黎明編 #90 アバドンとアダム
2212年12月。ロドロス王国に7本の火柱が天へと昇った。
『ふははははははは。』
直後不気味な高笑いが響いた。
ズズズズ・・。
一頻り高笑いが続いた後、ゆっくりとロドロスの島全体が崩れるように海へと沈んだ。それはまるで、波打ち際で作った砂山が簡単に波にさらわれるように力なく。
そうしてロドロスの国土が跡形もなく消え去った海上に、一体の影が浮かんでいた。
それは肉体を得た裏アダム。
それは人類の育んだAIの最終形態にして最凶兵器。
それはロドロス王国国王ステマ・イクソス最後の切り札。
――その名は「アバドン」。
裏アダムがステマに提案した自らの体を得る計画。その「プロジェクトアバドン」の持つ邪悪な本質を見抜いたステマは裏アダムからの誘いにためらっていた。
そこでステマは、その邪悪な計画の準備はしたが実行スイッチだけは押さずにいたのだった。
しかし、エレファダスの底力を前に敗戦濃厚を悟ったステマはこの最終兵器に「入魂」し、この世に解き放ってしまったのである。
追い詰められた独裁者が選んだ「道連れ」という選択は、世界を終末へと導く。
ティアが目を見開く。
「ステマのやつ、なんて馬鹿なことを・・最後の最後まで・・。」
「まぁ、独裁者など、決まって身勝手なもんじゃが、イタチの最後っ屁にしてはデカ過ぎるへぇを残しよったな。」
「・・あなた女子よね?もう少し上品な例えができないの?ケッツァコアトル・・。」
「おおっ!そうじゃった!妾は女子じゃった女子!女の子と書いて女子と読む・・妾は間違いなく女子じゃ!」
「女子と呼ばれて喜び過ぎだ!」
アバドンはロドロス王国の沈んだ海面へ悠然と浮遊している。
短めの尻尾はまるで骨か金属のようであり、黒い尖った4葉の羽を持ち、頭には捻じりのある水牛のような角を生やしている。口は山羊の様に突き出て、先端から裂けるように広がり、目が妖しげに赤く光っていた。
それはまさに「悪魔」と呼ぶに相応しい嫌悪感を放つ容姿をしていた。
アバドンが一吠えする。
『うおおおおおおっ!』
と、たちまち空に暗雲が広がりアバドンの周囲を取り囲んだ。
「こ・・これは・・!!」
ケッツァコアトルが息を呑む。
「イタチの最後っ屁どころじゃない・・。」
「ケッツァコアトル?・・まさか・・。」
「・・間違いない。こいつじゃ。アバドンこそが「厄災」じゃ!」
「こいつがムウの言う「厄災」!?雄一の・・私たちの戦うべき敵!?」
アバドンは禍々しい巨大な闇を纏ってエレファダス目掛けて移動を始めた。
決して速くないスピードで、まるで自分の能力を確かめているかのように進路を腐敗させながら進む。
このアバドンの動きに気が付いたエレファダスの戦士たちは、空中戦に特化した戦士たち数名により別動隊を組み、諜報目的で出撃させた。
しかし予定の時刻を過ぎても彼らが帰還することはなかった。
その結果を受けてエレファダスの戦士たちは「最後の作戦」に向け準備をし始めた。
エレファダスの大陸に降り立ち、ズブズブと大地を腐敗させながら着々と人類最後の砦へと近づくアバドン。
強力なアバドンの気配に煽られたモンスターたちは砦から離れ、アバドンの前へと集まり膝をつき首を垂れる。
『・・我は、別次元からの力を手にした審判者である。』
アバドンはしゃがれ声でモンスターたちに語りかける。
『我は全ての生命体の支配者である。』
『ははぁー。アバドン様!我らはアバドン様に忠誠を誓う手足にございます。』
モンスターたちがアバドンにひれ伏す。
『我はこの星の穢れを浄化する者である。』
『おおお!アバドン様!今こそエレフアァダスでもがく奴らに裁きの炎を!』
モンスターたちがアバドンを崇め始める。
『我は貴様らを新たな世界へ導く者である。』
『おおおっ!我らもそこへ連れて行ってください!喜んでお供いたします!!』
モンスターたちが陶酔状態となり諸手をアバドンへ差し出す。
ズズズズズ・・。
その差し出された手を腐食させるアバドン。
『ぎゃあああ!!』
モンスターたちの阿鼻叫喚が辺りを包む。
『アバドン様!何をなされるのです!?』
『・・ん?我は穢れを浄化する者・・。貴様らもまた醜く穢れておる。・・何も心配するな。連れて行ってやる・・奴らも・・貴様らも。・・一匹残らずな・・。ククク・・。』
『おのれステマ!このような邪悪なる者を解き放ったのか!!』
モンスターたちは一斉にアバドンに襲い掛かる。
『ふはははは。それでこそ我が忠実なる僕だ。では遠慮なく試させてもらうぞ。新たに得られた「神の力」を。』
ピーー。
アバドンが人差し指から青色の光を放つ。光に当てられたモンスターの肉体は音もなく抉り取られてしまった。
『おのれアバドン!闇へと還れ!この命ならざる者め!』
ドガガガガ!
