開眼編 #86 聖者の行進
森の番人第五部隊長アルデア・ガルサの挑戦を退けた雄一は、続いて第四部隊長のガルニャ・コトブロの挑戦を受ける。
ガルニャは全身を包む金色の鎧を光らせて、のしのしと雄一の前に立つ。対峙すれば雄一の身長はガルニャの膝辺りまでしかない。
「次はこの俺だ。俺が誰だかわかるか?雄一王婿。」
「あははー。知ってるよー。第五部隊長ガルニャ・コトブロさんでしょ?」
雄一の答えを聞いてニヤリと口角を上げると、どっかとその場に腰を下ろすガルニャ。そんな行動に雄一は魔導グローブを口に当て、小さく首を傾げる。
「どうしたの?ガルニャさん。」
「・・雄一王婿・・。ここだけの話だが、俺は部隊長の中で最も頭が悪い・・。」
「ええっ!?そうなの!?ここだけの話なら、これは、二人だけのナイショだね。」
二人は内緒話をしている態を取るが、声が大きくて会場中、殆ど丸聞こえだった。
『はぁ・・。バカ二人が大声出して内緒話とは・・。』
イエラキがやれやれといった感じで頭を下げて首を振る。
ガルニャの脳筋振りは周知の事実だったのだが、雄一に向かい恥ずかしそうに頭をポリポリ掻きながら話を続ける。
「ラーク様からお前の得た能力の話をたくさん聞いたが、お前を褒めていると言うこと以外、何をおしゃっているのかサッパリだった。」
「・・そっかぁ~。むつかしい問題だよね。そう言えば記憶には「アホエンオイル」が効くって話を聞いたことがあるんだけど、名前に「あほ」ってついてるしだめかなぁ?」
ガルニャのお悩み相談に深刻な表情で答える雄一。
「俺は、お前さんほどの聖者を見たことがない。口では上手く説明できんが、神々しいというか・・。正直お前さんが眩しくて直視できぬ程だ。」
「俺も、できることなら・・そんなお前のような賢い聖者となりたい。」
「えへへー。そんな風に言われると何だか照れちゃうね。そうそう、そう言えば、諺にね、「ばかとハサミは使いよう」って言葉があるんだよ。きっと、ガルニャさんも「はさみ」の使い方が問題なんだよ。きっとだよ~。」
二人がしている内緒の会話のキャッチボールは、不思議なことに成立しているかのように見えた。しかし、そう成立しているように見えるのは当人同士だけのことで、傍から聞いていると、いくらストライクゾーンを広げても何のこっちゃか分かったものではなかった。
「あの二人は一体何の話をしているんだ?話がちぐはぐで噛み合っていないようで、理解し合い、意気投合しているようだが・・。」
イライラした表情で二人を睨み続けるイエラキ。
「いや、これはガルニャ殿なりの戦法かもしれませんぞ。先程のアルデア同様、我らが気付いていないだけで、心理戦という名の戦いが始まっておるのでは・・?」
「ふぅむ。成る程・・。だといいが・・。」
第三部隊長のアナトラ・アグリオバビャの言葉に一応の納得をするイエラキ。しかし、ガルニャと雄一の乗った脱線暴走列車は留まることを知らない。
「成る程、「はさみ」か・・思いつきもしなかった・・。聖者は言うことが俗人とは違うものだ・・。」
「お前の言うように世界は「はさみ」という名の光で満ち満ちている。でも、目をつぶれば光は閉ざされる。何故だ?こんなにも世界は光に満ちているのに。こんなにも世界は美しいのに、なぜ瞼を閉じれば残酷にも閉ざされてしまうのか。」
「それはね、ガルニャさん。豆腐に針を刺すと、針が気持ち良さそうに感じるからだよ?」
二人の会話はまさしくカオス状態へと突入する。
「なんて素晴らしい答えだ・・。俺は、今、モーレツに感動している。俺はようやくお前さんの様な聖者になる決意ができた。愛するこの国を護る最強の聖者に・・。」
「どうだろう雄一王婿。俺はお前の様な聖者になれるだろうか。」
「うん。無理だと思う。」
どうでもいい会話を、さもどうでも良くない会話の様に熱く語っているようにしか見えない。そして、最悪なことに二人の会話から終着点が一向に見えない。
「そうか・・。無理か・・。それは残念だ。」
「だって、ガルニャさんは、知らなきゃならない本当に知らないことを知っているから・・。」
「・・だから、ぼくよりもずっと賢くなるんだよ?」
ガルニャの顔に光明が差す。顔をくしゃくしゃにさせ、雄一の小さな手を両手で包む。
カオスには違いないが、雄一には珍しい「嘘も方便」のお陰で、漸く終着点が見えた。そう感じたイエラキ達がほっと息を吐く。妙な空気だが、これでやっと戦いが始まると皆が思った。
しかし、脱線暴走列車は折り返さなければならないとばかりに世迷言が始まる。
