#70 それぞれの思惑
ケッツァコアトルが先に述べた「間もなく滅ぶ」の間もなくとは人の人生一回分の約70年であることを知らされたティアは激昂し、「騙された!」と喚き散らした。
ティアたちからすれば、「子を宿せば出産後、間もなく滅ぶ」と言われれば、ひと月~1年程度だと感じていた。それ故、ディオウサ一族の命のバトンのやり取りに尊厳を覚えたのだが、「結局、わしらと同じ寿命になっただけ」と言う70年と言う年月は「間もなく」で片付けられない、受け入れ難い事実であった。
しかし、ケッツァコアトルの立場からすれば70年と言う時間は余命半年と宣告されたも同じくらいに短く感じる。本当にそう感じるのだから仕方がない。騙すつもりなど毛頭なかったケッツァコアトルは引き下がる訳にはいかない。
「なっ!?騙しただと!?その言葉聞き捨てならん!取り消せ!ティアー!!」
「誰が取り消すか!お前ら一族に抱いた尊敬の念と、同情心を返せぇ!!」
ティアとケッツァコアトルの間に火花が散る。
「おっお前じゃと?妾に向かってお前とはなんじゃ!70年が長いか短いかは妾が決める!何故なら妾は全ての生物の頂に立つ超生命体だからじゃ!2000年程度の時間が越えられないお主たちが悪いんじゃ!」
傲慢で、自己中心的な理屈を押し付けてくるケッツァコアトル。先程までの聖母を思わせる威光も消え失せてしまった。
「はぁ!?生物の頂だぁ?超生命体だぁ?言ってることはご立派だが、中身が伴ってないじゃないか。どーせ昨晩もおねしょをしたんだろーが。」
「うっ!!」
ケッツァコアトルは図星のようで顔を真っ赤にして声を詰まらせる。
「おっと、これからはモモカのせいにできるから誤魔化しが効くじゃないか。よかったな!おめでとうございます超生命体様!」
更にティアは追い打ちを掛けるように下衆の吐く言葉でケッツァコアトルを詰る。ケッツァコアトルは、おねしょに続き、これまた言われたことが的を射ていただけに言い返せない。ぎりぎりと歯ぎしりして怒りを露わにする。
「キ・・キサマ・・。よくも雄一様の前で妾を辱しめてくれたな・・。相応の代償を払ってもらうぞ。」
「超生命体が聞いて飽きれるわ。ひょっとしてあなた「おねしょ」以外にも大人に成れていない部分があるんじゃないの?」
ケッツァコアトルの目は最早白目となり怒りの限界を超えている。
第二次女大戦勃発間近と思われたが、ララが間に割って入る。
「ティアちゃん?これからもケッツァコアトルちゃんとこうして喧嘩したり仲良くできる時間ができた訳だからいいんじゃない?それとも、本当に消えちゃった方が良かったの?」
「うっ。それは・・。」
ティアが言葉を詰まらせている間にララはケッツァコアトルに向き合う。
「ケッツァコアトルちゃん。命の価値や大きさを寿命で測る考えは改めて下さい。それともこんな些細な誤解が生んだ喧嘩で、命の差別をするような言動を吐いて信頼できる仲間を捨てる気なの?」
「えっ!?いや・・そんな気は・・」
ララの厳しい言葉に白目から我に返らされたケッツァコアトルはティアと同様言葉を詰まらせていたが、ケッツァコアトルからティアに頭を下げる。
「済まぬ。妾が間違っていた。先程の発言は撤回して謝罪する。」
「いいえ、私も悪かったわ。ケッツァコアトルのこと本当は今でも尊敬しているわ。酷いことを言ってごめんなさい。」
ケッツァコアトルは実はハナッからララ頼みでティアから売られた喧嘩を買ったところがあった。だからこの機を逃さず素直に謝る。
ティアもまた、ララが最悪の事態を回避することを見越して感情をエスカレートさせていただけだったので呼吸を合わせるように謝った。
要は二人共、じゃれ合いの喧嘩をしていたのだ。心の奥底ではモモカの誕生を共に喜び、生涯にわたって支え合える仲間の存在を確かめ合っていただけだった。
落ち着いたところでティアはケッツァコアトルに準備が整い次第メガロス王国へ帰国することを伝えた。
しかし、ケッツァコアトルの言うことには、イエラキの案内付きで、安全に森の中を進むことができるにしても、森に入ってから帰国にはおよそ6~8時間掛かる試算らしい。
その上400名の帰国希望者を連れる為、所要時間は試算の倍は掛かると思われる。その場合、下手をすると森で再び二泊する必要があり、帰国後に待っている仕事の内容と量を加味しても得策ではないことを伝える。
