黎明編 #88 女神の戦士たち
「・・私が、みんなを・・ティフロのみんなも・・殺したの・・。」
涙を零し続けながらもララは恩人であるティフロの民を葬った時のことを告白しようとしたが、ティアが割って入る。
「ララ。あなたは何も悪くない。どう考えてもアレはクソカスおやじステマの所業。ここから先はあなたの過去を知る冷静な第三者の私が「要点」だけをまとめて話すわ。」
「いいわね?ララ。」
ティアの申し出にララがうつ向いたまま小さく頷いた。
ティアはララの代わりに言葉を繋ぐ。
「ララ12歳の春。ステマのバカが遂に世界に向けて宣戦布告をしたの。戦況は知らないけど、「どっこいどっこい」ってとこだったんでしょう。辺境のティフロにその情報が入っても暫くは何も動きがなかったわ。」
「でも、夏になると他国からの侵攻が始まって、ティフロの里にも屈強な兵士たちが攻めてくるようになった。」
「でも、ティフロの民にゲノム・イン・ゴッドはされていない。ゲノム編集はされていたが、ひ弱な人間に変わりはなく彼らに立ち向かう術はなかった。」
「まさか皆を守る為、ララちゃんが戦いに出たってわけ?」
ムーンが「そんなことで行かせない!」とばかりに勢いよく泣き続けるララを抱き寄せる。
「・・ララはティフロを守る為に攻め寄せる敵と戦った。」
「凄かったわ。敵の魔法を封じ込め、敵味方関係なく相手を傷つけずに戦闘を終わらせたの。」
「そうしてララは捕虜にした敵兵全員を赦したわ。すると敵兵たちは皆ララに忠誠を誓ってティフロを守る戦士に志願しだしたの。」
「ふむ。さすがはロドロス最強兵器じゃな。」
「ケッツァコアトル!?ここはふざけないで!!」
「わわっ!冗談じゃよ。才色兼備のララをちいとイジリたくなっただけじゃ。じゃが、嚢中の錐。これをステマは見逃さなかろうのぉ・・。」
「・・。そうね。結局この目立った行為でララたちはクソカスバカおやじに見つかったわ。」
「まさか、バカおやじに天才ララちゃんが負けたっていうの?」
「・・。いいえ。もっと悪いわ。」
ティアの表情が険しくなる。
「・・ララはステマに操られたのよ。」
「!!」
「そ・・そんな・・。」
ララが下唇を噛み、目をぎゅっと瞑る。
「操られたララは無情にもステマの操り人形となり、ララに忠誠を誓ってくれた兵達と・・。ティフロの民を手にかけさせられたんだ・・。」
「ララ殿・・。」
「ララちゃん・・。」
ケッツァコアトルとムーンがララに慰めの言葉をかける前にティアが話を進める。
「ステマの操り人形となったララは自分の意志とは関係なく、そのまま戦地へ赴き敵国と戦った。その身と心をボロボロにして・・。」
「そうしてステマの駒として限界が訪れた時、ララは「蟲毒の儀」に召喚転移させられたんだ・・。」
ティアは「要点」だけを伝え終えた。要点の中に最後まで、母親と弟の名が出てこなかったことは極めて不自然であるが、その不自然さが逆に語るに及ばない真実を語っていた。
ケッツァコアトルも、ムーンもそれを理解し、言葉を失う。
最終戦争を解説するムウのナレーションが皆のララへの意識を押し流そうとする。
皆も、ムウの声の流れに努めて身を任せた――。
西暦2212年4月。世界に対し侵略を開始したロドロスとデオス同盟軍は序盤こそ快進撃を続けたが徐々に戦況は劣勢となっていく。
そして開戦から6カ月後、ロドロスは東からファナレ、南からリノケロスの侵攻を受け防戦一方となった。
そんな中、同盟国デオスが西からファナレ、南からアモル、東からエレファダスの3カ国による挟撃に耐え切れず全面降伏した。10月6日のことだった。
その途端状況が一変した。
国の四方を取り囲まれ、窮地に追い込まれたロドロスと降伏したデオスの国から「デザインヒューマン」をも圧倒する巨大なモンスターの群れが溢れ出したのだ。
異形の形をした様々な化け物たちは列をなして広大なファナレの国土を左右から蹂躙していった。
「なんじゃあ?こりゃあ。古代モンスターはこんなにもの強かったのか?」
ケッツァコアトルがロドロスから放たれたモンスターの強さに舌を巻く。
「えっ?私たちの時代のモンスターだって十分凶悪だけど?」
「んんん・・。まぁ、見ているだけでは比較、強さなど分らぬが、それにしてもコレは・・。」
4000年もの間ムウの世界を見続けてきたケッツァコアトルが眉をひそめて唸っている様子にティアは一抹の不安を覚える。
挟撃を受けたファナレとデオスは僅か3日で巨大モンスターの群れにより滅ぼされた。
「ナニコレ?なんでデオスが滅ぼされんのよ!?」
ムーンが驚愕の表情で叫ぶ。