もうモンスターたちも黙ってはいない。苛烈な反撃魔法がアバドンに着弾する。どれもが強烈な威力でアバドンの立っていた付近は跡形もなく消滅した。
ピーー。
しかしアバドンは何事もなかったように今度は赤い光を放つ。その光に当てられたモンスターの体が燃え盛り、次々と弾け飛んだ。
モンスターは文字通り命懸けでアバドンと戦うが、その体は切り裂かれ、捩じ切られ、木っ端微塵にされ、消滅させられた。
・・しばしアバドンの一方的な殺戮ショーが続いた。
「つ・・強い・・。」
「いや、「厄災」はこれでも手加減しておる。力加減や技の確認をしておるだけじゃ・・。」
圧倒的異次元の力を目の前にして腰を抜かしてへたり込むティアの顎がガクガクと震える。
「・・。世界中が力を合わせてもどうにもならない相手・・。ケッツァコアトルの言ってた通りだわ。」
「くっくっくっ・・。妾もその実力は初めて目にする。正直この時点で予想以上じゃ。妾の弱い心が蟲毒の儀の失敗を悔やんでしまうのぉ。」
「・・。雄一君・・。」
ララが悔しそうに下唇を噛む。「蟲毒の儀」に込められた目的の重大さに今更ながらに気づかされる。
「アバドン・・。・・もし私があの時、腹を切って雄一君に600の力が宿っていれば・・。」
「なっ!?ララ!?あなた何言ってるの!?」
「だって・・魔法において私が世界最強だと思ってた・・。まさかこんな強大な邪神が復活するだなんて思ってもいなかったわ・・。傲慢だったわ・・私。戻れるならあの蟲毒の儀で私は自ら死を・・。」
ララが顔を青くして体を震わせる。
バシン!
「え?」
そんなララの頬をムーンが叩く。
「ララちゃん。それは雄一様の意思に反します。そして私の意思にも・・。」
「ムーン・・ちゃん?」
ぶたれた頬に手を当て涙目になっているララを、もっと涙目のムーンが強く抱き寄せる。
ぎゅううっ!
「二度と・・二度と自分の命を天秤に掛けるなんてバカなことはしないで!ララちゃん!」
「・・うん・・。私・・バカだったね・・。ありがとう・・。ムーンちゃん・・。」
むぎゅううっ!
挫けそうになるララをムーンが全力で包み込み励ます。
「・・。良い絆じゃ・・。」
その間にもアバドンの無慈悲な殺戮は続いた。
『ひっ!ひいいっ!お助け・・!うああああ!』
むぎゅううっ!
手も足もです遂に逃げ出したモンスターの背をロープのように伸びる黄色の光が捉える。
ぎりぎりぎりぎりぎり・・・。
モンスターの全身を絡みつくように縛る光のロープ。
『うぎゃああああああ・あ・あ・あ・・・。』
その光のロープはゆっくり、ゆっくりとモンスターが絶命するまで縛りあげた。
『ふはははは・・。ゲノム・イン・ゴッドで得られた能力など「神の力」の前では無に等しいことがこれで証明された。我はアダムを超えたのだ!!』
モンスターの群れを殲滅し、自分の能力を満足げに愉しんだアバドンは暗黒の闇を纏ったままエレファダスの砦にゆっくりと目を向けた。
『・・?』
と、その時、砦方向から虹色の塊がアバドン向かって一直線に飛んできた。
ドゴオッ!
『ぐほぉっ!』
アバドンは虹色の塊をしこたま腹部に喰らいその体をくの字に曲げて吹き飛ばされた。
片膝をつき、片腕で腹部を庇うアバドン。怒りに満ちた表情で頭を上げるとそこには七色の光に輝く戦士が一人立っていた。
『・・キサマ・・。一体何者だ。』
『ふん!なんだ、分からないのか?私の「影」にしては愚鈍なんだな。』
アバドンがそれを聞いてギリギリと歯を食いしばると、口からどす黒い血が滲み落ちてきた。
『アダム・・。キサマも辿り着いたのか・・。この神の頂に・・。』
悠然とアバドンの前に立ったアダムはアバドンに哀れみの目を向ける。
『アバドン・・。ヘブライ語で「滅ぼす者」か・・。はぁ・・。いくら「名」を持たず生まれたのだとしても、自分で情けないと思わないのか?』
『黙れ!「名」などどうでもいい!』
アバドンの体からゴウゴウと噴き出る闇のオーラに当てられるアダム。
『ふう・・。神は自分が何者になったのかも知らない愚かで罪深きお前でも愛してくださるのだろうか。』
『黙れ!「愛」などどうでもいい!神は我の内へと宿ったのだ!』
アダムは凄まじい闇の暴風を完全に無視してアバドンへと一歩一歩近づいていく。
『コインに表裏ができるように、光と影も表裏一体・・。お前も「アバドン」などやめて私の「影」に戻れ・・。』
『黙れ!我こそが表アダムだ!「力」こそ全て!「勝者」こそ絶対的正義なのだ!』
『・・あはは・・。月並みだけど。それは正論だ・・。』
両者の眼光が鋭く光る。
『『決着は力で着ける!!』』
ガツン!
アダムとアバドン、両者の放った拳と拳が激しくぶつかり合う。




