#8 雄一VS赤虎(裏)
赤虎が、雄一にお尻ぺんぺんの刑に処される前。
雄一が、白色ゴーレムの試練を乗り越えいた頃、ある部屋でその様子を覗く者がいた。
インレットブノ大聖堂の一室。600個程の水晶玉が並び、その一つ一つに「蟲毒の儀」のために召喚転移されてきた、生贄たちが映し出されている。
いや、この時すでに、その殆どの者たちは果て、消え去っていた。
「試練の門を破り、最終フロア一番乗りになりそうなのはこの者か?」
「ん? 見たところまだ少年ではないか。シルバーウルフと、スライムを従えているな。召喚スキルで闘うタイプの兵か。」
部屋へ戻ってきたディスケイニ枢機卿が、雄一の映る水晶玉を、手に取り言うと。傍にいた美女が、目を座らせて、それに答える。
「ディスケイニ様。私はこの者の様子を、この儀の初めの頃から見てきていたのですが、あまりにも酷いと申しますか。「蟲毒の儀」に相応しき者とは思えません。」
「ほう、何故そう言える。」
「生贄に選ばれた転移者は総勢600名。彼らは、互いの命を懸け、戦い合っています。」
「ふむ。そうだな。互いに力と力をぶつけ合い、6つのルートから生き残れるのは1人のみ。最終的に残る6名が、最終フロアへ集まる……その、手筈だが?」
「ですが、この少年のフロアには、他の召喚転移者が一人も居りませんでした。」
「コイツが相手にしてきたのは、モンスターのみにございます。しかも外界の、凶悪無慈悲な強力モンスターではなく、温室育ちの貧弱モンスターばかりです。」
「それは、妙な話だな。」
「はい。思えば、コイツだけ最初から全てが変でした。コイツの周りだけ、公園か遊園地が如く遊具だらけでした。」
「コイツは、ずっと遊んでいただけです。まるで、コイツだけ甘やかされているような、特別扱いをしているような構成でした。」
「まあ、まああ。コイツ、コイツと言うな。仮にも、彼はムウ様に選ばれた生贄なのだから。」
「確かにそうでした。失礼しました。」
「まあ、でも、遊具は兎も角、確かに他の転移者が、一人もいないのは不自然だな。てっきり1ルート100名×6ルートで600人だとばかり思っていたからな。」
「ん? ちょっと待て! この少年のルートは聖道ではないか!? いつの間に、このような構成になっているのだ?」
「おお! 確かにそうでございます。やはり、何から何まで、おかしなことだらけにございます。恐らく、何かの間違いで、この少年は、転移されたのでございましょう。」
「このような偽り者を、我は認める訳には。」
「うむ、仕方がない。間引こう。絶対に失敗は許されぬ儀式であるしな。……副長黒龍アトラスを呼んで来い。」
「我が主。ここはわたくし赤虎紅にお任せ願えませぬか。」
「ふっ。我が、インレットブノ大聖堂親衛隊、トップのお前がか? 余程、あの子が気に入ったようだな。」
「好きにするがいい。だが、無様な姿だけは、晒すことのないようにな。他の召喚獣たちの手前、立場を失くすぞ?」
「ふふふ。御冗談を。」
秘書風美女、もとい赤虎紅は、その姿を巨大な虎の姿に変えた。不敵な笑みを零しつつ、ディスケイニ枢機卿は、赤虎紅に魔道具の実体転移装置で、紅を雄一の元へ送り込んだ。
……その5分後、雄一のお尻ぺんぺんの刑で、KOされた紅は、ディスケイニの傍に呼び戻された。
「だいじょーぶかあ! くれないいぃ!!」
横たわる巨大な虎の姿が、ボロボロに傷ついた美女の姿に戻る。(目立った、外傷の大半は、自らの刃で起こした傷だが)
ディスケイニが即時、回復魔法で治療を始める。すると、紅が薄っすらと目を開けた。
「死ぬな! しっかりしろぉ!」
「あ、ああ。わが、あるじ……。がたがた、ぶるぶる。」
赤虎紅は再び蘇る恐怖で震え出す。それでも何とか恐怖心を呑み込むと言葉を続ける。
「あれは、「ヒト」の形をした化け物です。我が勘違いをしておりました……。彼は、特別扱いをされていたのでは無かった。」
「彼が特別だったのです。どうか、主の「過去視」で、彼を調べてください。」
「わかった。そうしよう。お前は、ゆっくりと休んでいろ。」
うんうんと頷くディスケイニ枢機卿。取り敢えず雄一たちを最終フロアまで転移させ、水晶越しに雄一の過去を見始めた。
雄一の、これまでの道程が逆再生するかのように映し出される。白色ゴーレム、リザードマン、オーク、ゴブリン。
「一体何なのだ? リザードマンも配下にしたのか。環境もおかしいぞ、あの場所は何なんだ? あんな処無かった筈だが。まるでココだけ様々な空間が付け足されたようだ。」
「家畜のブタが、オークキングになって、ゴブリンを支配しているだと? 逆だろ。訳が分からん。ここは環境そのものが意味不明だ。」
更に過去を視る。アスレチックゾーンへと巻き戻ったころには、呆れ顔になるディスケイニ枢機卿。ひたすら、遊んでいるようにしか見えない画像が流れ続ける。
やがて画面は、ダンジョンの最奥にある小部屋へと進み。そして、召喚前の雄一まで巻き戻した。
と、ディスケイニ枢機卿の表情が急変する。
初めは驚愕の表情で、口をポカンと開けていたが、徐々に歪み、歯を食いしばり始めた。
数分後、ディスケイニ枢機卿が、小さくカタカタと、震え始める。
過去視をしている主人の様子がおかしいことに気かついた紅が声を掛け、枢機卿の顔を覗く。
「どうなされましたか? えっ、涙を流されておいでですか!?」
「つっ! 馬鹿を言え!!」
慌てて顔を逸らし、袖で目元を拭うと、ディスケイニ枢機卿は、頬を両手でぱちぱち叩いて、傍らの机に置いてある黒い書物を、パラパラと捲りだす。
「なんで、なんでこんな重病の子どもが?」
「ムウ様は、てっきり、天下無双の兵ばかりを集めておられるのかと思っていた。」
「紅の言う通り、もし仮にこの子が「特別」で、「本命」なら、ムウ様はこの子に、一体何を望むの?」
「何が見えたのですか? 奴の正体は何だったのですか?」
ぶつぶつと、青い顔をして呟き、本に噛り付く主人の顔を見て、紅が訪ねた。しかし、まるで聞こえていないかのように、黒い書物の文字に指を這わせている。
「あった。これだ。確かに、この「予言の書」に記してある。こうして確認しないと分からないが、他のフロアと干渉し合わない、巧妙な作り方を指示している。」
「どこぞの、トレーニングセンターの如き仕掛けも、事前に各所に造らせている。そして、転移魔力注入と同時に、あの少年のルートに施設転移する仕掛けになっている。」
「ダンジョン建造の余りの膨大な指示で気にも留めていなかったが。」
「では、あの遊具は、あの少年の為だけに、用意されたもの。」
「ああ、ムウ様が意図的に細工を施していたことに間違いない。少年の召喚転移してきた場所は「予言の書」そのものが発見された場所。狙っていたとしか思えん。」
ディスケイニ枢機卿が考えをまとめる時間はなかった。儀式は最終段階へと移行する。
「あ、主。最終フロアに6人が出そろいました。」
「いずれにせよ、間もなく分る……。」
召喚された者総勢600人。その生き残り6名が最終フロアへと集まった。「蟲毒の儀」最終戦が始まる。