第四章 開眼編 #74 5000人組手
ケッツァコアトルら女性陣からハブられた雄一は、イエラキの「お勉強」と称した戦闘行為の申し入れを受け入れ、トロルと実戦訓練を行うことになった。
イエラキの預かる部隊は総数1000人。流石に人数が非常に多い為、広大な敷地が確保されている野外闘技場へと向かう。
野外闘技場は観客数25000人を収容できる規模で、戦争を模した部隊同士の大規模演習などで利用されている他、スポーツ、コンサートなど娯楽施設としても利用されているマルチエンター施設であった。
イエラキ部隊が神谷雄一に挑むと言う噂はイダニコ国の国民へ瞬く間に広がり、雄一たちが控室で準備をしてスタジアムの舞台中央へと向かう頃には既に観客席は満席になっていた。
手にグローブを嵌めた雄一が姿を現すと大きな歓声に包まれる。
暫く雄一は何だか落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見回していた。と、雄一の視線が止まる。
雄一の視線の先、スタジアム舞台隅には老体で長い白髭を蓄えた3mを超える巨体のキングトロルがそこにはいた。鋭い眼光で、じっと雄一を見つめている。雄一もその長い白髭を蓄えた年寄りトロルキングを見つめる。特に「髭」をまじまじと見つめる。
そう、噂を聞き付けたのは一般国民だけではない。各々(おのおの)1000名の部下を従える他のトロルキング4名が参戦を申し込んだのだ。結果、雄一の対戦相手は一挙に5000人に膨れ上がった。年老いたトロルキングもその部隊長の一人だったのだ。
雄一はそのトロルキングから目を離すと、マイペースに柔軟体操を始める。ラジオ体操のようなメニューで体をほぐす仕草に会場は「かわいい」だの「かっこいい」だの大盛り上がりだ。
スタジアムのバックスクリーン、電光掲示板には「イダニコ国森の番人総戦力VSディオウサ女王夫人神谷雄一王婿」と言うタイトルがバックモニターにでかでかと映し出されている。
ジャンジャカジャーン♪ドンドン♪ジャンジャジャジャーン♪ドンドン♪パフパフ♪
打楽器、金管楽器による応援音楽が開始前から騒がしく鳴り響いて会場を盛り上げている。
更に冷たく冷えた清涼飲料水やアルコール、それに合うスナック菓子に酒の肴が大量に持ち込まれ、老若男女が開始前から狂喜乱舞のお祭り騒ぎを始めていた。
念のため、この稽古と言う名の戦闘行為にも一応のルールが敷かれた。雄一の恐ろしさを知るイエラキによる、トロルを守る為の特別ルールだ。
雄一は魔導グローブを装備させられ、蹴り技は禁じ手とされた。
要するに雄一には非常に大きな「ハンディキャップ」が課せられたのだ。
魔導グローブとは相手への物理攻撃による本来受けるダメージを50分の1程に抑えてくれる効果がある。
トロルたちには魔導フルアーマーを装備させる。
魔導フルアーマーとは、対物理攻撃特化型の、全身を覆う魔導防具で、受ける物理ダメージを50分の1抑えてくれる。
攻撃が50分の1となり、ダメージが更にその50分の1になる訳なので50×50=2500分の1まで物理攻撃を抑えてくれる計算となる。
あくまで、計算上の話だが物理攻撃のダメージを相当軽減してくれることに間違いない。今回の「肉弾戦型の模擬戦」には持って来いの組み合わせだ。
イエラキは雄一にも魔導フルアーマーの装備をさせようと促したが、「ごわごわして動きづらいからヤダ」と一蹴され、身に着けてもらえなかった。雄一のMKSの攻撃を耐える守備力と体力を見ているイエラキは渋々(しぶしぶ)ながらも諦めた。
時間の都合も考えて、雄一が一度に相手にするのは10名。内訳はチビトロル8名デカトロル2名である。
グローブをぱんぱんと合わせている雄一を10名のトロルが取り囲む。
「雄一殿、準備はよろしいか?」
「うん!いつでもいいよー。」
審判役のイエラキが雄一に声を掛けると雄一は伸脚しながら笑顔で答える。
「他の連中まで加わってしまって申し訳ない。こっちから頼んでおいてなんだが、無理だけはしないでくれ。」
「うん。わかった。ありがとーイエラキさん。」
イエラキは雄一と頷き合う。
「始め!!」
イエラキの合図で一斉にトロルが雄一に襲い掛かる。
大きな円を描いていた八方から、雄一の居る一点にトロルが集中した瞬間、トロルは再び八方へ吹き飛ばされた。
会場が一瞬驚きの沈黙に包まれた後、「ワーッ」と大歓声が一気に沸き立つ。
「それまで!次!!」
スタジアムが大歓声に包まれる中、打たれたトロルは驚愕の表情を浮かべたまま、その場を後にする。中には夢でも見ているのではと頬を抓る者もいた。
イエラキは安堵の表情を見せる。雄一の魔導グローブとトロルの魔導防具のお陰で怪我をするトロルがいなかったからだ。
ただでさえ膨れ上がった稽古相手との試合時間の遅延を招きたくない一方で、怪物雄一を相手に、部下に軽装で挑ませる訳にはいかない。イエラキの勘のみによる魔道具レベルの選定であったが、結果は、トロルを傷つけずに戦闘不能にさせると言う絶妙な塩梅を見せた。
「始め!」
次なるトロルのユニットが雄一に襲い掛かる。至近距離、中間距離から火炎砲弾を織り交ぜた攻撃を行うが、如何なる攻撃も雄一に通ることなく、時計回りに順次吹き飛ばされるトロルたち。
入れ替わる時間も加味して1グループを捌くのにおよそ1分掛かるかどうかだった。まさに驚異的なスピードで雄一はトロルたちを捌いていく。
30分が経過した頃には300名を超えるトロルが雄一との稽古を終える。
それでも、5000人を捌ききるとなると、これを8時間以上ぶっ通しで続けなくてはならない。時刻は午前10時を回った位だ。昼休憩を1時間でも取れば確実に夜の7時を超える長期戦となることは明らかだ。
イエラキはそのことに気付いている。だからこそ全員を相手にすることなど鼻から考えてはいない。綺麗な落としどころ、「幕引き」を如何にするか頭を悩ませながら進行させていく。
雄一はそんなイエラキの思いを知ってか知らずか目の前のトロルを吹き飛ばした直後、イエラキに提案を持ち掛けた。
「ねぇ。イエラキさん。一度に50人を相手にさせてもらえないかなぁ?」
汗一つ搔いていない雄一の提案にイエラキの表情が複雑に歪む。
「なっ!?10人から5倍の50人を一度に!?」
イエラキは願ってもない申し出とも思ったが、頭の勘ピューターを目まぐるしく働かせる。今度は雄一の安全性を考慮して。
「だって、これはお勉強でしょ?50人一緒の方が楽しくできると思うよ?」
「なんだと?我ら森の番人50を相手に楽しいお勉強だと・・?」
雄一の頭の中はあくまで稽古と言う名のお勉強。しかし、トロルたちはそうは考えていない。ケッツァコアトルの夫だろうと関係ない。隙あらば本気で倒すつもりでいた。それなのに、まるで遊びのように軽い雄一のこの発言がトロルたちの戦闘本能に火を点ける。
雄一の前に凄まじい殺気を放つトロルが50人出揃った。