開眼編#84 恐怖の大王VS勇者アルデア
恐怖の大王にしか見えない雄一を前に、竦み上がるイダニコ国の無垢な妖精トロルたち。
しかし、仮にも誇り高き森の番人の部隊長。「戦うのはやっぱりやめたい。」と言う今にも口から飛び出しそうな本音を呑み込み、自らの頬を叩いて気合を入れる。
震える声で雄一に声を掛けたのは第五部隊長アルデアだった。
「では、私からお相手願います。」
「よろしくお願いします。第五部隊長アルデア・ガルサさん。」
「んがっ!?」
はちまきで目隠しをしたまま雄一は頭を下げてアルデアの名を口にした。信じられないが、雄一はやはり見えている。気配などではなく、顔を識別できるほどしっかりと視認している。
「す・・凄すぎる・・雄一・・。お前・・分かるのか、目の前の相手がダレなのか・・。」
イエラキが震えながら声を掛ける。
「えへへー。スゴイでしょ?一度きりの紹介なのに、フルネームで答えられたよ?」
「すげえのはソコじゃねぇーよ!どあほ!」
いや、本来ソコも褒められる所ではあったのだが、目隠し状態で視認すると言う、とんでも能力のせいで「どあほ」扱いされる雄一。
でも、そのお陰か、4人の部隊長の緊張がほぐれた。
アルデアが、煌びやかな装備を外すと、アルデアの親衛隊と見られる部下が慌てた様子で駆け寄り、外された装備を丁寧に抱きかかえて下がる。
「では、雄一王婿様。よろしくお願いします。」
アルデアが左手に右拳を合わせて、礼をする。
「アルデアさんは魔導防具をつけないの?」
「序列最低位とは言え、私も1000のトロルを率いる部隊長です。漢気は通したいのです。」
「ふーん。そうなんですね。」
棒立ちで突っ立っている雄一に対し、アルデアは足を蟹股に開き、腰を落として構えを取った。
「それに、私は俊敏さが売りなのです。先程外した鎧の総重量は500kgを超える、言わば足枷のような物。持ち味を出すのに防具は邪魔な存在なのです。」
「あぁ~。それ分かる~。ぼくは学校の体操服が一番動きやすいと思うんだ。袖がキュッてすぼんでて、邪魔にならないの。この辺で売ってないかなぁ~。」
アルデアは雄一に対し、「はったり」など通用する筈がないことは承知の上で、プレッシャーを掛けた。
対する雄一はそのプレッシャーを「アルデアの日頃の悩み」と勘違いを決め込み、脱線の沼地に飛び込んで、アルデアにおいでおいでをし始めた。
『ちっ!』
「推して参る!」
アルデアは少し舌打ちした後、雄一ワールドへの誘いを完全に無視して飛び掛かった。
「うわっ!アルデアさんスゴーイ!とても速いね。」
3mを超す巨体ができる動きとは思えない程の高い俊敏性を持ったアルデアは雄一の周囲を駆け回り、翻弄している。
ぶんぶんと強い風切り音が響く中、アルデアの姿は微かな影にしか見えない。
25000の観衆が「おおっ」とどよめく。部隊長の中で最も若輩で未熟者のアルデア。しかし、イダニコ国においてスピードに関して彼の右に出る者はいない。彼もまた、部隊長としての一角を担う武の道を極めた実力者に違いなかった。
雄一は口を半開きにしてアルデアを追いかけるようにクルリ、クルリと回っている。アルデアの巨体から発せられた風に煽られ、動かされる風見鶏のように。
「さすがの雄一殿でもアルデアのスピードには付いて行けぬようだな。」
「そのようですなイエラキ殿。彼の動きは音速を超えます。ましてや、目隠しをされておられるのだ。ついていけなくて当然でしょう。」
イエラキの呟きに第三部隊長のアナトラ・アグリオバビャが同調し、二人は頷いている。
遂に森の番人トロル側の攻撃が雄一に届く。そう誰もが思った。だが、アルデアがその初手を中々繰り出さない。雄一の周りをただひたすら走り周っているだけだ。
進展の無い状況に観衆もざわつき始める。何故アルデアが何故攻撃に転じないのかヤキモキし始める。
『ああ・・ずっと・・じっと・・見つめられている・・。』
『目隠しした子に・・こ・・怖い・・。なんなのだこの子は・・。我と、王婿との間には、こんなにも差があったのか・・。』
そう、雄一とアルデアは既に、目には見えぬ激しい攻防を繰り広げていた。アルデアが攻撃に転じようと距離を少しでも縮めれば、雄一の右手がすっと反応していた。
雄一風見鶏は風に煽られクルクルと回っていたのではない。アルデアが攻撃に転じようとしたタイミングの時だけアルデアの正面に体を向け、拳を固めていたのだ。
そしてアルデアはそんな雄一の洗練された無駄のない動きを肌で感じ取っていたのだ。
『構えも取らず、隙だらけ・・。なのに直感で分かる・・。手を出せば・・終わる・・。怖い・・。この子は人を模った悪魔だ・・。』
恐怖に呑み込まれそうになったアルデアは必死に起死回生の考えを巡らせる。
『しっかりしろアルデア!恐怖心を克服しろ!冷静に考えるんだ!・・そう・・。一撃を取ろうと欲張るな。引き分けるんだ。拳と拳をぶつけ合うんだ。我の体重と音速を超えるスピードを全てこの拳に乗せて叩き込めば、物理的に圧倒する筈だ!!』
理は、絶望の闇に一筋の希望と言う名の光を未来に向けて差し照らす。そしてその希望は凡人にさえ勇気と力を与える。
「うおおおおおおっ!!」
勇者アルデアの誕生である。実に勇ましい雄叫びを上げ、雄一と言う名の恐怖の大王に向かって一直線、全身全霊を込めた一撃を雄一に向けて繰り出した。
ブウン!
唸るアルデアの拳。
「コツン」
「へっ?」
恐怖の大王雄一は優し~く、まるで触れるように勇者アルデアの拳に拳を重ねた。
「あ・あ・あ・ばかな・・。」」
雄一はアルデアの考えなど全て見通していたかのように、剛拳に乗せられたスピードとパワーを、その小さな拳で、まるで衝撃吸収マットのように霧散させて受け止めたのだった。
「参りました・・。」
アルデアは戦意喪失。雄一の前にがっくりと膝を落とす。さながら大魔王の軍門に下る勇者の姿・・。いや、風車に挑むドンキ・ホーテの姿と言った方が正しいか・・。
「アルデア・ガルサさん。いいお勉強になりました。」
「こ・・こちらこそ・・。」
恐怖の大王の圧倒的な勝利だった。