開眼編 #93 指名
腫れていたイエラキの目が徐々に回復し、視力が徐々に元へと戻る。
ぼんやりと腹部をさする雄一の姿が映る。
雄一は5004人目の相手イエラキ・ワルドに初めて「一撃」を喰らった。雄一の鳩尾を捉えたイエラキの蹴りは相当の威力だったようで雄一の口から一筋の血が下がっていた。
会場は怒涛のような拍手喝采の大歓声に包まれている。舞台袖のトロルたちに至っては狂喜乱舞していた。
「さすがっす!隊長!」
「アニキ!一生付いていくっす!」
「見たか!これがイダニコ国最強戦力だ!」
「うっ!だ・・抱いて!!」
感極まったせいで妙なことを口走る者もいたが、無双雄一に一矢報いることはトロル全体の士気を青天突き抜けるほど高めた。
「♪らーらーらーイダニコ~♪うーるわしの~くに~♪とーわーにーかがやけ~♪ようせいの~くに~♪」
5000のトロルは遂に国歌まで歌いだした。そんな興奮、半狂乱の状態を見たイエラキは生涯にして初めて、この過剰なナショナリズムをとても恥ずかしく、哀しいと感じた。そして、どうしようもない怒りがこみ上がってきた。
イエラキのこめかみに青筋がぷつぷつと、幾つも立つ。
「だまれ!バカ共!元よりこれは戦いではない!稽古なのだ!我らは今、雄一王婿様から御教授を頂いているのだ!!」
イエラキは憤慨し、怒りの言葉を叫ぶ。
すると会場全体が水を打ったように静まり返る。イエラキの言っていることは理解していないが、すごく怒っていることだけは十分に伝わり、どうしていいか分からない様子だ。
すると、ラークがふおふおと笑いながら舞台場へと進み出てきた。
「ふぉっふぉっふぉっ。全くもってその通りじゃ。一生に一度の雄一王婿様との稽古。意図を履き違えると、得られた筈の大きなモノを永遠に失い、後悔してもしきれんぞ?のお、イエラキ君?」
「知将ラーク様・・。」
ラークが歩み寄ってくると、イエラキが片膝を着いて頭を下げる。
「これこれ。第一部隊長を預かるイエラキ・ワルド君がそのような態度では困るぞ?」
ラークの言葉に静かに首を振るイエラキ。
「いいえ。知将ラーク様。いいえ、ラーク師匠。我はずっと勘違いをしておりました。あなたの元で必死に学んでいたつもりでしたが、そうではありませんでした。私はずっとあなたの真似事をしていたのですね・・。」
イエラキはえっぐえっぐと嗚咽を漏らしながら言葉を続ける。
「我は・・こんな素晴らしい師匠がいながら、それに気づかず・・。40年もの間・・無駄に・・愚かに・・。」
「ふぉっふぉっ。どうやら、雄一様からしっかり教わったようじゃの。」
ラークの問いに再び静かに首を振るイエラキ。
「いいえ。師匠。我はただ・・ただ単に、雄一殿に導かれただけなのです。」
「ほう。導かれたとな。だとするならば、40年もの間、愚直なほどに真面目に鍛錬を積んだからこそ、雄一王婿からの声が届き、導かれたものだ。と、わしは思うがの?」
ラークはそう言うとイエラキと同じ目線になるよう膝を着いて肩を優しく叩いてやる。
イエラキは体を震わせ、溜めに溜めた涙を零す。
「うっ・・うっ・・うっ・・。ありがとうございます・・。ありがとうございます。師匠ぉ・・。」
「ふぉっふぉっふぉっ。聖者に目覚めたガルニャがのぉ、雄一王婿と稽古したお前が新たな力を得るか否か晩飯一品を賭けて勝負を挑んできよった。」
イエラキは聖者に目覚めたガルニャが、ラークと楽しそうに雑談していた時のことを思いだす。その時湧いた小さな焦りと嫉妬心はイエラキの記憶に新しい。
「勿論わしはお前を信じていたから、見事雄一王婿から何かを学び得ると答えてやった。すると、ガルニャは、「それでは賭けになりませぬ」とぬかしよった。」
「ふぉっふぉっ。いやいや、折角、お前に賭けて、その賭けに勝ったんじゃ。勝った分は今晩の「お前のおかず」からもらっていくぞ?ふぉっふぉっふぉっ。」
粋な冗談を飛ばすラークにイエラキは涙を落としながらも白い歯を見せて笑った。何処からともなく小さな拍手が湧き、次第に大きくなり、果てはスタジアム全体が揺れるほどの大きな万雷の拍手に包まれた。
「さて、雄一王婿殿。此度の5000人組手。一応の綺麗な形での決着も付き、ここで幕を引くのも一計かと存じますが、いかがですかな?」
ラークの問い掛けに雄一は首を傾げている。
「うーん。どう言う意味?」
「ふぉっふぉっ。ここでお勉強を終わりにしますか?と言う意味です。」
ラークの分かり易い説明に雄一は嬉しそうに応える。
「あははー。じゃぁぼく。ラークじいちゃんともお勉強したいな。だめ?」
「ふおふおふお。どうやら勉強熱心な雄一王婿は、今まさに開花したばかりの「能力のまま」ではご満足いかないようですな。」
「じゃが、雄一王婿・・果たして、まだ未熟なその技を昇華させ、このわしを倒すことができまするか
な?」
雄一の新しく身に着けた能力を未熟と言い切り、まるでその能力の全てを知っているとでも言わんばかりにラークは雄一を挑発する。
「うーん。わかんない。でも、ぼくラークじいちゃん大好き。」
「ふおっ!これはまた嬉しいことを言うてくださる。まるで本当の孫のようじゃて・・。老い先短いジジイの全てを引き継いでもらえますかのぉ?」
ラークは雄一の眼前にゆっくりと歩み寄る。
「あはっ!ラークじいちゃんは、まだまだ死なないよ?とっても長生きするの。」
「ふふふ・・。ほかの誰でもない、雄一王婿から言われますと本当にそんな気持ちになるから不思議じゃわい・・。」
「あははー。ホントー?あ、ぼく、ラークじいちゃんの全てが経継げるように一生懸命がんばりますのでよろしくお願いします。」
目を細めているラークに、もはやルーティーンのように頭を下げる雄一。
『誠、不思議な男じゃわい。聞いていないようで聞いておる・・。そして分かっていないようで全て解っておるかのようじゃ・・そう・・、まるで我の「心眼」とは別次元の眼で世界を見ているかのように・・。』
ラークの緩んだ頬と目が引き締まる。
「心の準備はよろしいかな?雄一王婿。」
「はい!がんばります!」
雄一が初めて指名したトロル5005番目の相手。本日最後の手合いは、MKSをも退けることができるイダニコ国の裏ボス。真の最強戦力「知将ラーク・コリダロス」だった。