黎明編 #85 女神誕生
アダム革命により、世界に魔法使いが溢れた時代。街には次々とリング等の闘技会場が建設され、多くの武闘大会が催された。
人々の多くは町一・都市一・国一・世界一を目指して日夜戦った。
戦いの形式は、より強い刺激のものとなり、個人戦・団体戦・異能力種格闘技戦など様々な種目ができた。
それに合わせるように闘技場も志向を凝らし、様々な舞台が用意された。アイスリング・有刺鉄線リング・電撃地獄・火炎地獄など、エスカレートの一途をたどった。
そして世界大会優勝チーム。優勝者には世界一の称号と名誉、そして、「ある商品」が贈られた。贈られた商品とは「女神」である――。
「なんだ?なんだ?「女神」と言ってもただの女じゃないか。まぁ、ちょっと美人じゃが・・。」
「ああ・・なんて酷い。優勝者が公衆の面前で「女神」をおもちゃにしてる。」
この優勝者に与えられる「女神」とは最新のゲノム・イン・ゴッド技術で人工的に造られた「心無き生命体」所謂ホムンクルス。主人の命令は絶対服従で従順。何でも思い通りにしてくれる。
「ぐへへへへ!俺様が世界最強だ!さぁ!女神よ最強の我にひれ伏せ!最強の俺様の足を舐めろ!」
「・・はい。ご主人様・・。」
初代武闘大会優勝者の命令に従いぺろぺろとその足を舐める「女神」。
戦闘能力は皆無で、コミュニケーション能力も殆どなく、まさに「お人形」のような存在だが、不老不死であり、ありとあらゆるダメージを受け付けない肉体を持つ。変態能力を持ち、主人の理想の姿になって、付き従い、奉仕をする。
一見すれば、愛玩アンドロイドの劣化版のようにも思えるが、「女神」の肌から放たれる妖艶なオーラと生命力はホムンクルス特有であり、人々の心は「女神」の虜となった。
要は「女神」の利用価値とは性欲と自己顕示欲の解消以外の何ものでもなかった。
「こ・・こやつら・・どこまで堕ちれば気が済むのじゃ!」
「でも、これが私たちのご先祖さ・・」
「だまれ!ティア!きゃつらが我らの祖である筈がなかろう!妾にこんな外道らの血が流れているわけがなかろう!」
ケッツァコアトルはわなわなと震えながら、受け入れ難い過去を前に叫ぶ。
この時代においても尚、人は人の下に人を作りたがった。
しかし、人類総魔法使いの超個人主義社会において、その欲求を満たすことが難しくなった。そのニーズに応えるためにAIアダムによって造られた「人権無き人間」。それが「女神」だった。
微かに残った背徳感からか、或いは崇高な存在であればあるほど支配したいと言う欲望を満たす為か、その生命体を「奴隷」とはせずに「女神」としたのだった。
不老不死の「女神」の扱いは奴隷以下。神は人にあらず。よって神に人権は不要。如何なる扱いも許される。
人々の倫理観は限界まで歪んでいた。
「女神ちゃん可哀そう。心が無いってことは痛みや悲しみも感じないのかな。もし、そうだったら、その方がいいな。」
「ムーンちゃん・・。私は・・そうは思わない・・。女神ちゃんはきっと心を持っている・・。」
ムーンの言葉に顔色の悪いララが答える。ムーンは心配そうな目をしてララの体を包み込むように抱いてやった。ララも、心の支えの様にしてムーンに体を預けた。
アダムをもってしても最新技術で造られる「女神」の生産は当然簡単ではなかった。
希少な材料と著しく高度な技術と時間が必要で年間10体程度しか造ることができなかった。
その激レア感がまた人々の競争心を煽った。その貴重な10体を求め、人々は日々真面目に精進して自分の強さを高め、世界大会へと足を運んだのだった。
世界6ヵ国の内5ヵ国がホムンクルス「女神」に熱狂する中、1ヵ国だけ武闘大会そのものを開かない国があった。
ユーラシア大陸極西に位置する島国ロドロス王国であった。
世界6ヵ国で唯一王政を維持していたこの国では、ゲノム・イン・ゴッドの利用に一定の制限を加える国だった。
ロドロス王国は小国で、国民も3千万人程度だったこともあるが、超情報社会の超個人主義の時代にあって、政治は他のどの国よりも安定していた。
信仰心と倫理観が強いこの国は、アダム革命以前から世界のゲノム編集利用の在り方に異論を唱え、何度も意見を衝突させた。
そしてその結果、「他国不干渉条約」を締結させられ、ロドロス王国は孤立。世界との国交・交流を断絶し鎖国状態となった。
「ほっ!ほれ!やったぞ!ティア、ララ、ムーン!彼等じゃ!ようやく我らのご先祖様に当たるまともな人間の登場じゃ!」
「うむうむ。やはり、国の運営は王道こそ王道。王が民を導いてやらねばならぬのじゃ!」
「ケッツァコアトルちゃん。そうあって欲しいって気持ちはよく分かるけど・・。情報を都合よく解釈するのはどうかと思うよ・・?」
「うぐぐっ。分かっておるわ!」
ララの言葉に、顔色が悪い癖に痛い所を突いてくると思うケッツァコアトル。
しかし、ララがこう述べたのはこれまでの冷静な分析やララの価値観による解釈からではなかった。
