#7 雄一VS虎
試練の門を突破した雄一はスライムのシゲル、シルバーウルフのムーン・カオスを従えダンジョンを進む。
ムーンは狼型から人型へ変わったままだ。元師匠の白色ゴーレムに気を遣って狼型になっていただけで、人型の方が何かと便利らしい。
相変わらずダンジョン内には様々なモンスターが生息しており、逃げ出す者や襲い掛かって来る者がいた。
蛇型・蜘蛛型・猿型等々多種多様な生態系のモンスターがいたが、襲い来る者はもれなくムーンの餌食となった。
ムーンは雄一に存在感を出す為に相当張り切っていた。結果明らかにオーバーキルされるモンスター達に同情心すら湧くほどに。
あまりの凄惨さに雄一もやや引き気味だったが、討伐後ドヤ顔で尻尾を振りながら寄って来られると、無下に扱えない
「……よくできました。」
「はい、雄一様!」
ムーンは雄一に褒められた嬉しさから更に張り切り獲物を切り刻む。負の連鎖だ。
途中はぐれリザードマン一行にも出会った。危うくムーンが攻撃しようとしたが、雄一が何とかその場を治め、リザードマンたちにラガラの話をするとスライムの聖域を目指していった。
「ムーンさんは、いつここへきたの?」
「雄一様!? ああ、なんて酷い! ムーンさんだなんてあんまりです。ムーンとお呼びください。」
涙を浮かべて訴えるムーンに雄一は呼び名を訂正する。
「ムーンは、いつからここにいるの?」
「はい、わたくしは4年前に、この神殿に入りました。最深部まで行ってから戻ってくるといつの間にか門が出来ていたのです。そこで元師匠にコテンパンにされて弟子入りしました。」
「ふーん。変なの。さすが夢だね。」
「??」
ムーンと話をしている内にダンジョンの行き止まりに辿り着く。そこには扉があり、雄一は特に警戒することもなく中へと入った。
小学校体育館ぐらいの広い空間。天井は高く、床も壁もレンガ詰めで、中央付近は壁の松明が遠く仄暗い。暫くその空間を調べてみるが、次へ進む扉も階段も何も見つからない。
「あれぇ。行き止まりかなぁ。」
「いえ、先程妙な違和感を覚えました。何か、罠に嵌められたようです。」
すると、空間中央の床に半径5m程の魔法陣が展開され、橙色の体に真紅の縞模様を持つ巨大な虎が出現した。3mを越えそうな体躯。赤虎は体中に炎のようなオーラを纏い、雄一たちに対峙した。
「やはり! 此奴は四聖獣白虎の眷属の赤虎!」
「我は赤虎。儀式を汚す偽り者よ。これより先は真に「蟲毒の儀」を勝ち抜きし者こそ辿り着く聖なる戦場。」
「貴様のような、偽り者が辿り着いてよい場所では決してない。」
「なれど、貴様も「救世主」に捧げられる供物の一部。どこかで果ててもらわねばならぬ。依って我が直々に引導を渡してやる。」
びりびりと空気が揺れる。鋭く光らせた真紅の目を雄一に向ける。
「雄一様、ぼんやりしていてはいけません。赤虎は火炎魔法の使い手です。気を付けて。」
「え!? 火炎、魔法?」
雄一の顔つきが変わる。と、赤虎の前面に魔法陣が現れ、そこから巨大な火炎が雄一目掛けて飛び出した。
炎の大きなエネルギーが唸るような音と共に、凄まじい熱波を存分に撒き散らしながら、雄一を呑み込もうとするが、雄一はその場で立ち尽くしている。
まるで避けようという気配がない。
「雄一様!!」
異変に気が付いたムーンが飛び掛かり雄一を押し倒す。直撃は避けられたものの、チリチリと皮膚を焦がす。
「あっつーい。本当だ! 本当に魔法だ!」
「ねぇねぇムーン。ぼくも魔法が使えるかなぁ?」
「えっ? いや、正直わたくしも使えないので何ですが、適性が無いと無理みたいです。」
「と言うか早く迎撃態勢を取ってください。」
「適正って何?」
「あの、雄一様。赤虎がすんごい勢いでこっちに突っ込んで来てますが……。」
ネコ科特有の全身を使った躍動感のある動きで巨体が弾むように雄一に向かってくる。
あっという間に、間を詰めると、右前足を一振り雄一目掛けて繰り出した。
「雄一様!!」
が、しかし、赤虎が爪を振りぬいた場所に雄一の姿は無く、そこにはちょこんと肉籠と武器が置いてあるだけだった。
「ぬぅ!?どこへ行った??」
振り向くとそこに雄一がいた。ぺこりとお辞儀をしている。
「こんにちは。ぼく神谷雄一です。」
