第四章 黎明編 #75 地球
ムウの造った魔道装置(過去マシーン)で約2万年前へ遡ったティアたち5人。お互い顔を合わせると、無事を確認し、声を掛け合う。
自分たちの姿は、手を取り合ったり触れ合ったりすることはできたが、時々ノイズが掛かったように荒れている。タイムスリップをしたわけではなく実体は無いのだが、ノイズが掛かる以外はまるで普段通りの感覚だった。
それにしても、ティアたち5人が見ている過去の世界が凄まじい。超高層ビルが建ち並び幾本もの立体道路が縦横無尽に空中に伸びている。更に上空は大小さまざまな飛行隊が大空を所狭しと舞っている。地を這う道路には並木が整理され、いつまでも途切れることの無い乗り物と雑踏で溢れ返っている。
「これが、2万年以上も前の過去?・・樹海や森が見当たらない・・。モンスターの気配すら感じられない・・。とても、信じられない。古代人は凶悪な大自然を支配し、私たちの世界を遥かに凌ぐ超高度な文明を持ってたってことなの?」
ティアが口をあんぐりと開けショックを受けている。そんなティアの肩をぽんぽんとムーンが叩く。
「ティア!牛か馬の行列の様に道を走っているあれって、以前雄一様が言ってた「自動車」って乗り物じゃない?ひょっとしたらここは・・。」
「その通りだ、ムーン・・。私は何と言う勘違いをしていたのだ・・。魔導自動車はこの時代では普通に走っていたのだ・・。メガロスのテクノロジーは、ちょー時代遅れだったと言う訳だ・・。」
ティアは2万年前の「過去」=「原始時代」=「超ど田舎」と思い込んでいた。
いやいや、そこじゃないとムーンが手首をふりふり振っている。
「いや、ティアちゃん。しっかりして。ムーンちゃんは、ここが「雄一君がいた世界」なんじゃないかって聞いているのよ?」
ララの言葉にムーンもうんうんと頷いている。
「はぁ!?ここが雄一の住んでいた過去?あんな脳KIG野郎が、こんなオシャレな都会出身だとでも言うの?荒唐無稽でバカなことを言わないで。脳筋雄一は田舎出身がお似合いよ。私より都会出身だなんて納得いかない。絶対!」
ティアは顔を真っ赤にして激昂している。
メガロス王国が世界の最先端を行っていると思っていたティアは。過去の文明に完膚なきまでに叩きのめされていた。その上、雄一にまで文化レベルで敗北するなどプライドが許さなかった。
「荒唐無稽のバカはお前じゃ。ティア・ディスケイニ。」
「妾も、雄一様は、てっきり異世界のお方かと思うておったが、どうやら同じ、この世界の、遥か昔の時代から転移してこられたようじゃのぉ。」
ケッツァコアトルはティアを一蹴してふむふむと頷いている。
すると、頭の中に直接話し掛けてくる声が聞こえてきた。皆はその声の主がムウであると確信していた。しかし、これまでに知るムウのソレとは違い、随分大人しく、静かで淡々とした口調だった。
「ここは、スフラギタ歴2035年から約2万年前の世界。この時代の世界の人類はこの星を「地球」と呼んだ。この地球と呼ばれた世界には、約200に及ぶ国が存在する。歴はスフラギタ同様太陽暦を使用し、「西暦」と名付けられている。今は、西暦2056年3月の世界を見ている。」
「西暦」と聞いてララが一瞬ぴくりと反応する。
他のメンバーの興味は内容よりも話し方にあった。
感情など一切表に出さない、余りに上品なナレーターのような声。声の主がムウとはとても思えない。
「ダレ?コレ。」
ムーンが小声で尋ねるとティアが答える。
「ダレってそりゃあ、ムウでしょ。口調の余りの変化に信じられないけど、ムウ以外に考えられないもの。」
「だよね・・。ちょっと信じられないけど。でもまあこれで、一つハッキリしたな。ムウは多重人格者で決まりだ。」
ティアとムーンのムウに対する辛辣な言葉にも、ムウによる「いつもの鋭いツッコミ」は降ってこなかった。
「西暦2056年3月、人類の持つコンピューター技術の一つAIにおいて、ある画期的な発明が起きた。」
「その発明とは、自律AI搭載の人型奉仕労働ロボット。それは、ユーラシア大陸の極東に位置する小さな島国の、とある科学者が、造り出した所謂アンドロイドである。」
「「マザー」と名付けられた、そのアンドロイドは、その名の通り、母親の様に無償で様々なモノづくりを始め、無償で与え、人類に奉仕活動を始めた。何をするにも万能であるマザーは量産され、人々から愛され、重宝された。」
「同年11月。世界の先進国を中心に爆発的に広がった「マザー」が全世界とインターネットで繋がり、AI革命が起こる。人々は親しみを込めて「マザー革命」とも呼んだ。」
「この革命により、社会変革は急速に広がり、浸透し、一部を除く、ありとあらゆる人間の仕事が完全自動化されていった。」
目の前に広がっていた超高層ビルはそのままに、道路から人々の雑踏が消える。消えた人々はどこへ行ってしまったのだろうと思っているとティアたちを包む世界がギュルリと変わる。