ララはこの時代の「真実」と「現実」を知っていたのだ。
「この国は・・。私の国だから・・。」
「なに!?」
「この国はロルドス王国。「領主の国」と言う意味・・。国王の名はステマ・イクソス。独裁者・・。」
「・・。そして、私の父よ。」
西暦2192年。そんな村八分扱いの中、ロドロス王国の国王ステマ・イクソスは「女神」の扱いを「非人道的行為」と非難し「女神」の即時解放と「製造の中止」を求め、国連の会議で訴えた。
更に行き過ぎた魔法能力至上主義の行く末を危惧し、ゲノム・イン・ゴッド利用の規制に向けた枠組みを提言した。
「さすがララちゃんのお父さん。いいことするじゃない。」
「・・。あいつの本性はそんなんじゃないわ・・。」
「国連」はロドロス王国の訴えを受け、採決を行うが賛成2:反対4であっさり否決。
「他国不干渉条約」を元に、「女神」の扱い方及び、ゲノム・イン・ゴッドの利用は今後も「各国」と、その権利を持つ「個人」の方針に任されることになった。
「くっ!否決されたか!ララ殿の父親の悔しそうな顔・・。胸に来るものがあるのう・・。」
「ケッツァコアトルちゃん・・。騙されないで・・。全てコイツの狡猾な罠だから・・。」
2:4で否決はされたが、ロドロスに賛同したもう一つの国があった。
元ユーラシア大陸、東方の国デオス。
この一件からロドロスとデオスは大陸間をまたいで同じ価値観を共有する同志として同盟関係を結んだ。
「いいじゃん!いいじゃん!ええ?ララ殿。妾はロドロスとデオスを応援するぞ!?小国と弱国が共に手を取り、強大な国々と戦う・・。最高の正義じゃないか。」
「・・ケッツァコアトルちゃん・・。ロドロスは王政を敷いている・・。この意味が分からない?ロドロス王国の国民は王族たちに支配されているのよ?父は差別主義者なのよ?」
「王族たちは戦後から築いてきた自分たちの地位が脅かされるのを恐れ、ゲノム・イン・ゴッドを規制していたにすぎない。」
「そして、デオスは世界一を決める武闘大会で一度も決勝に上がることのできなかった予選敗退常連国・・。独裁者ステマに利用されてしまう。」
「ララのパパが差別主義者?じゃあ「女神」を「非人道的」と言ったのは・・?」
「表向きだけ綺麗な「看板」よ。父が、ゲノム・イン・ゴッドを規制していたのは国民にだけ。裏ではその技術を最大限に活かし、恐ろしい野望と計画を画策し、粛々と準備をしているわ・・。」
ララの言う通り、ロドロス王国は「正義」や「人道主義」の国ではなかった。
世界6ヵ国で最も危険な思想の持主ステマ・イクソスは虎視眈々と世界を征服する機会を伺っていたのだ。
国王ステマ・イクソスは「王族」に対し高らかに雄弁を放つ。
『行き過ぎた個人主義は人類を正しく導く指導者を見失っている。見て見よ。今の獣以下の姿となった世界の人間どもを。こんな堕落した人間を神は愛して下さるだろうか。問うに及ばないことだろう。』
『では、何故このような畜生道へ人類は堕ちてしまったのか。その元凶はゲノム・イン・ゴッドの自由利用に他ならない。このまま行けば世界はいずれ混沌の渦へと巻き込まれるであろう。』
『しかし。ロドロス王国は強さばかりを求める現在の潮流をこのまま指を咥えて看過することはできない。』
『地獄道へ堕ちる前の人類ならば、まだ間に合う。』
『我らが導いてやるのだ。由緒正しき血統を持つ王族が世界の頂点に君臨し、愚民どもを統制すれば、人は再び神から愛される存在へ戻ることができる。』
『さあ!我々が手を差し伸べてやるのだ人類を!!我々が支配してやるのだ人類を!!神の祝福があらんことを――。』
ロドロス王国の王族たちは国王の演説に称賛の拍手を送る。その中に混ざっていたデオスの代表者達も「権力」と言う色に当てられ陶酔した目で手を叩いていた。
ロドロス王国は弱小国デオスを「一時的な味方」に付け、世界大戦に向けて準備が加速し始める。
「おいおい、なかなかどうして、演説も素晴らしいじゃないか。畜生道へ狂い堕ちたアホな人間どもの救済をしようとしているぞ?君のパパはどう見ても正義のヒーローじゃないか。」
自分が4000年も王をしていれば多くの感覚が鈍ってしまうのだろうか。ケッツァコアトルにはステマ王の正当化された言葉への危険性が理解できない。
「ララちゃん!大丈夫?顔に血色がまるでないわ。ティア!回復魔法を掛けてあげてよ!」
デオスの協力を受けながら世界征服へ向けて準備を加速させるロドロス王国。
国家機密である「裏モノAI」によるゲノム・イン・ゴッドにより、西暦2199年。元日。ロドロス王国に「王女」が誕生した。
「彼女」は来るべき世界大戦時、国を護り、敵を打ち滅ぼす理想の兵器として、国の威信をかけて造られた。
「ま・・まさか・・。この王女って・・ララちゃんのこと・・?」
一瞥記憶・頭脳明晰・全属性持ち魔法使い。天下無双のこの生物兵器は「ララ」と名付けられた。