「にゃにぃ!?」
「ねえねえ、赤虎さん。ぼくに魔法の使い方を教えてください。」
赤虎は捉えた筈の雄一が、自分の真後ろに居たことを、自分が力加減の目測を誤り、雄一を飛び越してしまったのだと勘違いした。
「ふぅむ。我が怒りに勢い余って目測を誤り飛び越してしまったか!だが、ここまでだ!!焼け死ぬがよい!盛大に葬ってくれる!!」
雄一の方に向き直すと火炎が雄一の周囲を完全に包み込んだ。火炎は火柱と化し、辺り一面が火の海となった。
「ゆーいちさまー!!」
ムーンの叫び声が響く中、赤虎紅の口角がニタリと上へと延びる。
「ねーねー、あ・か・と・ら・さん?」
「にゃ!?」
耳元で囁かれる赤虎。気が付けば左肩に雄一が乗っている。
「お・し・え・て?」
「きっ貴様っいつの間に!!」
赤虎は咄嗟に左後ろ足でノミを払うかのように雄一目掛けて左肩を抉る勢いで掻きむしった。しかし、雄一の姿は再び消えていた
「くあ、また居なくなった?」
「ねぇー、ねぇー。にゃんこちゃん。」
「ひいっ!」
今度は喉元にぶら下がっている。雄一は猫なで声で甘えたようにお願いしているのだが、それが赤虎に底知れぬ戦慄を植え付ける。
赤虎は我を忘れ、両前足で喉元を搔き毟った。
気が付けば左肩と喉元は血まみれだ。荒い息遣いの中、慌てて雄一を探す。しかし、今度は何処にも見当たらない。
と、また耳元にボソリと聞こえる
「ねぇ……。」
「うぎゃあぁぁぁぁぁー!」
気が触れたかのように叫びそこら中を転げまわり、走り回る。それでも聞こえてくる呟き声に心は支配され、所構わず火炎魔法を撒き散らし始めた。
「うあああああっ! この化け物め! 消えろ! 消えろ! きえろ! きーえーろーっっ!!」
喚き散らしながら一心不乱の赤虎。と次の瞬間断末魔の声とも取れるような雄一の大きな叫び声が響いた。
「あーーーーっ!!」
雄一による囁きが消えた。
「あいつを殺ったのか?」
周囲を見ると10m程離れた場所で雄一が四つん這いに突っ伏している。
「やった、倒した。我は悪魔を倒せたんだ。」
一瞬ほっと安心顔を作る赤虎だったが様子がおかしい。
雄一の視線の先には黒焦げた炭。
「あれ?殺ったのはシルバーウルフの方だったのか?」
赤虎はそう思ったが、その四つん這いの雄一傍に駆け寄り慰めているように見えるムーンの姿。
「スライムは不死身だし。あの炭は何だと……。」
と、ここで「はっ」と気付く赤虎。
「あれは、奴が背負っていた肉籠か!?」
背筋が凍り付く。
「ひょっとして、わたしは、やったんじゃなくて、やっちまったのか?」
と再度雄一に目を向けたが、雄一の姿は無く、ムーンだけが赤虎を見つめていた。いや、ムーンの目線の先は紅の顔のすぐ下。
赤虎が少し視線を下げると、目の前に雄一が立っていた。
「ひっひいいっ。」
血塗れでボロボロのパジャマ姿で俯き加減に小刻みに震えながら立っている。
もはやその姿、この世のものには見えない。赤虎は目の前が暗くなるのを感じた。今にも気を失いそうになる。
「うわわわわ。」
ガクガクと顎を震わせ恐怖に怯える紅。そんな赤虎に、怒りの表情の雄一が、顔を上げキッと睨みつけて言い放つ。
「食べ物を粗末にしちゃ、いけません!」
赤虎は夢中で眼前の化け物(雄一)に渾身の豪炎魔法を放った。雄一への、まさに0m距離からの一撃であった。が、やはり、当然のように姿が消えていた。
「もうやだーっ!!」
叫ぶと同時に赤虎はこれまで感じたことのない衝撃を腰に受けた。
バッチコーン!
雄一渾身の「おしりぺんぺん」。その掌底に近い一撃を受けた瞬間に、赤虎は意識を刈り取られた。
ぴゅーん、べこ!!
その巨体は15m程、放物線を描きながら宙を飛び、顔面から着地した。
「めんめ!」
雄一が叱責するがその言葉は届くことなく、赤虎は再び魔法陣に包まれ数秒後には消えていた。
結局魔法について何も分からなかった雄一は残念そうに、肉籠を失ったことを悔やみながら、シゲルとムーンと協力して次のフロアに行く道を探していた。
探し始めて数分後、部屋の中央付近に再び魔法陣が浮かび上がった。今度は半径1m程で何も出てはこなかった。他に当てが無かったので雄一はシゲルとムーンと共に魔法陣に踏み込むと、別の部屋へと転移した。