#73 過去へ
イダニコ国の中心に聳え立つ万能魔法塔。その地下室へティア、ララ、ムーンそしてモモカを抱いたケッツァコアトルが入った。
広い地下室は魔法塔を半永久的に運転するための魔導装置・制御装置が幾つも並んでいた。それらは形も大きさも、それぞれがバラバラで、そのそれぞれの装置からは太細のある大量の導線が、まるで血管のように伸び、装置同士を結んでいた。
まるで一体の生き物の体内のように感じさせ、生命の鼓動すら聞こえるかのようだった。
ティアたちは床にまで這っている導線に蹴躓かないように注意しながら地下室の奥へと進むと、先頭を進むケッツァコアトルが部屋の一角にある床を前に立ち止まる。
「ブブキインネ(つぼみは)・トラグダオ(歌う)・カルディアインネ(心は)・イェラオ(笑う)。」
ケッツァコアトルは何やら呪文のような言葉を唱える。すると床が、コトリ、コトリと変形し始め、更に地下へと通ずる階段が現れた。
「ナニコレ・・。」
「くくく。先程のキーワードを妾が言わねば開かない仕掛けとなっておるようじゃ。天才もここまで来ると嫌みでしかないじゃろ?」
ムウの仕掛けた声認証システムに、笑いながらケッツァコアトルは現れた地下への階段を降りていく。皆もそれに続く。
先に進んだ地下室には奇妙な形をした魔道具が置いてあった。中央にメインコンピューターのような装置があり、それを囲むよう(放射状)に人が搭乗するための座席のついたカプセルが5個、並べられていた。メインコンピューターから放射状に伸びた5本のパイプは搭乗カプセルと繋がれている。
これが過去マシーンであることは誰もが一目で分かった。
「くくく、これじゃ。どうかな?ティア殿。過去を遡る決心は着いたか?」
過去マシーンはケッツァコアトルの千里眼とティアの過去視の能力が揃わないと起動しない。
世界の敵である「厄災」が古の世界で、如何にしてにして誕生したのかが見られるのではないかとララは予想したのだが、本当のことは分からない。
何せ、これまで何でもありな存在の、ムウが造り出した装置だ。どんな過去を見せてくるのか分かったものではないし、見せられる過去が真実であるかも分からない。その上、肉体的にも精神的にも安全性などは一切、期待も信用もできない。
「いいわ。やりましょう、ケッツァコアトル。私はどうすればいいの?」
ティアはそれでも大きく開いた眼をケッツァコアトルに向けそう答えた。ケッツァコアトルは少しだけ目に力を込め、方頬を上げると大きく頷いた。
ティアは、以前のように、ムウを信じる心を取り戻した訳ではない。ソコは断じてない。寧ろ、ムウへの信仰心は地を這うまで落ち込んでいる。
世界を救わねばならないと言う責務からでもインレットブノ大聖堂枢機卿としての責務からでもない。当然、恐怖心も残っている。しかし、それでもティアの目は力強く滾っている。その目の光は雄一が放つ眼光に酷似していた。
『今から知る過去は、単なる情報に過ぎない。それをどのように捉えるかは私自身が決める。』
ティアの力強い目を見てララもムーンも笑みを零し頷いた。
「うむ。迷いを吹っ切った良い目じゃ。雄一様に付き従うからにはそれくらいの気概が必要じゃ。ティア殿、今の心の置き場、決して忘れるでないぞ。」
ケッツァコアトルも満足げに笑い、カプセルにティアたちを搭乗させていく。
座席に身を預けるとサイズが恐ろしいほどピタリと合っていた。これはティアたちそれぞれに用意された専用のロングシートだとわかる。
カプセルは全部で5個。ケッツァコアトルはシートがチャイルドシート並みに小ぶりのカプセルに娘のモモカを乗せてベルトを締める。
「モモカちゃんも乗るんだね。」
ムーンが少し不安気な目を向けて言う。
「モモカも知るべき過去なのか、モモカの能力も装置の起動に必要なのか分からぬが、そなたたちと同様、モモカも搭乗者リストに挙げられておった。」
ケッツァコアトルはそう言うとモモカの頭を一撫でしてやる。モモカは嬉しそうに笑顔でその母の手をまさぐっている。
「大した信頼関係だな。こんな怪しげな乗り物に実の娘さえ乗せられるんだから・・。」
ムーンがぽつりと零した小声をケッツァコアトルは聞き逃さなかった。
「くくく。ムーンは自分の好むものを少し甘やかす傾向があるのう・・。」
「どうも、現在人類が、いや、全ての生物が置かれている状況を理解できていないようだから言っておく。」
「ムウの予言に記された「厄災」とは、この星の全生物が束になってかかっても相手にすらならぬ相手なのじゃぞ?」
「雄一様が蟲毒の儀で600に及ぶ能力を得られておられていれば、どうにかできた相手なのかもしれぬが、こうなった以上、これは揺るぎない事実じゃ。」
「既に娘の命がどうのこうのと言う次元の騒ぎではなくなっているのじゃよ?・・まぁ、もっとも、400年前に訪れた「厄災」の恐ろしさを知らぬ平和ボケしたお主にはわからぬじゃろうがな。」
厄災が復活すれば世界が滅ぶのは必至。そしてこれは近い将来必ず訪れる、厳然たる事実。ムウの予言は的中率100%。
これは逃れられない現実。
その滅びの未来を回避するための「蟲毒の儀」は失敗に終わった。ならば、新たな策を講じねばならない。
彼を知り己を知れば百戦危うからずの兵法に則り、戦に備えなくてはならない。ケッツァコアトルは娘のモモカをシートベルトで固定し終えると、自分の座席へ腰を下ろしながら答える。
「まぁ、案ずるな。ムウは、蟲毒の儀が雄一様の手によって破綻する未来を知って尚、救世主に雄一様を選んだ。何とかなるのじゃろう。・・くくく。いや、我々が何とかするのじゃろう・・。」
「そうね。私たちが雄一君を支えるのよ。温故知新!未来は必ず変えられる!!」
ララがケッツァコアトルの言葉に反応する。
「うん!ララちゃん。私は雄一様を支える!温故知新!未来は私が変えてやる!!」
ムーンが元気に反応する。
「ぱーぱー。まーまー。」
モモカがもぞもぞと芋虫の様に体をくねらせ反応する。
「よし!行こうみんな!この星の過去へ!」
「全てを知ろう!「脳KING雄一」を支えるために!!」
ティアが叫ぶ。
「「「「おーっ」」」」
掛け声を合わせた瞬間、ケッツァコアトルは魔導装置を起動させた。途端に装置全体が眩い光に包まれる。
まるで一切の闇の無い世界。何処までも広がる光だけの世界。5人はその光の世界に乗って約2万年と言う時間を遡る。