そこは研究室のような場面が広がる。しかし、そこに人の姿は無い。コンピューターと機械が果てしなくずらりと並んでいるだけだ。
「AI革命により人類は飛躍的に伸びたテクノロジーの恩恵を受けることになった。」
「工業分野・農業分野・医療分野は軒並み成長と自動化が進み、金融・物流・サービスに至るまでAIを管理する「マザー」が一手に提供する世界となった。」
「教育分野においても「マザー」は良き教師となった。宗教観、倫理観を除いた全ての教科を担当し、児童生徒を公平公正に教育的愛情を持って、子どもたち一人一人に適した質の高い教育を提供した。」
「人類全体にとって、農業分野の発展は特に大きな恩恵を受けた。自然科学はAIにより完全に解析しつくされ、ゲノム編集により、瞬く間に世界の食料問題など解決するほどの生産量を実現した。この結果、世界から飢餓が無くなった。」
「そして、この技術は遺伝子解析と遺伝子操作の技術を飛躍的に発展させ、「マザー」は医療分野に転用した。その結果、人類は感染症を除く、ありとあらゆる病気を克服するに至った。」
「また、エネルギー分野では、極限にまで高められた高効率発電システムと、超省エネルギーシステムのお陰で自然エネルギーを余すことなく利用できるようになり、エネルギー問題は実質解消。地球温暖化などの環境問題も解消した。」
AIだのインターネットだの聞きなれない言葉に難しい顔をするティアとムーン。
「ねぇ、ララ?ムウは一体何を言っているの?」
「ふふっ。要は、AIって言う人間が造った機械が、人間の全ての病気を治し、食事も身の回りのお世話も全部提供してくれるようになったって話よ。」
ティアとムーンは「お~っ分かり易い!」と感嘆の声を上げ、関心しきりだ。
ケッツァコアトルはモモカを抱いたまましれっとしているが、その耳はララの言葉を一言一句漏らさぬよう神経を集中させていた。
「マザーのモノづくりの視点は、常に「社会的弱者の立場」が出発点であった。社会的に弱い立場の人間が底上げされて、その延長で誰もが何不自由のない暮らしができるようになった。」
「このような取り組みを繰り返し、マザーは自らを改良しながら、瞬く間に世界中に普及し、先進国と発展途上国の格差をも是正していった。これにより人類史上最も貧富の差が縮まり、誰もが平等に人生を謳歌する時代へと突入した。」
再びムウの話に首を傾げるティアとムーンはララに助けを求める。
「ねぇ、ララ。今度は、かいつまんで言うと、どう言うことなの?」
「人類は、その誰もが平等に、豊かな生活が送れるようになったって話よ。」
「なんだ。簡単な話じゃない。ムウの野郎、ララみたいに単純にそう言やいいのに。」
ムーンがちょっと口を尖らせて文句を言っている。するとまた場面がくるりと変わった。そこには広いグラウンドで汗を流す人々の姿があった。
「結果、AI革命の恩恵を受けた人類は膨大な余暇を手に入れることとなり、多くの人々はその活躍の場を主にスポーツ・文化芸術活動に求めるようになる。」
「老若男女に応じて楽しめる様々な新しいスポーツが誕生し、それぞれのスポーツ界で過剰に熱狂し、苛烈に競争し合った。」
「芸術運動でも原始アートから現代アートまでが同化、分化を繰り返し、様々なジャンルや価値観が生まれた。」
「文学・哲学分野では国境の垣根が事実上崩壊。これまで関わる機会が稀有だった様々な文化・思想が身近な存在として受け入れられ、人々の精神的文化レベルは飛躍的に向上した。」
「この時代になると、課題となったのは人の「死」についての在り方だった。マザーによる医療効果で極限まで健康寿命を延ばした人の終焉の時の在り方を人々は模索していた。」
「自然死を望む者もいたが、自分の理想通りの夢が見られるバーチャルリアリティ技術が開発されると、「安楽死」の方法として転用された。」
「死期や寿命を感じるようになった多くの人は、快楽の中で延命治療を受けながら天寿を全うできる「安楽死」を嬉々として選んだ。「快楽死」と呼ばれたこの方法は、現実逃避を望む者にも受け入れられ、結果、世界から自殺者が殆どいなくなった。多くの人間が、「死」の選択を「快楽死」にした時代でもあった。」
ここで急にムーンが手を挙げてぴょんぴょん飛び跳ねる。
「はいはい、はーい!今のは私分かったー。AIのお陰で暇になったから人類は互いに暴れまわるようになって、気持ちよく死んでいった。ってことでしょ?」
「ムーン。あんたそれスポーツで「過剰に熱狂し、苛烈に競争し合った」って部分と、「快楽死」に関することだけを混ぜて、テキトーに解釈しただろ・・。」
ムーンの天然ボケにティアがツッコんだ。
21世紀半ばに起きたAI革命により、人類は18世紀半ばに起こった産業革命以上のスピードで大発展を遂げる。しかし、光ある所に影あり。
革命とは主役、主人が変わるだけのこと。
より大きな技術を手に入れ、発展を遂げた先にはより大きく悲惨な争いが起こるのは世の常である。




