプオルガンの音色と歌声。
『・・レクイエムか・・。』
大聖堂の前に立つアバドンの目が妖しく光り口角が裂けるように上がる。
おそらく普段は讃美歌が歌われていたであろう場所で、美しいパイプオルガンの音色と澄み切った歌声が響く。
『~♪~悠久の時を超え、永遠の休息と安息を彼らに~♪~御陵威で彼らの道をお照らし下さい~♪~』
砦の中心には生き残った最後の人々が胸の前で手を組み、跪いて祈りを捧げていた。
万にも届く祈りを捧げる人々。その中に戦士の姿は一人もなく、皆が女・子どもと年寄だった。
『ふははは。人類最後の抵抗は神頼みか!!面白い!その興に乗ってやろう!』
『さあ!神に祈れ!人間ども。ダヴィデとシビラの予言にある審判の日だ。我により世界が灰燼になる時がきたのだ。』
『クククク。さあ、終焉への時は満ちた。都合の良い信仰を胸に冥府へと堕ちるがよい。』
そう言うとアバドンは天空に巨大な火柱を作り出した。
ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・・。
『~♪~高き光へ魂の祈りが届かんことを~♪~正しき全てがあなたの元へ還らんことを~♪~』
砦に残された人々は悲鳴や喚き声を一切漏らさず、パイプオルガンの音色に合わせひたすらに祈りを歌声に載せる。
ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・ゴ・・。
砦の上空には直径1kmの煉獄の円柱。ただただ禍々しい真紅のオーラを漂わせる。
『っくくっく・・。主によろしくな・・。』
頬が裂けんばかりに邪悪な笑みを零した後、アバドンは煉獄の円柱を落下させた。
「まさか!無抵抗な人間に手を掛けるのか!アバドン!!やめろーっ!!」
ビカッ!!!!ズゴゴゴゴーォォォンン・・。
ムーンの叫びも虚しくアバドンはその巨大な煉獄火柱を地上に落とし、砦に残された全ての人々を一瞬で消し飛ばした。
「ひどい・・祈りを捧げる者の命を何の躊躇もなく奪うなんて・・。」
ティアが両手で目を覆いながら声を震わせる。
「アバドン・・。まるで外道の極みを形にしたような奴じゃな・・。」
「こんなこと・・心ある者にできることじゃないわ。・・邪神・・。ケッツァコアトルちゃんの言う通り、こいつは邪神だわ!」
ララが呟いた「邪神」の言葉に皆が目を合わせ頷いた。
『さあて・・。仕上げに取り掛かるか・・。うはっうはっうはははは・・。』
煉獄火柱が落ちた跡の、底が見えないほど開いた大穴へ、笑いながらアバドンは入っていく。
「・・??アバドンが自分から奈落に落ちていったよ?死ぬの?アバドン。」
「自分のやらかした業の罪深さに今更気が付いた・・なんてことは万に一つもないわよね。」
「・・そうじゃなぁ・・。」
「・・アバドンに対抗しうる最大の障壁「人類」を滅ぼした後、邪神が次に考えることと言えば・・?」
ムーンとティアの言葉に眉間にしわを寄せるララが含みを持たす。
「まさか・・。生物の根絶か?」
ケッツァコアトルの予想にララが頷く。
「どう言うこと?もう終わりじゃないの?これ以上何を壊すって言うの?」
「邪神アバドンは「浄化」すると言って忠誠を誓うモンスターにすら手を掛けた。おそらく、地球上の生命体を根絶やしにするつもりじゃ。」
「・・アバドン・・滅ぼす者か・・。うっ。胸が悪い・・。」
ドン!グラグラグラグラ!!
と、その時、地表が大きく揺れだした。その揺れは大地震の比ではない。
実はこの時点において一部の人類は地下シェルターに避難し生き残っていた。
しかし地球の情報を全て掌握している裏アダムもといアバドンにそんな小細工が通用するはずもなかった。
核兵器すら防ぐ強固な地下シェルターも例に漏れず大地とともに砕かれ、焼かれ、呑み込まれた。
そうして、海も陸も地中も生命体の存在する場所全てが煉獄の炎に捲かれた。
ガラガラガラ・・シュウウウウ・・・!
「だ・・大地が・・くっ・・砕けてる!!?」
「見て!亀裂から溶岩が噴き出してるよ?」
「川が・・海が・・見る見る干上がっていく・・。」
「アバドンめ・・やることが滅茶苦茶じゃ。この星を壊す気か!?。」
何とも形容し難い光景が広がる。地上からは水が消え、砕けた大地の上には血のような溶岩の川と海が広がった。水の星「地球」が炎に包まれ地獄の星へと変わってしまったのだ。
アバドンはその後10日間に渡り、念入りに地球を焼いた。
2213年元日。地球上から全ての生命体が消滅した――。