「そうか・・。そうか・・。ありがとう。嘘でも嬉しいよ。優しいなぁお前・・。おお・・うれし涙たぁこう言う時にも零れるのか・・。ふっ。気持ちのいいもんだなぁ。」
「あははー。泣くとお腹が空くよ?ぼくの「へそくりキャラメル」食べる?」
雄一はそう言うと右手のグローブを外した。そしてポケットをまさぐり、その手をガルニャに差し出した。その小さな掌には一粒の雄一キャラメルが握られていた。雄一はこっそりキャラメルを残していたのだった。
「勿体ない。勿体ない。それは、お前さんがここぞと言う時に使うべきものだ。それよりも、さぁ、お前さんにはやらねばならぬことがあるのではないのか?」
「そっか・・。うん・・。そうだね・・。」
そう言うと、雄一は少し寂し気に俯き、右手用グローブをそのまま地面に落とし、キャラメルごとぐっぐっと右拳を握り締めた。
雄一のその様子を見て頷いたガルニャは「ふっ」と笑みを零すと禅を組み、突然全身から赤黒いオーラを解き放った。
「ああ・・。俺にも見えるよ・・。聖者の行進が・・。・・ありがとう・・ゆういち・・そして・・さようなら・・。」
ギャオギャオと悲鳴のような唸りを上げて立ち昇るオーラを纏ったガルニャは、まるで煉獄の炎に包まれる一つの岩のようだった。
「・・ん。・・やあっ!」
その赤黒い岩と化したガルニャに腰を落とし込んだ雄一が一閃を放つ。
ドッゴォォォォン
雄一の拳はガルニャの鳩尾の中心に生入りした。すると、ガルニャの金色の鎧がバラバラに砕け散り、後方へと吹き飛んで行った。赤黒く立ち昇ったオーラと共に・・。
ガルニャの表情は実に、実に穏やかだった・・。
「お前ら一体、何がしたいんだー!!?」
我慢の限界を超えたイエラキの叫びが響く。
もはや二人の会話と行動はアナザーワールド。誰にも理解できない二人だけの漆黒世界。
二人だけの内緒の異次元領域での戦いが今、始まり、今、終わった。
ガルニャは満足そうな笑みを浮かべ、座ったまま気を失っている。雄一の背中は泣いているようだった――。
「いやいや、ちがうちがう!おかしいから。おいコラ!ガルニャ!!気持ち良さそうに寝るな!起きろ!」
ボコッ
「うぉっ?!」
男同士の戦いの余韻に浸ることなどイエラキが許さなかった。ガルニャは早々にシバキ起こされてしまう。
「おいガルニャ。てめぇ仮にも第四部隊長だろうが。なに雄一ワールドにどっぷり嵌って遊んでやがる。」
イエラキの剣幕にも我に返ったガルニャは一切動じず半眼のまま、すっと立ち上がる。
「・・確かにそうだな。そなたからすれば、我らのやり取りなど、ただの戯言に映ったかもしれぬな。」
「・・しかし。自分の見聞きできる世界だけが真実の世界だと思わぬほうが良いぞ?第一部隊長イエラキ・ワルド殿。」
「んな・・?んな・・?ガ・・ガ・・ガルニャ・・くん?きみ、何言ってるの?」
まるで人が変わってしまったかのようなガルニャの物言いと物腰にイエラキは呆気に取られてしまい、口をぱくぱくさせている。
雄一の強烈な一撃を喰らい、ショックで頭がおかしくなってしまったのではないかと思う程に・・。
ガルニャは誰もが一目見て「聖人」と分かるほどの変貌を遂げていたのだった。
「こ・・神々しい・・。ど・・どうなってんだ?ガルニャの知能レベルが飛躍的に向上したように感じる・・雄一殿・・。あなたはガルニャに一体何をしたのですか?」
自失寸前のイエラキの問い掛けに雄一は首を傾げて答える。
「えー?ぼくのせい?ぼくは何もしてないよぉ?ぼくはただ、「ぼくがやらきゃならないこと」をしただけだよぉ?きっと、ガルニャさんは元々賢かったんだよ。うん、きっとそうだね。」
「んな?脳筋ガルニャが元々賢かった?・・。」
なおも口をぱくぱくさせるイエラキを尻目にガルニャは含みのある笑顔を雄一に向けて一礼すると、舞台袖の知将ラークの元へと戻っていった。
するとガルニャがラークに一言二言声を掛ける。ラークはそれをうんうんと頷きながら聞いた後、ガルニャの肩に手を乗せて、笑顔で言葉を掛ける。すると、二人同時に胸を張って笑いだした。
イエラキはその様子を見て、まるで自分だけ取り残されたような、孤独な気持ちになった。
先週末にイラストをたくさんアップしました。
#1紅(人間バージョン)#2ゴブリン#16雄一VSタクフィーラ#19門から顔を出す鬼#22アトラス#29竜化アトラス#33不良3人組#36バラダー・フルリオ#39イエラキ・ワルド#43身代わりバラダー#47ムーン特攻#66フローラ・ワルド#78知将ラーク・コリダロス#80目隠し雄一
です。お目汚しになるかとは思いますが楽しんでいただければ幸いです。
2018年10月2日現在。