黎明編#83 第二次AI革命
AIアダムは2162年10月に陰陽エネルギーを発見した。それは、まさに「生命の発現」に関するエネルギー。地動説を唱えたコペルニクス同様、極めて宗教上デリケートで神秘的な発見だった。
発見した相手がコンピューターだけに「アダムけしからん!」と宗教裁判にかけることもできないが。それほど人類を取り巻く、肉体的・精神的・物質的、全ての価値観と環境を一変させる大発見だった。
陰陽エネルギーとは生命の根幹に関わるエネルギー。
全ての生命体は遺伝子を持っており、この遺伝子はA・T・G・Cの4つの塩基が二重螺旋構造状で配列されている。
ゲノム編集と言った遺伝子操作技術とは、この遺伝子を構成する4種の塩基を操作する技術であり、この塩基操作によって人類にとって都合の良い新たな特性を付与していたわけだ。
しかし、この有機化合物とタンパク質がどうして生命活動を行うのか、その理由の根幹は不明であった。
「生命」を構成している「物質」と言う名の材料がいくら揃っていても「生命」は宿らない。単細胞生物さえ発生しない。
物質から生命は生まれないのだ。「生命は生命からしか発生できない。」それは何故なのか、その理由がわからなかったのである。
この生命の謎の一部が今回アダムによって解き明かされたのだ。
これまで「生命の発生」とは神の領域。その神秘性が信仰心を煽る。本来、人類が知るべきでない真実の片鱗をアダムは「陰陽エネルギー」と名付け、その存在を示したのである。
陰陽エネルギー発見後、数年に渡り人々の信仰心が混乱を続ける最中、アダムは陰陽エネルギーの活用方法を提示した。
新たな2つの塩基をゲノム編集で組み込むことで陰陽エネルギーが人の手に入ると発表したのだ。
西暦2169年5月。第二次AI革命(別名アダム革命)の始まりである。
陰陽エネルギーを利用できると言うことは、人類は生物としての垣根を超え、神の領域に達することを意味した。
即ち、森羅万象を操る特殊能力者・魔法能力者を誕生させることができるのである。
その魔法能力を使えるように遺伝子操作する行為は神を侮辱する行為として、その是非を問う議論は過熱した。
しかし、賛否両論、意見が分かれる中で、AI戦争後、散々ゲノム編集で遺伝子操作を繰り返した人類の倫理観とモラルは著しく低下していた。
人体に対する遺伝子操作を繰り返したその今更感から、行動と実行を先行させてしまう。
同年6月。アダムが被験者第一号に対し「新たなゲノム編集」で火を自在に操る人間を造りだした。
これにより世界最初の火属性を持った魔法使いが誕生し、彼は世界にその力の強大さを示した。その力を前にした誰もが「神の力」と認め、畏敬、或いは畏怖の念を覚えた。
また、この新しいゲノム編集の技術は「神の力が宿る遺伝子操作技術」とされ、「ゲノム・イン・ゴッド」と名付けられた。
「遂に出たわね。魔法を使う人間が・・。」
ティアが神妙な面持ちで呟く。
「これが我らに続く直接的な始祖と考えると、何だか複雑な気分じゃのう。」
ゲノム・イン・ゴッドは瞬く間に世界を席巻した。いや、有無を言わさず席巻せざるを得なかった。何故なら、登場した魔法使いが理屈無しで余りに強大だったからだ。
人間同士の間である競争の中で、旧式のゲノム編集で生まれた超人たちもお話にならない程の埋められない差ができていた。一切の遺伝子操作を拒絶したナチュラリストの元祖人間に至っては紙屑のようにあしらわれた。
ゲノム・イン・ゴッドをしない者は時代から取り残され、滅びの道を辿ると言う風潮が蔓延し、僅か10年ほどの間で人類の殆どが「魔法使い」になった。
基本属性は火・水・木・金・土。の5属性。この組み合わせで更に雷・光・闇の属性が発見された。
人々はゲノム・イン・ゴッドで自分自身のみならず産まれてくる子も妊娠段階で、或いは人工授精の段階で「魔法使い」に変えた。
受精直後の妊娠段階にゲノム・イン・ゴッドをすると、より思い描いた通りの属性能力が付与され、より基本能力もポテンシャルも高く持って生まれてきたからだ。人々はそのようにして産まれてきた子のことを「デザインヒューマン」と呼んだ。
西暦2180年頃になると、経済的な負担やリスクが一切ない為、特定のパートナーと結婚することも稀なケースとなり、性的な欲求の解消以外でパートナーを求めることのない時代へと入る。
そしてそれも、煩わしい人間関係もなく、我儘を一切言わない極めて精巧に作られた愛玩アンドロイドや、理想の自分が思い通りでいられるVRの世界で済まされた。
こうなると当然通常妊娠での出産は皆無となり、人類の妊娠と出産は、人工授精と人工子宮による母体を通さない完全人工出産が主流となった。
男女問わず、子どもが欲しくなれば、精子・卵子バンクへ行き、必要な精子若しくは卵子を選んだ。(特に希望やパートナーに当たる特定の希望が無ければ「大人のおもちゃ」によって回収されたものを使用することになる)
そうして、受精直後ゲノム・イン・ゴッドで理想の子どもに作り変えて人工母体に任せて出産してもらい育てる。(育児も希望すれば、ほとんどが自動化されている)
こうして産声を上げた瞬間から様々な能力を持つ「理想の子供」が誕生していった。
「アタマおかしくない?・・こんな妊娠・出産方法だと、片方の遺伝子が自分のでも本当に自分の子かどうかも怪しくなってくるのに・・。」
「ちょっとあれ見て。子どもたちの遊び方が変・・。と言うか、狂ってる。」
ムーンが「戦いごっこ」をしている子どもたちを指差す。その先には6歳前後の子どもたちが様々な魔法をぶつけ合って遊ぶ様子が見えた。
小さな男の子が「昇竜波」と叫ぶと、竜巻が放たれた。ゴウゴウと唸る竜巻に襲われそうな別の男の子がそれを「バーリア」と言って防いでいる。
「ずるいよ!バリアは3回までだよ!」
と防がれた男の子が半べそをかきながら騒いでいる。
「リョウくんのバカ!死ねばいいんだ!このへこきむし!」
バキバキバキ!
「弱いからいけないんだ!よっちゃんのうんこち〇ち〇!」
ドギャギャギャギャ!
お互いの相手を罵る言葉は年相応だが、ぶつけ合う魔法には殺気が籠っている。
「・・相手を殺すつもりで魔法をぶつけ合って・・遊んでいる・・?こんな価値観の中で育った子は、どんな大人になって行くの?」
「大人になってすることって、どうせ暇を持て余し、やることって結局は100年前のエデンと変わらないじゃない?」
労働から完全に離れ、何不自由なく生活が送れるようになっていた人類は「魔法」を大いに楽しんでいた。そんな自らの力に酔いしれた彼らの楽しみ方はそう多くない。
有り余る強大な力と溢れんばかりに増大した闘争本能が向かった先は、「拳闘」だった。
「いや、マザーによって統率され、理性とモラルがあった「エデンの時代」とは根本的に違う。皆、自己中心的で好戦的な血に飢えた野獣の様じゃ。」
明らかに人類が生物として不自然な営みを送り始めた。ティア、ムーン、ケッツァコアトルは彼らが自分たちの直接の先祖に当たることを知って複雑な心境にあった。
その中で、ララの表情がまた悪くなっていた。
「・・この世界は・・。私のいた・・世界・・。」