まずは先行して帰国する兵士に身辺整理や食料などの準備をさせ、明日中に帰路である森の入り口に移動させて、その上で早朝から森に入れば上手くすれば森を一泊するだけで済むことを伝える。
ティアはケッツァコアトルの案を受け入れ、本日の出発は取りやめた。なんだかんだ、お互いに「別れが惜しい」感情に対する「言い訳」に違いなかったが、その場にいた誰もこの決定に異論を出す者はいなかった。
「さて、そうと決まればそなたたちは、もうしばらくこの国で妾と共に時間を過ごしてほしい。帰国希望者たちには妾の方から手配しておこう。」
ケッツァコアトルはそう言うと側近を呼び、指示を出す。
側近たちが指示を受け退室すると、ケッツァコアトルは神妙な表情を見せ、小声で話し始めた。
「ティア、ララ、ムーン。そなたらに少し相談したいことがある。」
「雄一様、バゴクリス。済まぬが席を外してくれぬか。」
少し意外なケッツァコアトルの言葉に女性陣3人はちらちらと互いに目を合わせる。
「はーい。行こ。バゴクリスさん。おいで、シゲルさん。」
「あ、は、はい。」
シゲルがぴょんと雄一の頭に飛び乗り、バゴクリスと共に退出する。扉が閉まれば中の様子も声も分からない。
バゴクリスは自分が外されるのは兎も角、雄一が外されたことが気になり、部屋の中の様子を気にしているようだった。が、そんなことを気にしていられない状況に置かれることになる。
「おお!これはこれは我が主の旦那様。神谷雄一王婿ではありませんか。ぐははははっ。」
数えきれないほど多くのトロルを従え、城内を闊歩するイエラキが雄一に声を掛ける。
「わぁー。イエラキさんカッコいい!」
「ぐはははっ。これは光栄なお言葉を頂戴しましたな。誇らしいですぞ。」
イエラキは煌びやかな防具を身に纏い、雄一の誉め言葉を受けて軽くポージングを取っている。
聞けば、これから闘技場にて戦闘訓練を行うのだそうだ。
イエラキは雄一たちがハブられ、時間を持て余していることを聞くや否や目を光らせる。
「それでは雄一殿、我ら森の番人に実践訓練の稽古を付けて頂けませんかな?」
「えーっ。でも、いいのかなぁ。勝手にそんなことをしてぇ。」
「なぁに!何も心配要りません。戦うのではありません。これは稽古です稽古。」
「組手と言って「練習」なのです。これは我々と雄一殿の「お勉強」なのです。お勉強を勝手にしても誰も文句は言いませぬ。」
「そっかぁー。わかったー。お勉強ぉやるー。」
イエラキは昨日雄一が城の図書室でイダニコの文化を学んでいたことを聞き及んでいた。雄一は随分熱心にイダニコの「文化」に関する絵本を中心に読み聞かせを聞いていたらしいことを。
イエラキは雄一の「向学心」を擽ることで、狙い通り誘いに乗らせることに成功する。
『ぐははっ。まんまと乗ってきよった。力は化け物だが、おつむの方はまだまだ子ども・・。ちょろいちょろい。』
これから行われる雄一との稽古と言う名の一方的な暴力により、トロルたちは、のちのち飛躍的な能力の進歩を遂げることになる。しかし、今回の稽古だけで飛躍的に力を付けるのはトロル側ではなく、好奇心と向上心旺盛な雄一だった。
雄一はこのトロルとの「お勉強」でまたも新たな脳筋オリジナル魔法能力を得ることになるのだ。
哀れ、トロルたちはその実験体にされることになるのだが、現時点ではそんなことなど夢にも思っていないイエラキは「ちょろいちょろい」と思いながら上機嫌だった。
「ぐははははっ!これは何たる僥倖!感謝しますぞ雄一殿!」
「皆聞けぃ!雄一様の貴重なお時間を頂けることになった。今日の訓練は生涯で一度きりの特別実戦訓練だ。命を懸けて挑め!!」
「「「「「おおおおおおっ!!!」」」」」
廊下にトロル集団の咆哮が響く。
バゴクリスの顔が青くなる。雄一の肩に乗っていたシゲルがバゴクリスの胸へ飛び込む。そうしてカタカタと二人で震えだした。
「ひいぃっ!!おっお助けぇー!ティア様ー!」
シゲルを抱えたバゴクリスもトロルに引き摺られ無理矢理に拉致される。
「ザッザッザッザッ」と揃った行進の音と共に、雄一とバゴクリスとシゲルは野外にある巨大な闘技場へと連れ去られた。