「モンスターが世界に溢れ出したのはロドロスとデオス、二カ国同時だった。どうやらステマは転移装置をデオスの要所に置いていたようだ。ステマの野郎デオスとの同盟関係の狙いは初めからコレだったんだ。」
「それにしたってどうして滅ぼすのよ。ロドロスの国土は無事じゃないか!」
ティアの返答にムーンは納得がいかない。
「「駒」は用が済めば「無用の長物」となると踏んだのじゃろう。それだけステマは甲斐性のないミソッカスじゃと言うことじゃ。」
ケッツァコアトルはそう言うとムーンの頭を優しく撫でてやろうとした。しかし、身長差からその手が全く届かない。ぴょんぴょんとジャンプしてみたがどうにも届かない。ケッツァコアトルは仕方がないのでティアの頭をよしよしと撫でた。
ティアの顔が少しだけ引き攣る。
「そんなことよりも、妾たちの直接の先祖がこの戦争で決まると言うことじゃ・・な。」
「・・。そうね。この戦争で勝ち残った方が私たちの先祖・・。」
ケッツァコアトルとティアが引き攣らせた目を互いに合わせる。
「・・ちょっと両方勘弁だわ。」
「そうね。」
ムーンの呟きにララが静かに同意した。
同年11月。ロドロスが世界に放ったモンスターの進撃は留まることを知らずファナレ、デオスに次いでリノケロスとアモルが滅ぼされた。
敗走を繰り返す人類はエレファダスで最後の砦を築いた。
「エレファダス・・。武闘大会で最も多くの覇者を輩出していた強国。」
「ロドロスのモンスターも随分減ったけど・・でも、それでもエレファダスに勝ちの目は無いでしょうね。」
「うむ。大国ファナレが不意打ちを喰らった形で滅亡したのが致命的じゃった。リノケロスやアモルの英雄たちも勇敢に戦ったが戦力差は明らかじゃ。」
「この戦争・・ロドロス王国の勝ちじゃな。」
人類最後の砦「エレファダス」自由を履き違え、勝手気ままに生きることがアイデンティティ。力こそ全て、勝者こそ正義の、外道の極みが集まる国。
その国が人類存亡を掛けて団結する。
巨人サイクロプスの軍勢が巨体を振り回し逃げ惑う人間に襲い掛かる。
ズドドーン!
『ぐおおおっ・・。』
しかし強烈な爆裂魔法がサイクロプスの進軍を止めた。
『負傷者は後方支援に回れ!ここは俺一人で喰いとめる!』
ドガガガーン!
『何をしている!巻き添えを喰らいたいのか!他国からの難民たちはさっさと国の中心へ向かえ!そして十分に休息を取り英気を養った後に与えられた任務に就くがよい!』
「やだ、誰このじいさん。カッコいい。」
それは最早老人となった初代武闘会の覇者だった。
「うそ!あの下衆野郎がこんな渋いじいさんになったの?」
砦の中央では一人の女性が大量の負傷者を一度に全回復させている。
『ちょー・ウルトラ・ギャラクティカ・フィラフト・ヒーリスト!!』
『おおっ!落ちた腕が再生したぞ!よし!これでまた戦える!!』
『体全体が覚醒したように感じる!!』
『あたいの回復魔法は世界一!ついでに防御力も攻撃力も上げといたよ!さぁ!勇猛果敢な勇者たち死を恐れず戦え!そして傷つけばすぐに戻ってこい!いくらでもあたいが治してやる!おっとハゲだけは治せないよ!』
別の方面でも八方攻め寄せるモンスターとの戦いが繰り広げられている。
『かっかっかーっまるで御伽噺の世界じゃないか。ドラゴンと戦えるとは寧ろ血沸き肉躍る感覚を覚えるぜ。』
ズバッズバッズババ!
『簡単に背後を取られてるぜ?もっと自重しろ昨年優勝したばかりのひよっこが。』
ドシュッ!
『サンキュー先輩!俺ぁ今、最高に幸せだぜぇー!!』
『けっ。僅か1年でよくもここまで人が変われるもんだぜ・・。おっと、俺もか・・。』
『これも全て「女神様」の導きのお陰だぜー!かーっかっかっか!』
火炎を吹くドラゴンの群れを相手に若手優勝コンビが無双状態を続ける。
「うそ・・。コイツらってみんなみんな女神ちゃんを公衆の面前で辱めていた下衆どもよね?」
「予想外じゃ。烏合の衆に成り下がるとばかり思うておったのに、高度に結束しておる・・。まるで小さくとも・・いや小さいからこそ決して砕けぬ小石のように・・。」
「戦うことが大好きな彼らが、力を合わせれば、強大なモンスターにも負けないってこと?」
「うーむ、なんと勇ましい・・。彼らが妾達のご先祖様だと言うのなら、その運命、喜んで受け入れよう・・。」
モンスターの侵攻が膠着状態となり、徐々に押し返していく。いや、押し返しているのではない。モンスターの数そのものが目に見えて減少している。
「がんばれ!エレファダス!もう少しだ!ロドロスのモンスターなんかにまけるな!」
人間の底力に思わず力の入った声援を送るティアたち。
しかし、再び戦況を大きく変える出来事がロドロス王国で起こった。
ステマが最後の切り札を切った。裏アダムが肉体を手に入れ、この世に誕生したのである――。